031 ふれんず03
「おい、レイン。お前は最近よく下着を見せつけてくるが、ひょっとして発情期というやつか? 残念だがオレはお前の気持ちに応えてやれそうにない。すまんな」
「誰が発情期よ、誰が……」
ミャウに力一杯押され、後転の要領で何度も地面を転がったレインはアルの足にぶつかってようやく止まった。
地に後頭部をつけた状態で、その両端には自分の膝がある。正面を見ればレインを見下ろすアルが、そして視線を少し戻すとはだけたスカートと顕になった下着が見える。三半規管が弱いわけではないが、慣れない縦回転をこう何度も繰り返すとさすがに世界が回る。ひどい吐き気を堪えながら、レインはかろうじて反論するのだった。
「……んで、二人はどうなったの?」
「あっちで話している。どうやら二人とも興奮しているようだな」
「ちょっとやめてよ。もうミャウさんを止めるの面倒くさいんだけど……」
もしミャウが再び暴走したら、今の自分に止められる自信はない。アルはアルでいろいろと前科があるためどこまで頼っていいか分からないし、結局ミャウが暴れ出したらもう誰にも止められないのだ。
なるようにしかならないか――そう覚悟したレインの耳に、
「うおおおおおおおお!」
ミャウの野太い叫び声が届く。
まずい。ミャウがひどく興奮している。レインは頭を数度振って立ち上がろうとするが、なかなか視点が定まらない。足取りのおぼつかない彼女の腕を持ち、その身体を支えたのはアルだった。
「大丈夫か?」
「アル! ミャウさんを止めて!」
急がないとパントがミャウの餌食になってしまう。温室育ちの彼にあんな猛獣を相手取る力などあるはずがないのだ。レインは声を荒らげるが――
「止まっているぞ」
「……え?」
緊張感の欠片もないアルの返答にそちらを見やると、たしかにミャウは謎の奇声を発しているものの、その場からは一歩も動いていないようだった。それどころか先ほどまであれほど奮えていたパントまでもが拳を握り、ミャウと向い合って大声を上げているではないか。
「……えっと。どういうこと?」
レインの問いかけに、アルからの返答はなかった。
太陽が真上から少し傾き始めた頃、簡単に昼食を済ませたアルとレインのもとに二人がやってきた。アルが調理に取り掛かってから食べ終わるまで、大体一時間。その間パントとミャウの二人はたびたび奇声を発しながら周辺を動きまわっていたようだったが、ここでようやく区切りがついたらしい。
「アタシ決めたわ! パントさんと一緒に暮らす!」
「そうとも! 僕はミャウを歓迎するよっ」
「嬉しい!」
「僕も嬉しいよ!」
興奮冷めやらぬ様子で互いに抱き合ったりして。
「……うげ」
とんでもないものを見せられたものだと、レインは眉を寄せて呻くばかりだ。
二人の話によると、どうやらパントは自分を危機から救ってくれたミャウに感激したらしい。実際、野犬が狙っていたのはうさぎの親子なのだが、彼の目にはそう映らなかったみたいだ。
吊り橋効果――自身が危機に瀕したときの興奮を恋心と錯覚するというあの現象に近いのかもしれない。
「さっきミャウから体術を習い始めたんだ。僕がもっと強くなれば、あんな痩せた野犬なんてイチコロだからね。そうすればもふもふな小動物たちを自分の手で守れるし、それにミャウのことも……」
「やだもおおおお! アタシ、もふもふにもパントさんにもメロメロよおん」
「…………」
悪い夢でも見ているのだろうか――レインは眉間を摘んで揉みほぐす。
ひょっとしたら空腹をしのいだ辺りで眠ってしまったのかもしれない。そうでもなければこんな大惨事を目にするなんてまずありえない。そう思って頬をつねる。
「……いふぁい」
残念ながら痛みはある。誠に遺憾ではあるが、どうやら目の前の悪夢は悪夢ではなく、現実に起こっている悲劇らしい。
「パントさあん! だあい好き!」
「僕もだよ!」
なるべく速やかに彼らの目が覚めますように――レインはもう何も言わず、彼らに背を向ける。彼女が踏み出した先では、腕組みをしたアルが待っていた。
「レイン、もういいのか?」
「もういいも何も、今にして思えば最初からどうでもいいことだったのよね……」
どうでもいいことで時間を無駄にしてしまった。後悔ばかりが募る。
後ろからは、もう二度と見たくもない二人の熱いやり取りが聞こえてきて。
「ああもうっ。アル、今日は徹夜で歩くからね!」
「分かった」
ザックを拾い上げ、正面を見据える。
自分にはまだ見えないが、隣を歩くこの男にはもう見えているのだろう。
「さあ、街まであと少しよ!」
二人の目指す街――王都シュティーリアまで、あと数日の距離である。
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