030 ふれんず02
「アタシが自分の心の違和感に気付いたのはちょうど十歳のときだったわ。あれは忘れもしない、寒い寒い冬の……」
「あ、そういうのいいから」
滔々と語りだしたミャウを遮り、レインはパントへと視線を向けた。
うつ伏せでアルに組み敷かれたミャウと、その上に腰を下ろすレイン。抜剣こそしていないが、いつ女装男が暴れだしてもすぐ戦闘態勢に入れるよう、注意は怠らない。まあ今はアルがいるのだから、さほど心配はしていないが。
「パントさん。訊くまでもないでしょうけど、一応あなたの口から返事を聞かせてください。ミャウさんのプロポーズへの返事を」
「や、やめてくれよ。そんな気色悪いこと、考えるだけで寒気がする」
木に寄りかかっていたパントは驚いたように身体を浮かせ、大きな身振り手振りでもって絶対の拒否を示した。レインだってその答えを予想した上での質問だったのだが、そうと知らないパントは必死である。
「とにかく僕は騙されたんだ。ミャウがこんな変態男だったなんてがっかりだよ」
「そんなあ。アタシだって男のままでいられるならそうしてたわよ。でも自分の心には嘘をつけないもの。身体は男でも、アタシの心は女わよ……」
口調が気に入らないレインに頭を小突かれるが、ミャウが堪えた様子はない。
それきりしばらく口を閉ざしていたパントだったが、「ただ……」と切り出す。
「君がもふもふを愛する気持ちはよく伝わってきた。その点は評価するよ」
「あっ、当たり前わよっ。アタシからもふもふを取ったら何も残らないわ!」
「いや、いろいろと残念なものが残ると思うが……。まあともかく同好の士としてなら今後の付き合いを検討してもいい。もちろん会うことは二度とないけどね」
あくまで顔を合わせる気はないらしい。
少々ミャウがかわいそうかなとも思うレインだったが、もし自分がパントの立場だったら同じ反応をするだろう。そう考えると彼を責めることはできない。
「……いいわ。それでいい。やっぱりアタシは人と接してはいけない乙女なのよ」
ミャウは頷こうとするが、うつ伏せのため上手くいかない。もちろん彼を地面に押し付けているアルはけして手を抜かないし、己を乙女などと称する女装男にかけてやる慈悲はレインにはない。
「アタシはもう人の目につかないよう日陰で生きる。パントさんとはこれからも、もふもふめろめろテンションズで文通してくれるだけで嬉しいわ」
「ミャウ……」
さすがに申し訳ないと思ったのか、パントがミャウへと歩み寄る。
その時だった。
「お、さっきのうさぎが親を連れてきたぞ」
「ぬわんですってええええ!」
アルのそんな一言に、しおらしかったミャウの感情が一気に爆発する。
激情のまま勢いよく立ち上がり、上に乗っていたアルとレインを弾き飛ばす。
「うさちゃん、どこおおおお!」
その鋭い眼光はまさに獲物を狙う猛獣。五感を限界まで研ぎ澄まし、もふもふの気配を全身で探っている。アルとレインは倒れ込み、体勢を整えるためにわずかな時間を要する。
「パントさん、逃げて!」
レインが叫ぶ。もちろん逃げ切れるとは思っていないが、ほんの少しだけ時間が稼げればあとは自分とアルとで何とでもなる。
せめてミャウの軌道上――彼とうさぎとの間にパントがいなければいいのだが、レイン自身がうさぎを確認できていないため、それは分からない。
「うさぎはどこに――」
ミャウとパントの位置を目視し、うさぎの親子を探そうと首を回すと――
「……うそ」
それは探すまでもなかった。
パントから離れた茂みの前で、親子のうさぎが身を寄せ合ってぷるぷると震えている。まるでこれから降りかかる災厄を予知しているかのようである。
しかしそれはミャウに対してではない。うさぎたちの視線の先には――野犬。
いくつもの苦難や逆境を乗り越えてきたのだろう、その身体には無数の深い傷跡が走っている。そしてその傷に見合うだけの引き締まった筋肉。もし普通の旅人がこんなものに出会ってしまったら、ほんの一瞬で殺られてだろう。
「あ、ああ……」
旅人ではないにしろ一般人であるパントは竦み上がり、木を背にして野犬から目が離せないでいるようだ。
突如、野犬が吠え、うさぎの親子へと迫る。これまでかとレインがぎゅっと目を閉じたその時――電光石火の脚力でもってミャウが大地を蹴る。
「うさちゃんを……、いじめないでええええ!」
腰を十分に落としてから掬い上げるような拳――格闘技ではアッパーと呼ばれる渾身の一撃は、野犬の脇腹を見事に捉えた。いくつもの肋骨が粉砕される嫌な音とともに、野犬ははるか遠くまで飛んでいったのだった。
「おー、飛んだなあ」
「飛んだなあじゃないでしょ! パントさん、大丈夫でしたか?」
野犬の消えた方向をのんきに眺めているアルを窘め、レインはパントのもとへと駆け寄ろうとしたのだが――
「パントさああああん! アタシ、うさぎの親子を野犬から守ったわよっ」
そんなレインを力いっぱい押し退け――突き飛ばして、ミャウがパントの前へと
走り寄る。パントの顔に戦慄が走るが、しかしミャウは一定の距離を置いたまま、それ以上彼へと近付くことはなかった。
「よ、よくやってくれたね。それでこそもふらーだよ」
「でしょう? やった! やっとパントさんが褒めてくれたっ」
うさぎの親子の姿はもうない。きっと野犬が消えた安心感でどこかに走り去ってしまったのだろう。野犬が消えてもここにはそれ以上の猛獣がいるのだから、親子の選択は正しいと言えた。
それぞれの思いはあるものの、ともあれようやくこれでパントとミャウは互いを正面に見据えて話ができる格好と相成ったのだった。





