025 もふらー02
「もふもふめろめろテンションズって知ってるかい?」
ようやく泣き止んだパントの問いに、レインとアルは顔を見合わせる。
いい歳をした大人が居もしない魔物に怯えて散々泣きじゃくり、ついにはひざを抱えてうずくまるその姿にして、もふもふめろめろテンションズと来たものだ。
「……何ですか、その恥ずかしい名称は」
「恥ずかしくなんてないよ! もふもふにめろめろで何が恥ずかしいのさっ」
「ええ……」
顔だけ上げて反論する彼に、レインは困惑する。
一番恥ずかしいのは今のあなたの姿ですけど――そう言ってやることができれば気持ち的にもすっきりするのだが、さすがに年上の、それも教師だという彼に忠告するのは少々気が引けてしまう。
「で、何なんですか。そのもふもふ……、なんとかっていうのは」
「もふもふめろめろテンションズ。大事なことだからもう一回言うよ? もふもふめろ……」
「あ、もう結構です」
そんな力の抜ける長ったらしい名前をいちいち覚えていたら、いつまで経っても話が進まない。腕組みするレインに見下ろされ、パントはようやく語り始めた。
「もふもふめろめろテンションズっていうのは、僕とミャウが所属している同好会の名前さ。もふもふした可愛い動物が大好きなこの大陸の各地の人々が、年に四回発行される会報を通じて近況を語り合うんだ」
「ふうん。文通のようなものですか」
「まあ、そんなものだね。だから会員はみんな、お互いの顔を知らない。そりゃあ近所に住んでる人同士なら直接会って交流したりもするんだろうけど、僕はご覧のとおり、ひどく臆病でね。顔も本名も知らない人と手紙でやり取りしてるほうが、何かと気が楽なんだよ」
たしかに互いの素性を知らないほうが、より深いところまで話せるものなのかもしれない。同好会上の作られた自分であれば、そこでどんなトラブルが起きても、本当の自分には何も影響がないわけだし。
「それでも僕はふと思ったんだ。こんなことじゃいけない。教師たる者、もっと人と接しなければ、心から向かい合って何かを教えることはできないって」
「で、その相手がミャウさんだったというわけですか」
なんとなく察したレインに、パントは「そのとおり!」と声を上げる。
「前回の会報で、ちょうどミャウがこっちに遊びに来るって言ってたんだ。彼女は同好会発足当時からの会員らしくてね、もふもふに詳しい上に、ものすごく物腰の柔らかい素敵な女性なんだ。こんな僕にも優しく接してくれて……」
なるほど。そんな彼女だからこそ、パントも一歩踏み出そうと思えたのだろう。たとえばレインの元戦友である斧使いのグタなどが相手であれば、彼だって勇気を奮えなかったのではないだろうか。レインでも最初はグタを、斧を豪快に振り回す屈強な強面中年としか思っていなかったくらいだ。
「だからお願いだ、レインさん。こうしている間にも彼女の身に危険が迫っているかもしれないんだよ」
この一帯に魔物などいないと言ったばかりなのに、パントはまったく取り合ってくれない。自分の意見だけを通そうとする厄介なタイプだ。
ひざを抱えたままのパントを見下ろし、レインは頭を掻く。
「しょうがないなあ。ここに連れてくればいいんですね?」
「ああっ、行ってくれるのかい? ありがとう、レインさん!」
かくしてレインは、アルをその場に残してミャウを探しに出たのだが――
「そういえばアルに距離を訊くのを忘れてたわ……」
歩いて四日先の村が見える彼の視力である。「あっちに人がいる」と言われてもそれがどのくらい先にいるのか、まるで検討がつかない。本当に歩いて四日の距離にいるかもしれないのだ。
しかしその心配は、二十分ほど歩いたところで杞憂となった。
「……いた。あの人ね」
アルの言ったとおり、遠くに人影が見えた。
ところがその人影はパントを探すでもなく、じっと棒立ちしているようだ。
「もしかして、彼女はあそこを待ち合わせ場所だと思ってるのかしら」
どちらかが場所を勘違いして、お互いがその場から動けないのかもしれない。
だったら出会えるはずがない――そういうことかとレインは嘆息し、その人影に歩み寄る。
「あのう、すみませーん。……って、あ、あれ?」
パントが待ち続けている、物腰が柔らかくて素敵な女性、ミャウ。しかしレインが近づけば近づくほど、その姿は鮮明になってくる。
真っ黒に日焼けした肌。丸太のように太い腕。鋼のような胸板――そのくせサラサラの長い金髪を風に舞わせ、落ち着いた白いワンピースの下で両ひざを内股気味に寄せている。そして極めつけは、豪快に髭なんか生やしていて――
「……男じゃん」
どう見ても人違いだ。またアルのところまで戻って、もう一度聞くしかない。
そう思って踵を返したそのとき。
「あなた……! まさかパントさんっ?」
野太い声が、聞いたことのある名前を呼んだ。
肩越しに振り返ると、屈強な女装男がこちらを熱心に見つめていた。
嫌な予感しかしない。でも訊くしかない。
「あの、もしかしてですけど……、あなたがミャウさん?」
恐る恐るなレインの問いかけに、女装男は厚い胸板を張って応じるのだった。
「そうわよ!」





