033 凱旋02
「おお、勇者レインシー・カイルガイルよ! よくやってくれた!」
王城シュティールの謁見の間にて、レインは国王から歓迎を受けていた。
国王バクナ・ワイズン――本当はもっと長ったらしい名前なのだが、覚える気がないのでそれまでしか知らない。四十代で王の座を継ぎ、以来十余年の間この国を治めている。ブロンドの髪に白いものが混じってきてはいるものの、いまだ精力的に様々な活動を続ける男である。
「聞くところによると、魔王城で囚われの身であった青年を救出したとか」
「はい。地下牢にて監禁されていたため、速やかに救出いたしました」
レインに助けられたという青年こそ、彼女の手によって討伐されたことになっている魔王その人なのだが、今この場に彼の姿はなかった。
今回はあくまで魔王討伐を成したレインのための謁見であるため、アルとの邂逅はまた後日改めて行われるとのことだ。そちらにも当然レインは付き添うつもりでいる。彼が余計なことを口走らないよう見張っておかねばならないからだ。
「他の三人はどうした。もしや魔王に……」
「いえ、彼らも生きておりますのでご安心ください。オーギュス、ヒルダ、グタの三人は魔王城付近の村に滞在し、一帯に住まう凶悪な魔物たちを殲滅している最中です。事が済み次第、彼らも帰国することでしょう」
「ほう、それはまた頼もしいな。村の者たちもこれで安心だろう」
半分は本当のことなので、罪悪感はさほどない。結局魔王城の手前で怖気づき、レインを置いて逃走した三人は今もイボンの村で周辺の魔物を追い払ったり農業の手伝いをしたりしているはずだ。
彼らがいつ街に戻ってくるかはグタ次第だが、あとの二人が真面目に仕事をするとは思えない。帰郷はせいぜい半年後といったところだろう。
「そういえばお主らに持たせた魔法の武具はどうであった? 魔王にちゃんと通用したか?」
「もちろんです。国王様から頂いたこの武器があればこそ、魔王アルヴァリオスを討てたのだと確信しております」
実際は一振りも当てられなかった――というか振る機会すらなかったのだが。
「お主たちが帰ってこないようなことがあれば、また来年闘技大会の優秀者たちを集めて送り出さねばならないところだった。新しい魔法の武具の生産にもそろそろ取り掛かるべきかと思っていたが……。そうか、本当に良かった」
「今回の魔王討伐の成功は、ひとえに国王様のお力添えがあったればこそだと確信しております。本当にありがとうございました。討伐隊の代表として厚くお礼申し上げます」
「ははは、そうかしこまるな。よし、それでは今夜は――いや、今夜から一週間は国を上げての祭りとしよう! カイルガイル、お主はこの城へは自由に出入りしてよいぞ。街の雰囲気で楽しんだあとは、こちらでゆっくり休むがよい」
「はい。ありがとうございます!」
そんな感じでいかにも優等生らしく振る舞い、ようやく城を出た頃にはもう夕日が沈むところだった。
「……アル、どこ?」
「ここにいるぞ」
街と城の間には大きな闘技場がある。毎年武闘大会が開催される円形の会場で、騒音などの問題を起こさないため街、闘技場、城の間にはそれぞれ徒歩三十分ほどの距離が取られている。
門衛たちに挨拶をして王城を出たレインは、離れにある兵士の詰め所付近で相棒の名を呼んだ。返答は詰め所の側面――ちょうど誰からも死角になる場所からだ。
「詰め所の中にいてって言ったのに」
「最初はそうしていたんだが、どうにも質問が多くてな。うんざりして出てきたというわけだ」
「ああ、そういうことね」
魔王城にずっと囚われていた青年という設定なのだから、そりゃあみんな興味もあるだろう。質問攻めにされるのも無理もない。
「あんたとの謁見はまた後日って言われたけど、日にちも時間も言われなかったのよね。まあ憶えていたらそのうちってことなのかな」
「ふむ。その辺はオレよりお前のほうが詳しいだろうから、全面的に任せよう」
「おっけー。じゃあ行きましょ。ご飯の前に行っておきたいところがあるの」
街に戻るにはまず闘技場を越えなければいけない。向こうに着く頃にはちょうど夕食の時間になっているだろう。
しかしレインはそれより先に、アルに見せておきたい場所があった。
「――着いた。ここよ」
歩き始めて一時間弱。レインが指さしたのは、二階建ての大きな建物だった。
二人並んでも余裕で通れる入口では、明らかに一般の住人ではない武装した男女が何人も出入りしている。
中を窺ってみると、奥にカウンター、その手前で戦士風の中年男たちが談笑しているのが見えた。
「おい、レイン。ここは何をするところだ?」
「ここは冒険の斡旋所――通称ギルドよ」
「ギルド?」
街の人々が困っていることをここに登録し、登録料と成功報酬を支払う。斡旋所はそれをクエストとしてボードに貼り出して参加者を募り、参加者は二階のパブで仲間を誘う。参加者はクエストに成功すれば報酬が手に入り、失敗すればタダ働きとなるのである。
「……簡単に説明するとこんな感じね」
「なるほど、それは理解できた。だが、それとお前にどんな関係があるんだ?」
レインはずっと剣の修業のみに人生をかけてきたと聞いている。得体の知れないこんな所でくだらないクエストとやらにうつつを抜かしている暇などほんの少しもなかったはずだ。
しかしレインは吹っ切れたように笑って、
「いいのよ。私も明日からここの所属冒険者になるんだから」
「だが、お前には剣の修業があるだろう。来年もまた武闘大会があるのだろうし」
「武闘大会にはもう出ないわ」
毎年優勝候補の一人として紹介され、顔と名前が多くの人に知れ渡っている現状である。そこにきて魔王を倒しましたなどと紹介されたら、きっとまともに相手をしてくれる戦士なんてほとんどいないだろう。
それならばもういっそのこと冒険者になって、困っている人々の手助けがしたいというのが今の彼女の素直な気持ちだった。
「今夜からしばらくお祭りだからね。今日は久し振りにパーッといくわよ!」
先ほど国王から魔王討伐の報酬として貰った金は、軽く見積もっても向こう一年は遊んで生活できるだけの額だった。地道に節制すればもっと長くのんびりできるだろう。
でも今日は二ヶ月振りの街である。
今日くらいはしゃいでもいいよね――アルの手を引いて、レインは雑踏の中へと走るのだった。





