038 朱月石04
「これはちょっと相手をするにしてもねえ……」
レインが唸るのも無理はない。一頭であっても並の戦士なら苦戦を強いられるであろうレアモンスター、ケルベロス――それが無数にいるのだ。
彼女を中心として、ケルベロスの群れは彼女の動向をうかがうようにその周囲をゆっくりと巡る。獲物をじりじりと追い詰めるように。
「アル……、何してるのよ」
相棒のアルは、あれ以降応答がない。
手が離せないと言っていたようだが、彼が手が離せないほどの状況に陥ることがまず想像できないし、彼ほどの腕前であれば多少の無理はあっても加勢してくれるはずだ。それが叶わないほどの状況となると――
「あっちはあっちで魔物でも出たのかしら」
忘れられがちではあるが、彼は魔王アルヴァリオスである。この世界に徘徊する魔物のほとんどは彼が創造したと言ってもいいくらいだ。その彼が苦戦するような相手などまずいないとは思うが、世の中にはまさかということもある。
ひょっとしたらアルも簡単には倒せないような強敵に出会ってしまったのかもしれない――そう思うと、自然に声を上げてしまう。
「アル! そっちは大丈夫なのっ?」
「……大丈夫だ。もうすぐそちらに加勢できる。もう少し待っていろ」
アルの声はいつもと変わらない。
ならばレインのすることは一つだった。
「じゃあアルが来るまでの間、なんとかこの場を乗り切らなきゃね……」
剣を構える。
口の端からチロチロと火を覗かせるケルベロス。少しでも隙を見せればすぐさまその火炎の餌食になるだろう。それも一体や二体の話ではない。
「いいわよ。やってやるんだから!」
地を蹴りレインが駆ける。それを見越したようにケルベロスは灼熱の炎を浴びせかける。しかし彼女もその軌道は予測済みだ。右へ左へと身をかわし、狙い定めていた一体へと着実に距離を詰める。
「まず一体!」
レインの剣がケルベロスの首を薙ぐと、残る二本の首が彼女の身体目掛けて襲い来る。理性ではなく本能でその攻撃を避けると、レインは返す刃でもう一つの首をはねた。首が残り一つになれば、それはもうただの犬である。
「よいしょお!」
一回転した刃はその勢いのまま残る一本の首を斬り落としたのだった。
とはいえ――首を三つ落としたとはいえ、実質一体である。三つ首の犬の魔物、ケルベロスはまだ何体もいるのだ。レインはふたたび地を蹴り、次の標的へと剣を翻す。
しかし――
「……やばっ」
魔物の大量の血でぬかるんだ地面に、レインの足が滑る。
床に手をつくレイン。それを好機と見たのか、数体のケルベロスが一斉に彼女の首へと飛びかかる。
もう駄目だ――ぎゅっと目を閉じる彼女に、しかし魔物の牙は一向に突き刺さらなかった。恐る恐る目を明けるレイン。その先には――
「おい、レイン。ピンチを迎えるにはまだ早いんじゃないのか?」
階上でもたついていたはずの相棒。そして、
「あわわ……。こんなの無理ですう……」
どこかで見た記憶のある少女が、レインと魔物との間に立っていた。
「まだ彼女の説得が終わっていないというのに。まったくお前ときたら本当に情けないな。もう少し戦士としての役割を果たしたらどうなんだ」
「……うっさいわね」
憎まれ口を利いていても、彼が目の前にいる――それがどれだけ心強いか。
レインは立ち上がり、彼に背を預ける。
「いくわよ、アル」
「了解だ、レイン」
アルと共に降りてきた少女を挟み、二人はケルベロスの群れへと身構える。





