027 もふらー04
「ものすごくいい人なんですよ、ミャウさんって!」
浮かれきったしまりのない顔でもって、レインは断言する。
パントとアルの待つ大きな木まで戻り、ミャウの人としての素晴らしさを熱心に伝えたつもりだったのだが、なぜか二人の反応は鈍い。
「おい、レイン。お前が両腕に抱えているその包みは何だ?」
「あ、気にしなくていいわよ」
気にするなも何も、レインの抱える大きな包みの結び目からはネギときゅうりが顔を覗かせている。どうせ大量の野菜と引き換えにミャウを褒めちぎれとか何とか言われたのだろう。提案する方もする方だが、引き受ける方も大概である。
「ああ、この瑞々しい艶と香り。やっぱりその辺の野草とは段違いね」
レインの呟きに、パントは思わずアルを見やる。
「あの、彼女は今まで野草を食べて……?」
「ああ。今でも毎日美味しそうに食べているぞ」
もちろんそれだけの覚悟が必要な旅だったし、口に入れる前にアルが調理するのだから別段問題はないのだが、そうと知らないパントは――
「なんて不憫な……。レインさん、かわいそうに」
浮かれるレインに憐憫の眼差しを向けるのだった。
「とにかくちゃちゃっと会っちゃえばいいんですよ。どうせここでこうしていても何も始まらないんだし。後のことを考えるのはそれからでもいいじゃないですか」
「うーん、たしかにその通りなんだけどね。そう簡単に割り切れるものじゃないというか、なんというか……」
ミャウが男だということはまだ伏せてある。正直に言ってしまうと、臆病な彼のことだから多分会わずに逃げてしまうだろうし、ともすればせっかく貰った野菜を没収されてしまう恐れがある。それだけは絶対に避けなければいけない。
「パントさんはミャウさんのことをどう思っているんですか?」
「え? そ、それは……」
「嫌いだって言うのなら、このまま帰ってしまってもいいでしょう。でもあなたはきっとそうじゃない――だからここまで来たんでしょう?」
パントの心に訴えかける。彼がその気になるよう上手く誘導しなければ。そして野菜を死守せねば。レインは慎重に言葉を選び、説得を試みる。
「彼女と出会うことで、今までの自分から一歩踏み出せる――変われるって信じたからこそ、あなたは今日ここに来たはずです」
「……そうだ。僕は変わりたいんだ。ミャウと会って交際を申し込むんだ!」
「そうそう。交際を……って、え?」
ふと違和感を抱き、パントを見やる。
彼の目は燃えていた。
「僕はミャウが好きだ! 付き合いたい! いろいろしたい!」
「えーっと……。ちょっと待っててくださいね」
レインは再びミャウの元へと走る。
「いやだああああ! 恥ずかしいいいい!」
パントの思いを伝えたところ、筋肉ダルマのミャウは雄叫びを上げて悶絶した。
「嫌なの?」
「嫌じゃなああああい! んほおおおお! いやだああああ!」
「どっちなのよ……」
「レインちゃんなら分かるでしょうっ? アタシの揺れる乙女心がっ」
「ごめん、まったく分かんない」
そもそも人生の大半を剣の鍛錬だけに打ち込んできたレインである。彼女に色恋やら乙女心やらの浮ついた話が理解できるわけがないのだ。
「ちょ、ちょっと待って? 付き合うってことはまさか……、て、てて、手を繋いじゃったりっ? うほおおおお! キルユー! キルユー!」
「一旦落ち着きなさい。誰も殺さず穏便にいきましょう」
「はっ! そ、そうよね。今日だけは穏便にねっ」
いつもは違うのかよ――などというツッコミは入れない。あまり知りたくもない情報だ。ミャウとパントを会わせることだけがレインにとって重要なのである。
しかしながら、一向に腰を上げる気配のないミャウに、レインの苛立ちは徐々に募りつつある。この膠着状態を何とか打破しなければ――そう思った矢先、彼女の視線の端に動くものが映った。
「……うさぎ?」
それはうさぎだった。先ほどミャウが逃した個体かは分からないが、なんとなく似ているような気もする。
何を言っても動かないのなら、いろいろ試してみるか――レインは慣れた動作でうさぎを捕まえると、それをミャウに向けて差し出した。
「ほーら、ミャウさん。うさぎさんだよー」
馬の顔の前にニンジンを吊るしておくとよく走るという。それではミャウの眼前にうさぎを吊るしてみたらどうだろう、なんて。
あまりの馬鹿らしさに思わず苦笑する。
「さすがにこんなアホな手に引っ掛かるヤツなんて――」
「うさちゃああああん! ん可愛いいいいい!」
ここにいた。
「もっふーもふっ! そーれもっふーもふっ!」
「ちょ、ちょっと! こっち来ないで!」
稲妻が如きスピードで迫りくるミャウから必死に逃げる。
レインとミャウの、ある種命を懸けた追いかけっこが始まったのだった。





