040 朱月石06
二人に同行することになったシスタノ。彼女の話によると、どうやら冒険の仲間が上の階層で休んでいるらしい。しかも傷ついて倒れた彼らを介抱したのはレインだと言うではないか。
「ああ、そういえばそんなこともあったわね。まだ息があったから回復の魔封石を使ったのよ」
魔封石――その名のとおり中に魔法を封じて持ち運べる魔石のことで、攻撃魔法や回復魔法などあらゆる魔法をストックしておける便利アイテムだ。ただし魔石の容量は物によって様々で、強力すぎる魔法を封じようとすると暴発してしまう危険もある。
そのためまずは鑑定士によるキャパシティの測定が必要で、街で出回っている物は基本的に容量が少ない。もちろん大容量の魔封石もあるにはあるのだが、そちらは一介の冒険者がやすやすと手にできるような金額ではなかった。
レインが持っている魔石も安物で、封じている魔法も簡単な回復魔法である。
「まあ壊れなければまた教会に行って魔法を詰め直してもらえばいいし、予備の石もまだいくつか残ってるしね」
魔法の発動に必要なのは、スイッチとなる呪文だけだ。もちろん『力ある言葉』だけが重要であり、そこに魔力は必要ではない。言葉さえ知っていれば誰でも自由に発動させることができる。
ただし何度も魔法を出し入れすると壊れてしまうという欠点もあるのだが。
「そっか。だから動けるあなた一人だけでこんな所まで潜ってきたのね」
「はい。わたしもあまり余裕のある状況ではなくて……」
「まあそうよね。でも私たちが通り掛からなかったら、あなたはきっとあの幽鬼にやられてしまっていた。あなたはそのくらいの無茶をしていたのよ。それは覚えておいてね」
「はい……」
母を助けたいという彼女の気持ちは痛いほど分かる。しかしだからといって自分の命を簡単に投げ出していいわけではない。レインやアルでなくとも他の冒険者が通るのを待って助けを請うたほうが、がむしゃらに一人で突き進むより何倍もマシなのだから。
「よし、話は終わり。じゃあ伝説の薬草目指してどんどん行くわよっ」
「いや、ちょっと待て」
肩を回すレインに、しかしアルが待ったをかける。
出鼻をくじかれたレインが恨めしそうに隣の男を見やると、彼の視線は足元――ケルベロスたちの骸へと向いていた。
「どうやらこれも罠だったらしいな」
アルの声に反応するように、魔物の死骸は溶けるようにすうっと消えてしまう。あとに残ったのは、子供の握り拳ほどの丸い石だった。
「これ……、魔封石じゃないですか」
シスタノの指摘にアルが頷く。
「そういうことだ。恐らく幻影を見せる魔法でも封じていたのだろう。オレたちが戦っていたのはただの人形だったというわけだ」
「え、でもちょっと待って。ケルベロスが魔封石の見せた幻だとしたら……」
「ああ。あまり考えたくはないがな」
「ど、どういうことなんですか?」
アルとレインの神妙な掛け合いに、シスタノはおろおろと二人を見比べる。
「――人間が関与してる可能性があるってことよ」
レインは言う。
魔封石が使われていた以上、その可能性は極めて高い。魔獣の幻影を封じた石が何の理由もなくこんな所に落ちていることなどあるはずがないのだ。そして――
「その人間がこの近くに潜伏してる可能性も高いわね」
いくら魔封石をこの一帯に設置しようと、そのままでは意味がない。魔法を発動させるには『力ある言葉』が必要なのだ。レインが落下してきたタイミングで魔獣が現れたことを考えても、魔石の主は恐らく遠くないどこかからこちらを見ているのではないだろうか。
「そんな……。人が人を襲うなんて……」
「まあ割とある話ではあるんだけどね。ただ、こんなダンジョンの奥深くでせっせと罠を張る人間ってのはたしかに珍しいと思うわ」
眉間にしわを寄せるレインに、アルも同調する。
「それだけじゃないぞ。幻影の質がそもそも違う」
「質って?」
「幻影というものは普通、発動者の意識によって成り立つものだ。つまりどれだけ攻撃を加えても、発動者が『効いていない』と意識すれば幻影が怪我を負うことはないんだ」
「そうか……。私たちが倒した幻は、攻撃を受けるごとに傷を負っていたし倒れもしたわよね」
レインやアルの攻撃によって傷を負い、血を流し、倒れた。アルの言う『普通』の幻であれば、そんなことは絶対にありえない。
「斬った手応えもあったし、まるで本物みたいだったわ」
「それは幻を形作る意識がオレたちの側にあったからだ。攻撃したのだから魔獣は傷を負う。血を流す。それを繰り返せばいずれ倒れる――そんなオレたちの意識を忠実に反映させていたからだ」
だからこそ幻であるはずの魔獣がまるで実体であるかのように感じたのだ。
「でも、なんでそんなことを?」
「さあな。案外ここまで潜ってきた人間をおちょくっているだけかもしれんぞ」
「それはないわ……」
見ると、十数個ある魔封石はすべてひび割れてしまっている。恐らく容量のギリギリまで魔法を詰め込んでいたのだろう。
「アル、この近くに人の気配は?」
「……ないみたいだな」
「嘘……。じゃあどうやって魔法の発動を……」
レインの頬を冷たい汗が一筋流れ落ちた。





