034 凱旋03
身体を優しく包み込む、布団の柔らかな感触と太陽の香り。
ずっとこのままこうしていたい――幸せなまどろみの中で、レインは夢を見る。
目が覚めたらきっとすぐに忘れてしまうような掴み所のない内容なのだけど。
「おい、レイン。もう昼だぞ。そろそろ起きろ」
「…………あう」
ゆっくりと目を開けると、自分を覗き込むアルの顔がまずあった。いつからそこにいたのか、腕を組んで悠然と見下ろしている。
目だけで周りを確認すると、ほとんど物のない大きな部屋。隅々まで掃除が行き届いており、見ればテーブルの横に自分のザックがぽんと置かれている。
「あれ……、ここどこ……?」
「宿屋だ」
アルの返答に、なんとなく思い出す。
そういえば昨夜は飲み屋で大騒ぎして、注がれるままに酒をあおっていた記憶がある。二杯目の途中までは憶えているものの、そこから先は真っ白だ。
「そっか、私酔い潰れて……、いたたっ」
上半身を起こすとひどい頭痛が襲ってきた。こめかみから脳に突き刺さるような鋭い痛みだ。身体がだるく喉も渇く。まるで風邪でもこじらせたみたいだ。
「二日酔いというやつだろう。飲み屋の女店主が言っていたぞ。『レインちゃん、そんなに飲んだら明日は二日酔いだよ』とな」
「聞いてたんなら止めてよ……」
「女店主をか?」
「私をよ! って、いだだだっ」
大声を出すと側頭部に激痛が走る。レインは半泣きでアルに水を催促した。幸い水の入った容器がテーブルに置かれており、アルはそこからコップに半分ほど注いで戻ってきた。
「ゆっくり飲め。慌てると零すぞ」
「うん、ありがと……、ん?」
コップを受け取り、両手に包むように持ったレインは、そこでふと気付く。
ベッドの下――自分の足元に、見慣れた衣服が乱雑に脱ぎ捨てられている。魔物との戦いの日々でヨレヨレになってしまった、自分の服だ。そこにはご丁寧に下着も一緒に落ちていて。
「ま、まさか……」
恐る恐る自分の胸元に視線を移すと、そこにはやはり何も隠すもののない貧相な胸が顕になっていた。
「ちょ、な、なんでっ?」
「どうした、レイン?」
急いで水を飲み干し、腰まではだけた布団をかき集めて身体を隠す。
そんなレインの様子に、アルは首をひねる。
「あんた、なんで言わないのよっ?」
「何をだ?」
「だからその……、わ、私が服を着てないことをよ! ……いだだだっ」
「熱いからと言って自分で脱いでいたじゃないか。オレは一応止めたんだぞ」
「はあっ?」
ということは、この男はレインが衣服をすべて脱ぎ捨てて全裸になるのを黙って見ていたということか。そして今も。
まるで昨晩の自分のように、顔が真っ赤に染まっていく。
「あ……、あんたねえ……」
「ああ、布団に水が零れてしまっているじゃないか。だから慌てて飲むなと言っただろう。ほら、干してくるから布団をよこせ」
「よこすわけないでしょうがああああ!」
持てる肺活量と声量を最大まで使い切ったレインがようやく動けるようになったのは、陽がだいぶ傾いてからのことだった。
街は大いに盛り上がっていた。
昨晩は突然のことだったため祭りの規模も大きくはなかったが、一晩あけた――そして昼時をゆうに過ぎた今は、街中の人間が英雄の快挙を祝おうと、総出で祭りを盛り上げている。
音楽隊が奏でる軽快なメロディに乗って踊る男女。二階の窓から国旗を振る男。籠からキャンディを掴み、空に向かってばら撒く女。誰もが満面の笑みを浮かべ、魔王の消えた日を喜んでいる。
「……オレはこんなに嫌われていたのか」
「噂よ噂。人の噂っていうのはどんどん大げさになって広がっていくものなのよ。あんたが悪いやつじゃないってことは私が一番よく知ってるから。ほら、元気出しなさいよ」
「むう……」
街の人々が喜ぶほどアルの表情が陰っていく。レインは彼を気遣いながら、昨日訪れた冒険者ギルドへと向かうのだった。
今の彼女は顔をすっかり覆い隠すフードの付いたローブを纏っている。みんなに褒められるのは嫌いではないが、今はそれ以上にやりたいことがあるのだ。
「今日中に冒険者登録するわよ。明日からさっそくクエストに行くんだから」
「せめて一週間続くというこの祭りが終わってからではどうだ? 街がこんな状態ではギルドとやらも上手く回っていないだろう」
「だからこそよ」
アルの助言にレインは指を立てて返す。
「簡単で報酬のいい――つまり美味しいクエストってのは早い者勝ちらしいのよ。だから遅れを取ればしんどい割に実入りの少ない、面倒なクエストしか残ってないってわけ。街中が浮き足立ってる今こそ狙い目なのよ」
そんなものかと頷くアルを連れ、レインはギルドへと足を踏み入れる。
少女剣士レインによって討ち倒された魔王アルヴァリオスの後日譚が、今ようやく始まろうとしていた。





