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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第04章 新進気鋭の冒険者
35/150

035 朱月石01

 ギルド内は広く、木製の丸テーブルがいくつか設置されていた。

 一見して戦士と分かる数組の男女が右側の壁のボードに貼られた紙を眺め、真剣な面持ちで何やら話し合っているのが見える。彼らは建物内に入ってきた二人に気付いたものの、さして興味もないようにすぐに視線を外してしまった。


「おや、見かけない顔だね」


 建物の奥――とはいえ敷地的には半ばほどだろうが、カウンターの向こうに座る女はアルを見てそう言った。三十代前半といったところか。気の強そうなつり目にくせのある長い黒髪。カウンターに頬杖をつき、値踏みするように彼を見やる。


「クエストの依頼だったら右の奥だよ。今なら並ばずに登録でき……」

「いえ、私たちは冒険者登録に来たんです」


 女の言葉を遮ってレインは返す。鎧も剣も装備していない、一般人と同じような風体のアルは一見して戦士だとは思われにくい。魔法を行使するときだって詠唱も杖も必要としない彼が冒険者だと気付く者はどれくらいいるだろうか。


「へえ、そんな貧相な格好で冒険者ねえ……。悪いことは言わないよ。あんたたちには無理だ。やめといたほうがいい」


 その言葉はレインにとって意外だった。言い方こそ突き放して聞こえるものの、彼女は二人の心配をしてくれている。無駄な死人は出すまいと思ってくれている。

 誰でも簡単に冒険者を名乗れるこんな時代だからこそ、きっとそういう戦死者も少なくないのだろう。


「普通のお兄さんと普通の――さっきの声からするとお嬢ちゃんかな? 装備すら満足に整っていないヤツらを魔物の中に放り出すなんて、あたしの沽券に関わってくるからね。せめて身なりだけでもちゃんとしてから出直して来な」

「あ、そうか。ローブを着たままだったわね」


 彼女の物言いに合点がいく。そういえばまだ顔すら隠したままだった。

 レインはローブを外し、今や国中の誰もが知っているであろうその姿を晒す。


「私はレインシー・カイルガイル。改めて冒険者登録を申請するわ」

「……こりゃあ驚いた。まさか魔王を倒した英雄様だったとはね」


 女は目を丸くして、突然眼前に現れた英雄をまじまじと見つめる。周囲の冒険者たちも気付いたようで、ギルド内はにわかにどよめき始めた。


「大変失礼をいたしました。あたしはこのギルドでクエストの斡旋を担当しております、ミゲリアと申します。数々の非礼、どうぞご容赦くださいませ」

「……わざとらしいから普通に話してちょうだい。名前もレインでいい」

「了解、レインちゃん」

「今度はちゃん付けか……」


 食えない女だ――ぺろりと舌を出すミゲリアを見やり、レインは嘆息する。


「そんなことより、いいのかいレインちゃん。外でやってる祭りはまさにあんたのためのそれじゃないか。主役のいない祭りなんて聞いたことがないよ」

「いいのよ。たまにはみんな羽目を外さないとね。それよりも……」

「ああ、はいはい。冒険者登録ね。そっちの彼も?」


 ミゲリアはちらりとレインの後ろを見やる。どう見ても普通の青年だが、レインが連れてきた男なのだからきっとそれなりに戦えるのだろう――そんなミゲリアの心の内が透けて見えるようだ。

 アルは口を閉ざしたまま、レインにすべてを任せている。


「ええ。二人分でお願い」

「了解。じゃあ、この書類に名前とその他もろもろ書いといて」


 そう言ってカウンターの下から紙とペンを取り出す。紙には『冒険者登録書』と書かれていて、名前の他に性別や体型、住所などを記入する欄があった。


「体型も書くの?」

「まあいざってときのためよ。もしダンジョンの奥で倒れたとき、通りがかった人に自分が誰か知ってもらうときに必要なの」

「ああ、なるほど……」


 この欄を埋めておかなければ、身元不明の死体が出来上がるというわけだ。

 レインが二人分の記入を済ますと、ミゲリアは「はい、お疲れ様」と指輪を差し出した。


「これは?」

「登録番号が刻印された指輪よ。もしものときはその番号と今書いてもらった書類の番号を照合して本人確認をするわ。だから絶対なくさないでね」

「ふうん」


 ひとつをアルに手渡し、もうひとつを自分の右手の薬指にはめる。よく見ると、ミゲリアの言うとおり小さな番号が刻印されていた。


「これで登録は完了よ。魔王から世界を救った英雄様とはいえ、まずはクエストに慣れる意味でも簡単なものから順にこなしていくのが無難ね」

「美味しいクエストはある? 難しくてもいいから実入りのいいやつ」

「……あんた、人の話はちゃんと聞きなさいよ」


 身を乗り出すレインをミゲリアは半眼で睨む。とはいえやはり魔王を倒した英雄だからか、彼女もそれ以上は踏み込まない。

 再びカウンターの下から紙切れを一枚取り出すと、レインの前に置いた。


「まだボードに貼り出してないクエストよ。報酬額はなかなかのものでしょう?」

「すごい! これにするわ!」


 依頼内容は街外れのダンジョンから、とある宝石を取ってくること。宝石の前には手強い魔物が多数徘徊しているとのことだ。


「ただ、その宝石は満月の夜にしか見つけられないらしいの。今夜がちょうど満月だから、今日を逃すとまたしばらくお預けを食らうことになっちゃうのよね」

「ええっ?」


 それではまずい――次回を待っていたら祭りが終わり、このクエストに冒険者が群がってしまうではないか。ともすれば決行は今夜しかない。


「アル、今すぐ出るわよ。準備して!」


 言うが早いか、レインはさっと身を翻した。

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