039 朱月石05
「じゃああんたが落ちてこなかったのは、その子と話していたからなの?」
「そうだ。上の階で見かけた子供がこんな所までついてきたからな。なんとか引き返させようと説得を試みていたんだ。それなのにお前ときたら……」
「はいはい、睨んでごめんね。これでいいでしょう?」
「待て、レイン。その言葉には心がこもっていないぞ。本来贖罪というのは自分の間違いを反省するからこそ……」
襲い来るケルベロスの群れを斬り払いながら、二人の口論は続く。間に挟まれる形の少女はあたふたするばかりだ。
「お、お二人とも! もう少し戦闘に集中してくださいっ」
少女の声が届いているのかいないのか、レインとアルの顔はケルベロスに向いてはいるが、言葉の端々で互いを振り返り舌戦を繰り広げている。そのくせ息は合うようで、レインの死角から飛びかかる魔物をアルが仕留めたり、レインがアルを思い切り蹴飛ばして魔物の攻撃を避けさせたりと連携は抜群である。
「いや、待て。なんでオレがレインに蹴られなければならんのだ?」
「うっさいわね。細かいこと気にしてると早死にするわよ」
「そうか。では気にしないでおこう」
言うが早いか、レインの背に蹴りを入れるアル。
「痛いわね! 何すんのよっ」
「知ってるか? 細かいことを気にすると早死にするらしいぞ」
「……あんたはほんと長生きしそうだわ」
ケルベロスはあと一体。残りはすべて二人の剣と魔法によって屠っている。
アルが魔物へと駆ける。その動きにはわずかな揺さぶりもなく、真っ直ぐに標的へと向かっていく。正面から迎撃の体勢を取るケルベロス。しかし――あと数歩の距離でアルが突然右へと避けた。同時に、彼の背後に隠れていたレインが左側へと躍り出る。魔物の視線がアルからレインへと移り、そして――
「ハズレ!」
レインがさらに左へと跳び、魔物の攻撃範囲から脱出する。
ケルベロスが慌てて右へと視線を戻すと、一度視界から消えたアルが再び急接近していた。彼の手のひらには真空の刃。ケルベロスに触れると同時、魔物の身体は無数に斬り裂かれ、他の仲間たちと同様に地へと崩れ落ちるのだった。
「す、すごい……」
目を丸くして見つめる少女。
正確に数えてはいないが恐らく十体以上はいたはずだ。レインは剣を収めると、上がった息をゆっくり整える。アルにいたっては終始変わらず、服に付着した汚れを手で払っているくらいだ。
二人のもとへと駆け寄った少女は興奮冷めやらぬ様子で声をかける。
「お疲れ様です、レインさん、アルさん!」
「んえ? ああ、どうも」
「最後の方だけですけど、しっかり拝見させていただきました。さすが武闘大会の準優勝者ですね。動きを目で追いかけるのも結構難しかったです」
「えっと……、あなたは?」
そこでようやく少女は自分が名乗っていないことに気付く。
姿勢を正し、よく通る声で二人の冒険者に頭を下げる。
「申し遅れました。わたしはシスタノ。シスタノ・ゾーンです」
「あ、どうもご丁寧に……」
帯剣した冒険者の少女――シスタノは拳を握り締めて上下にぶんぶん振り回す。レインとアルの戦い振りが彼女にはよほど鮮烈だったのだろう。
ああそうか、とレインは思い出す。そういえば上の階層で彼女を見かけた記憶がある。急いでいたためあやふやな憶えではあるが、たしか大きな幽鬼と戦っていたはずだ。そこにレインたちが割って入って――
「ああ、そういうことか。私たちがあなたの獲物を横取りしちゃったから怒ってるのね。ごめんなさい、あのときは……って今もだけど、あまり時間がなくて状況を冷静に確認してる余裕がなかったの」
「い、いいえ、違うんです!」
謝罪するレインに、シスタノは慌てて両手を振る。
「あのときはハイゴーストがものすごく強くて、わたし本当にもう死んじゃうかと思っていたんです。だからレインさんとアルさんに助けていただけたときはすごく泣いちゃって……。お二人はわたしの命の恩人なんですよっ」
どうやらそういうことらしい。レインはひとつ息を吐き、改めて少女を見やる。
泥だらけの鎧に傷だらけの顔。手足にはまだ血の固まっていない箇所がいくつもある。まあ今のレインも似たような格好ではあるが、普通の少女がこんな階層まで潜ってくるにはきっと想像を絶する苦難があったに違いない。
「シスタノ、あなたは何でこんな深いところまで一人で来たの? この辺りはもう怖いからと言ってすぐに引き返せるような場所じゃないのに」
「……薬草を探してるんです。伝説級の薬草、ヨジョ草を」
「なるほど、ヨジョ草か……」
その名称はレインも聞いたことがある。たしかどんな怪我や病気も癒せるという薬草だったはずだ。もちろんそんな噂を頭から信じているわけではないが、彼女にとってはそんな幻の薬草に頼らなければいけないほど切羽詰まっている状況なのだろう。
少なくとも、これほどの大怪我を負ってでも危険を冒すくらいには。
「わたしの母が大きな病気で倒れたんです。お医者さんにも見放されて、どこにも誰にも頼れなくて、わたし……」
それで自ら危険の中に飛び込み、本当にあるかどうかも分からない伝説の薬草を採取しようと躍起になっていたわけか――レインは苦笑する。
「……いいわ、シスタノ。私たちが手伝ってあげる」
「えっ?」
自分たちの記念すべき初クエストは失敗に終わるが、まあそれもいい記念だ。
それよりもシスタノを助けたい。彼女の心を母に届けてあげたい。
「いいのか、レイン?」
「いいのよ。困ってる人を助けるって点ではクエストと一緒じゃない」
「ふむ。まあそうかもしれんな」
シスタノの肩に手を置き、レインはにこりと笑ってみせる。
「行くわよ、シスタノ。お母さんを助けてあげなくちゃね」





