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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第01章 素人魔王と怪物少女
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004 邂逅04

「ひどく汚れていたからな。あとで洗濯してやろうと思ったんだ」


 頬を手の形に()らし、しかしまったく意にも介さない様子で魔王は言う。

 痛みを感じないのだろうか。だったら剣で突き刺しても無駄なような気がするし、ともすれば彼を倒す手段がなくなってしまう。テーブルの正面に座る魔王アルヴァリオスに、レインは内心冷や汗をかくのだった。


「そりゃあ毎日地べたに座ったり寝たりしてるんだから、汚れるのは当然じゃない。てか、女の子の服に汚れてるとか言わないでよ」


 旅の当初は道中の川で洗濯や水浴びをしたものだが、魔王城に近づくにつれ、川は枯渇し、大地は荒れていった。だからそこで汚れてしまえばもう洗うことは叶わず、そのまま着続けなければいけない。

 とはいえ、そこまで魔王城近辺まで来ると、衣服や身体の汚れなど瑣末(さまつ)な問題に感じてくるものだ。自分の命がいつ終わるともしれない状況なのだから、それも無理からぬことだろう。


「まあそんなことはいい。それより食事にしようじゃないか」

「あんたに言われると、なんだか釈然としないけど……。まあいいわ、お腹もすいてるし」


 レインの着いたテーブルには、彼女が見たこともないような料理が所狭しと置かれていた。謎の肉、謎の魚、謎の野菜――かろうじて分かるのは、コップに注がれた水くらいだ。

 眉間にしわを寄せ、疑いの眼差しでもって料理の数々を凝視していたレインだったが、意を決して魚を指し、魔王へと視線を移す。


「この謎の魚って何?」

「謎の魚だ」

「だからその謎を訊いてんのよっ」


 どうやらとぼけているわけではないらしく、魔王は腕を組んでしばらく考え込む。しかし数秒の沈黙のあと、


「……謎の魚だ」


 同じ返答を繰り返すだけだった。


「あんたねえ、自分が調理した食材くらい知っておきなさいよ。そんな得体の知れないものをお客さんに出すって、どういう神経してんの?」

「分からないものは分からない。だったら答えようがないだろう」

「だから、答えようがないものを客に出すなって言ってるのよ」


 当初は魔王の機嫌を損ねないよう、気をつけるつもりだった。彼をもっと油断させ、自分が逃げ出すための隙を得るつもりだった。

 しかし、この男のふてぶてしい、開き直った態度を目の当たりにすると、その決心も揺らいでしまう。人を苛つかせる特技でもあるのではないかと勘ぐってしまうくらい、彼との会話には自分の常識との開きがあった。

 とはいえ、腹が減っている事実は()じ曲げようがなく、


「じゃあ食べないのか?」

「……た、食べるけどさ」


 くちびるを突き出し、魔王から視線を逸らす。

 謎の魚に恐る恐るフォークを刺し、ナイフでちいさく切り取る。目の高さまで持ち上げてみると、原型さえ見なかったことにすれば、それは自分のよく知っている魚と変わらないように思えた。

 匂いを嗅ぐが、特に刺激臭らしきものは感じない。むしろ焼きたての、食欲をそそる香辛料の香りがふんわりと鼻孔に広がる。

 思い切って一口放り込むと、絶妙の味わいが身体中の緊張をほぐしていった。


「お、美味しい……!」


 目を丸めて舌鼓(したつづみ)を打つレインを眺め、魔王はふうっと肩を下げた。彼も彼なりに、自分の出した料理が客の口に合うか、心配していたのかもしれない。


「たくさん作ったからな。どんどん食べてくれ」

「うん! あ、この謎のお肉も美味しい。こっちの謎の野菜もっ」

「……あまり謎、謎と連呼されるのも反応に困るな」


 苦笑しつつ、自分も料理を皿に取り分けていた魔王だったが、


「これも美味しい。あんた、料理の才能あるかもね」


 その言葉にふと思いついたように、レインを見やる。


「そういえばお前、オレのことをずっと『あんた』と呼んでいるが、オレの名前はアルヴァリオスだと言っただろう。アル様と呼んでいいとも言ったはずだ」


 魔王アルヴァリオス――こうして共に食卓を囲んではいるが、けして忘れたわけではない。彼はレインの――すべての人間たちの敵で、倒すべき相手だ。

 彼の放った魔物によって自分たちが今までどれだけ苦しめられてきたかは、誰もが細胞レベルで記憶している。思い知らされている。


「あんただって私のこと、『お前』って呼んでるじゃない。偉そうに」

「ふむ。では改めて訊こう。お前の名は?」

「やっぱり偉そうよね、あんたって……」


 ため息をひとつこぼし、レインは手にしたナイフとフォークを皿に置いた。


「いいわ、教えてあげる。私はレインシーよ。レインシー・カイルガイル。友人たちからはレインって呼ばれてるわ」


 いずれあんたを討つ者の名よ――心の中でそう付け足す。そのためにも、まずは一旦、ここを脱出しなければ。

 魔王はふむと頷き、


「レインか。分かった、ではそう呼ぶとしよう。だからお前も……」

「アルね。絶対に様なんて付けないんだから」


 皮肉のつもりで言ってやったのだが、しかし魔王――アルは嬉しそうに目を細め、再び食事を促すのだった。


「ふむ、レインか……。レイン、レイン」

「ちょっと。用がないなら、あんまり人の名前を連呼しないでくれる?」

「ああ。分かったよ、レイン。……レイン、レイン」

「黙れっつってんでしょうがっ」


 微笑むアルと、怒るレイン。

 空の黒色がさらに深くなり、魔王城にも夜が訪れる。

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