026 もふらー03
「ワシ……、もといアタシがミャウわよ!」
ワンピースの裾を摘んで持ち上げ、パントの待ち人ミャウは恭しく挨拶をした。
それを目にしたレインはひどく気分が悪いのだが。
「あの、パントさんからは女性だと聞いていたんですが……」
パントの話では、二人は今までふももふ――なんとかという同好会の文通というツールでしか繋がっていなかったらしい。だから当然お互いの顔も素性も知らないし、こうして嘘が平然とまかり通る事態になるのだろう。
レインの問いに、ミャウはひどく衝撃を受けたように大げさに驚いてみせる。
「うおう、そうわよ! 何を隠そう、アタシ実は男わよ!」
「何も隠せてないから、とりあえずその鬱陶しい話し方やめてください」
聞いているだけで苛立ってきてしまう。
背負った剣に思わず手が伸びそうになる衝動をなんとか堪え、レインは目の前の大男を改めて見上げた。
どこからどう見ても戦士の肉体。遠方から街に向かっているとのことだから街の住人ではないようだが、仮にもし彼が武闘大会に出場していたら、ひょっとしたら魔王討伐のメンバーに組み込まれていたのかもしれない。ともすれば、彼はレインの旅の仲間として――
「…………」
想像するだけでひどい寒気がこみ上げてくる。レインは一度頭を大きく振って、思考をリセットした。
「向こうでパントさんが待ってますよ。早く言ってあげてください」
「ダメダメえ! アタシ、恥ずかしくて行けなあい!」
「…………」
やっぱりここで斬り捨てるべきか――レインの手が剣の柄に伸びる。
その殺気を察知したわけではないのだろうが、瞬間、ミャウは獰猛な肉食動物が如く大地を蹴った。
殺られる――身構えるレインに、しかし彼はその脇をすり抜け、目にも留まらぬ素早さでもって背の低い茂みを抉り取った。
「え、な……?」
レインが振り返ったとき、事態はすでに収束していた。
「どるああああ! 捕まえたぞおおおお!」
咆哮を上げる彼の手には――うさぎ。ベージュの小さなうさぎが一羽、ミャウのごつごつした手に捕らえられていた。両耳を持たれて必死に空を掻いている姿は、どうにも見るに耐えない。
ミャウは鼻息荒く獲物に顔を寄せ、カッと目を見開くと――
「ん可愛いいいいい! 食べちゃいたいくらああああい!」
物理的に食べてしまいそうな勢いでもって、うさぎに頬擦りを始める。
だがレインとしてはそれどころではない。多少の油断があったとはいえ、こうも簡単に後れを取ったのだ。武闘大会で常に上位に君臨してきた自分が。
「もっふーもふっ! そーれもっふーもふっ!」
謎の歌を大声で口ずさみながらうさぎを愛でる女装男に、レインは戦士として、魔王アルヴァリオス以来の戦慄を抱くのだった。
「……あの、ミャウさん?」
「どうしたわよ?」
「だからその話し方やめろっつってんでしょうが。……じゃなくて、そろそろ彼もあなたを待ちくたびれている頃だと思いますし、そろそろ……」
「ダメダメえ! アタシ、恥ずかしくて行けなあい!」
「…………」
――ぷちっ、と。
レインの中で、理性の切れる音がした。
「あんたねえ! 恥ずかしいなら普通の格好してきなさいよ! 何よ、その可憐なワンピース! 乙女かっ」
ミャウの胸ぐらを掴み――だいぶ身長差があるので、レインは背伸びして目一杯腕を伸ばさなければいけないが、ともあれ唾を飛ばしながら大男を責め立てる。
どう見ても子供が大人に喧嘩を吹っかけている絵面だが、しかしミャウは少女の激高にただただ怯え、捕らえたうさぎを手放して両膝を震わせるのだった。
「ひいっ、ご、ごめんなさあい! ……わよ」
「今あんた、わよって言ったでしょ! こっそり付け足したでしょ!」
「ひいいいい!」
怒れる少女と震える女装男とのやり取りはそのまましばらく続き、レインの息が上がったところでとりあえずの小休止となった。
「……あんたねえ、会うのが嫌なら何で約束なんてしたのよ。こうなることくらい事前に分かりそうなものじゃない」
「別に嫌ってわけじゃないのよ……。ただ、怖いの。アタシの姿を見て、彼が逃げ出してしまうんじゃないかって考えると、どうしても」
そりゃあ逃げるでしょ――そう言ってやりたいが、話が進まなくなりそうなのでぐっと堪える。
ミャウはパントがそうしていたように膝を抱えて座り込み、レインを見上げる。
「こんな格好をしてるけど、アタシだって男の子だし、男の子の服を着るのが普通だってことくらい分かってるのよ」
「男の……子?」
「でもね。アタシ、心は女なのよ。痩せるために脂肪を落とさなきゃって筋トレを始めたら、なんかものすごく筋肉が付いたりしちゃったけど」
「いや、もっと早い段階で気付けたでしょうに」
「やることなすこと、すべてが裏目に出ちゃって……。だからアタシ、決めたの。こんな性格を――こんな臆病な自分を変えるために、ありのままのアタシで誰かと向き合おうって!」
「相手からしたら大迷惑でしょうけどね」
「ちょっと! ちゃんと聞いてるのっ?」
憤慨するミャウに、レインははっと我に返る。つい上の空で返事をしてしまっていた。まじめに聞くような話でもなかったし。
ともあれ、ミャウは不意に勢いよく立ち上がり、レインの前で両手を合わせるのだった。
「お願い、レインちゃん! アタシとパントさんの仲を取り持って!」





