037 朱月石03
「たああああ!」
レインの剣が最後の魔物を斬り裂くと、周囲には本来の静寂が戻ってきた。
とはいえここでゆっくり休んでいる暇はない。レインとアルは魔物のいた辺りに目を凝らし、目当ての物を探し回る。
「ああ、ここにもないみたい」
「どうやらそのようだな」
朱月石――満月の夜にしか見つけることが出来ないと言われている、幻の宝石である。シュティーリア郊外のダンジョン奥部にて数度目撃されたという記録があるらしいが、実物を目にしたことのない二人は記述から想像するしかない。
それは親指の先ほどの大きさで、光の届かないダンジョン内であっても鈍い朱色に輝いているらしい。朱月石には様々な逸話が残されており、中にはその光で死者を蘇生させたなどという眉唾なものまであった。この宝石を見つけるには、満月の夜にダンジョンの奥部でランタンなどの灯りをすべて消し、完全な暗闇の中で探すことが重要だという。
「そんなこと言ったって、朱月石がどこにあるのかも分からないのに毎回真っ暗にするなんて非合理にも程があるわよね。……まあやるけどさ」
「このダンジョンがどこまで深いのかも分からないからな。もしかすると宝石までこの倍以上の距離があるかもしれないのだし、省けるロスは極力省くべきだな」
「……あんたさっき、夜食がどうとか言ってなかったっけ?」
「気のせいだ。さあ行くぞ、レイン」
階下へと繋がる階段を見つけ、二人はさらに奥へと進む。
ここを抜けると第八階層――今はそもそもの数が少ないこともあるが、冒険者の姿はどこにも見当たらない。三つほど上の階層まではちらほら見かけたのだが。
「この先は魔物の強さもさらに厳しくなるってわけね。アル、いける?」
「帰っていいならもう帰るが?」
「なんでそういうこと言うのよ! ここはクールに『ふっ、愚問だな。誰に訊いているんだ?』とか決める場面でしょうがっ」
「そういうものか」
「そういうものよ」
省けるロスを極力省くべき二人は、ロス全開で階段を降りていく。
そのとき、カチリと――レインの足元から硬い音がした。
「……ん?」
レインが顔を下に向けたと同時、突然階段が消失する。
「しまった!」
罠だ――そう気付いたときにはもう遅い。
恐らく階段自体が魔法によって作られたもので、それを発動させるスイッチだけが物理的なものだったのだろう。魔力を視認できる人間が少ないからこその仕掛けである。いや、それを言うのなら――
なんであんた教えてくれなかったのよ!
一人だけ罠の外にいたアルは落ちることなく、そしてレインを助けることもなくただこちらをじっと見下ろしている。
遠ざかる相棒の姿を睨みながら、レインは闇の中へと消えていった。
「……って、まだ終わらないからああああ!」
肩越しに剣を抜き、空中で構える。この剣は国王から賜った魔法剣。付与された魔法を地面に向けて放てば、落下の衝撃も多少は緩和できるだろう。
目を閉じて顔に風を感じる。
暗闇で何も見えないのなら、肌で感じればいい。落ちる先が地面なのだ。
「こっちね! よいっしょおおおお!」
力任せに振るう剣から強力な衝撃波が放たれる。彼女の剣に付与されている魔力は風――以前オーギュスがイボンの村で見せたものと同じである。
衝撃波は冷たい空気を切り裂き、やがて地面に衝突した。次の瞬間、跳ね返った空圧がレインを包む。落下速度の低減に成功した彼女は、しかしそれでも殺し切れなかった勢いのまま地面に激突し、二回、三回と転がって止まるのだった。
「……いたた。ああ、死ぬかと思った」
暗闇で何も見えないが、自分の身体を触りながら怪我の具合を確認していく。
どうやら骨に異常はなさそうだが、擦過傷と打撲は数えきれない。とはいえこれくらいならまだ何とか動くことはできるだろう。
レインはよろよろと立ち上がり、今も階上からこちらを見ているであろう悪魔のような男――もとい魔王に、恨み節をぶつけるのだった。
「ちょっと、アル! あんたどういうつもりよっ。早く降りてきなさい!」
「……まあ待て。今ちょっと取り込んでいてな。申し訳ないが、そいつらの相手はお前一人でしておいてくれ」
少し遅れて返ってきた声は、いかにもやる気がなさそうで。
さすがに今回ばかりは本気で怒鳴ってやろうと思いきり息を吸い込んだところで不意に気付く。
「そいつらの相手……って、え?」
首を巡らせると、暗闇の中、血のように赤い眼がいくつも浮かんでいる。
どうやら魔物の群れのど真ん中に落ちてしまったようだ。
「アル、明かり! 上から照らしてっ」
果たしてアルの生み出した光に浮き上がったのは――
「……嘘でしょ?」
漆黒の毛を持つ三つ首の犬。『地獄の番犬』と名高いレアモンスター。
ケルベロス――本来単体で行動するはずの強敵が群れを成し、傷だらけのレインを取り囲んでいたのだった。





