029 ふれんず01
「運命的な出会い、ねえ……」
そう零すレインが見下ろす先には、荒縄で巻かれた女装男が横たわっている。
手足をきつく縛り上げ、猿ぐつわと足の縄を背中側から別のロープで繋いでいるため、遠目に見ればエビ反り中に横転したような格好だ。
猿ぐつわはいらないのでは、とのアルの進言はレインによって却下された。苛々するからあまり喋らせたくないというのが理由らしい。
「まあ、ある意味運命なのかもしれないわね。良い意味かどうかは別として」
「なんでそんなに淡々としていられるんだよ! 僕はもう帰るっ」
泣き喚く声にそちらを見やると、待ち合わせの目印だったという大きな木の幹にロープで括りつけられたパントの姿。
目の前に転がっている猛獣が自分の待ち人だと教えられたのは、自身が縛られた後のことである。疲労で動けないレインの指示で、パントが今まで経験したことのない素早さでもって、アルは彼を木に縛り付けた。そもそも戦闘経験のないパントのことだ。相手がアルでなくとも抵抗は困難だっただろう。
「だからもう勘弁してよ。ロープを解いてくれ!」
「えー、でも解いたら逃げちゃうじゃないですか」
「そりゃあ逃げるだろ! 僕だってミャウの正体を知っていたら会おうなんて最初から思わなかったし」
「うーん。まあ逃げるのは別にいいんですけど、そのときはミャウさんのロープも解きますからね」
「そんなあ! 絶対捕まるじゃないかあっ」
ミャウの驚異的な身体能力は先ほど目にしたとおりだ。まるで怒り狂った暴れ牛のようにレインを追う姿は、いま思い返しても背筋が凍るようである。その猛獣を解き放つなんて、パントに死刑を宣告するようなものだ。
勇気を振り絞り、自分を変えるつもりでここまで来たが、まさか物理的に無残な姿へと変えられてしまうなんて誰が想像できようか。あまりにも無警戒だった己に嫌気が差してしまう。
「私は別に、パントさんを傷つけようと思っているわけではありません」
レインは言う。ようやく落ち着いたのか、その立ち姿にはもう疲労は見えない。
「あなたが当初言ったように、私はお二人が出会うためにささやかながらお手伝いをしただけです。けしてミャウさんから貰った山のような野菜を没収されたくないからではありません」
「うん、言葉にすると途端に嘘っぽく聞こえる良い例だね」
「ですからパントさん。一度だけミャウさんと話してみませんか?」
パントの皮肉を受け流し、レインはそう提案する。このまま彼を逃して自分たちも立ち去るという案も浮かんだが、相手は能力が計り知れないミャウなのだ。もし後々追われることになったらと思うと、安心して旅など続けられない。
レインの提案に俯き、しばし考える素振りを見せたパントだったが、やがて決心したように顔を上げる。
「……分かった。話すだけ話してみよう」
「ほんとですか?」
「ただし僕のロープは解いてくれ。ああ、ミャウのほうはそのままで」
よほど用心しているのだろう。アルの実力――の何十分の一かを身をもって経験しておきながら、それでもパントはミャウの解放を拒んだ。
まあどのみち逃げられるわけがない。レインは快諾し、パントの束縛を解く。
「じゃあ起こしますね」
言うが早いか、レインはミャウの脇腹を思い切り蹴り上げる。
「ぐほあっ!」
隙だらけの急所に突然蹴りを入れられ、ミャウは呻き声と共に目覚めた。
さすろうとしても手が動かせず、そこでどうやら身体を縛られているみたいだと気付く。だが気付いたところで口も動かせない状態だ。半ば混乱したまま、ミャウは周囲を見回す。
レインと知らない男が二人。彼女がいるということは、恐らく彼らのどちらかがミャウの同好の友、パントなのだろう。脇腹の痛みを堪えながら、女装男はレインに救いを請う眼差しを向ける。
「ああそっか。猿ぐつわが邪魔で喋れないのね。ミャウさん、今からあんたを自由にしてあげる条件として、私と二つ約束して」
「ふー……、ふー……」
鼻息こそ荒いがミャウは何度も頷いてみせる。それを確認してレインは続ける。
「ひとつ、喋るな。ふたつ、動くな。これだけよ」
「ふーう! ふーう!」
「オッケー。じゃあロープを切るわよ」
瞬間――レインの右手が肩の剣へと伸びたような気がした。
気がしたというのは、それ以降が見えなかったからである。驚異的な速さで抜刀した彼女は、勢いを殺さないままミャウの身体中に走る縄をすべて斬り裂く。
再び剣を収めたと同時、斬られたロープはパラパラと地面に落ちたのだった。
「さあ約束よ。けして喋ら――」
「なんということわよおおおお! こんな陵辱を受けるなんてええええ!」
「…………」
ものの三秒で約束は破られた。
レインが剣の柄に手を伸ばしたとき、パントが一歩歩み出た。
「ミャウ!」
「んのおおおお……、おお、お……」
パントの呼びかけにミャウの雄叫びが止まる。自分を見つめる優男に顔を向けると、顔を紅潮させて固まってしまった。その鍛え上げられた屈強な肉体からは想像できない、まるで恋する乙女のような反応である。
「パ……、パント、さん?」
「そうだよ。僕がパン――」
僕がパントだ――そう名乗る前に、女装男は再び熱狂する。
「結婚してええええ! アタシと仲睦まじく結婚してええええ!」
「ぎゃああああ! こっち来たああああ!」
ミャウの猛攻はアルとレインが二人がかりで彼を抑えつけるまで続き、パントはその間必死に逃げ回る羽目になるのだった。





