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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第04章 新進気鋭の冒険者
32/150

032 凱旋01

 王都シュティーリア――あらゆる攻撃を防ぐと言われる、高く頑強な壁によって守られた城郭(じょうかく)都市である。

 開け放たれた堅牢な門の前には四人の門衛が槍を立てて立っており、出入りする者を一人の例外もなく検閲している。そのためここにはいつも、数十分待ちの列ができている。

 そんな長蛇の列の最後尾から、言い争う二人の声が聞こえてきた。


「だから私は顔パスなんだってば。待たなくていいのっ」

「いいやレイン、それは断じて違うぞ。前をよく見てみろ。誰ひとりとして文句も言わず並んでいるじゃないか。それなのにお前ときたら、列を無視して先頭に割り込むだと? お前はもっと常識を学ぶべきだ」

「あんたにだけは常識を語られたくないわよ。いいから行くわよ」

「待てと言っている。よく考えろ。横入りはズルだぞ」


 そういえばこいつはこういうヤツだった――レインは嘆息する。

 日頃からレインの気持ちを考えない、非常識な行動ばかりを取り続けているアルなのだが、ほんのたまにレインより常識的な発言をする。自分でもそれが良くないことだと思っている時にばかり正論を突きつけてくるため、彼に人間としての常識を学ばせたいレインとしては正直やりづらい。


「だからいいんだってば。横入りと顔パスは別物なのっ」

「並んでいる人間がいる以上、別物ではないぞ。それともアレか。お前は甘いものは別腹派か? そんなことを言っているから無駄なダイエットに苦しむんだぞ」

「ちょ、それとこれとは関係ないでしょ!」


 レインは旅人の(くく)りではあれど、魔王討伐のために国王の許可のもとに国を出た冒険者である。その彼女が魔王を見事討ち倒し、凱旋(がいせん)したのだから、国民たちから喜んで迎え入れられることはあっても入国を拒まれるはずがない。だというのに、それをどれだけ噛み砕いて説明しても、アルは一向に首を縦には振らなかった。

 まあ実際のところ魔王を倒したわけではなく、むしろ仲良く帰国したのだが。


「はあ……。もういいわ。待つわ」

「それがいい。やはりルールは守らねばな」


 しかしショートカットを諦めるレインのもとに、入り口のほうから門衛がひとり駆け寄ってきた。どう見ても動きにくいであろう重装備を身に(まと)い、息を切らしてレインの名を呼んでいる。


「ぜえぜえ……。カッ、カイルガイル様っ、ですねっ……。ぜえぜえ……」


 レインシー・カイルガイル――それがレインの本名である。周囲の人々から専らレインと呼ばれていた彼女にとって、苗字で呼ばれるのは久々のことだった。

 門衛は彼女の前まで来ると、しばらく膝に手を置いて呼吸を整え、それから顔を上げてレインを見やる。


「よくぞご無事で。あなた様が戻ってこられたということは、まさか……」

「はい。魔王を討伐してまいりました」


 良心の呵責(かしゃく)が荒波のように押し寄せてくるが、これはもう決めたことだ。今さら後には引けない――なるべく顔に出さないよう気丈に返すと、


「おお! それは誠ですか!」


 大声を上げる門衛に、前に並んでいる人々も何事かとこちらを振り返る。

 みんなの視線が心に刺さる。武闘大会では大観衆の中でも平気で動けたのだが、今回ばかりはそうもいかないみたいだ。顔が引きつるのを堪え、レインはちいさく手を振って見せる。


「なんという朗報! ああっ、こうしてはいられません。早く国王様に伝えねば。さあカイルガイル様、どうぞこちらへっ」


 レインを門へと誘う門衛に、しかしレインの腕を掴んで引き止める者がいた。

 言うまでもないが、彼女の旅の相棒である。


「待て、レイン。横入りはズルだとさっきも言っただろう」

「あんたねえ、門衛の人が許可してくれてるんだからいいでしょうがっ」

「駄目だ。これだから甘いものは別腹派は油断できないんだ」

「だからそれは関係ないって言ってるでしょ! ケンカ売ってんのっ?」


 再び口論を始めた二人に、門衛はわけも分からず慌てるばかりだ。


「あの、カイルガイル様。こちらの男性は?」

「こいつはアルと言って、魔王城の牢屋に入れられていたんです。あまりの恐怖に記憶を失くしたみたいなので、ここまで連れてきました」


 このために用意しておいた嘘を淀みなく披露すると、門衛は「そうですか!」と歓声を上げた。列を成す人々からも大きな声が上がる。

『レインシー・カイルガイル、魔王を討伐し囚われ人を救出』――夕方の号外ではきっとそんな見出しが踊ることだろう。そう思うと気が重い。


「なのでこの人も一緒に入国させたいのですが、いいでしょうか」

「もちろんですとも。カイルガイル様のお連人(つれびと)でしたらなんの問題もありません」

「ど、どうも……」


 胃が痛む。だが、最初から(つまず)くわけにはいかない。

 だけどせめてもの贖罪(しょくざい)として――


「あ、やっぱり列に並びます。みなさんに悪いし」


 姿勢を正して列の最後尾に並び直すのだった。

 そんなレインの姿を見て、周りからはまた歓声が上がる。魔王を打ち倒した英雄なのにこれほど謙虚であらせられるとは――そんな感嘆の声が聞こえてくる。


 もう勘弁して……。


 罪悪感に押し潰されそうな少女剣士レインと、彼女の手によって魔王城から救い出された設定の青年アル。門衛に付き添われ、二人が王都シュティーリアの城門をくぐったのは、それから半時間ほど経ってからのことだった。

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