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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第02章 嘘つき姉妹の研究録
23/150

023 希少種06

 通常の馬の七、八倍はあろうかという巨躯(きょく)――キリング・デイの蹄が、身動きの取れないターニャに迫る。


「ターニャ!」


 駆ける勢いのまま飛び込み、グニーは寸でのところで妹の身体を押した。

 一瞬前までターニャがいた地面に巨大馬の蹄が突き刺さる。


「グニーさん、大丈夫ですかっ?」

「平気だよっ」


 レインの呼びかけにそう返すと、グニーはキリング・デイから距離を取るように転がり、立ち上がった。極度の緊張のせいか、たったそれだけの運動で大きく息を切らしている。


「お姉ちゃん、逃げて!」

「あっははは。あたしもずっとそう思ってるんだけどねえ」


 相手はあの巨躯と素早さだ。今さらどれだけ全力で逃げ回ろうと、あっという間に――いや、言う間もなく追いつかれ、背中から押し潰されてしまうだろう。

 足が震える。骨が大きな音を立てて軋んでいるようで、ひどく情けない。


「私、知ってるよ! お姉ちゃんのお仕事っ」


 そんな姉の姿を見兼ねたように、ターニャが叫ぶ。


「魔物研究家じゃないお姉ちゃんが勝てる相手じゃないよ!」


 実際のところ、頭に『超』が付くほどのレアモンスターであるキリング・デイの相手など、完全装備のレインをもってしても怪しい。スピードには自信のある彼女だが、それはあくまで人間同士での話だ。

 妹の訴えに、グニーは苦笑する。


「そっか、知ってたか……。あはは、じゃあターニャももうレアモンスターの偽物なんて作らなくていいよ。村のすぐ外にこんな危ない魔物がいると分かった以上、今までのように見過ごすことはできないもんね」

「……お姉ちゃん、知ってたの?」

「知ってるよ。なんたってあたしは、あんたのお姉ちゃんなんだから」


 地面に深く刺さった前足をようやく引き抜き、再びキリング・デイの蹄が高々と持ち上げられる。

 グニーは両手を広げ、ターニャの前に立ち塞がった。


「でもね、たしかに魔物研究家なんて嘘っぱちだったけど、それでもここであんたを見捨てるわけがない。魔物研究家じゃなくても、あたしはターニャのお姉ちゃんなんだから!」

「……ふむ。もういいだろう」


 それまで傍観(ぼうかん)を決め込んでいたアルの右手に空気の歪みが生じる。

 染色されたわけでも、固体へと昇華したわけでもない――だというのに、それは目視できるほど圧縮され、彼の手の中でゆっくりと渦巻いていた。


「お役目ご苦労だったな。もうお前に用はない」


 アルが右手を突き出すと、超圧縮された空気の刃がまっすぐレアモンスターへと(はし)りゆく。姉妹の目の前で、キリング・デイの身体はちょうど半分ずつ、右と左に倒れたのだった。


 そして翌日。


「――で、なんで予定より早く村を出たんだ?」


 早朝のうちに村を出た二人は、再び王都を目指して歩き始めていた。

 ほんの数日前までは太陽にはしゃいでいたレインも、今ではもう慣れてしまって見上げもしない。むしろどこか不機嫌そうに、うねった街道で(つまず)かないよう黙々と歩き続けている。


「あんなに仲の良い二人を見てたら、なんかあの家に居づらくなっちゃって……。アル、あんたもそんなことない?」

「ないぞ」

「……でしょうね」


 あの後――キリング・デイを倒した後、姉妹からはもとより、村中の人々からも感謝と礼を何度も頂戴した。アルとレインが旅中の食材を欲していると知っていた露店の店主はありったけの商品を差し出し、それを聞いた村人たちもそれぞれ食材を持ち寄って二人の前に積み上げたものだ。

 だが、それらはすべて断った。自分たちが贈られようとしている食材は、彼らが――村人たちが明日を生きるための(かて)だからだ。


「勿体ないことをしたものだ。あれだけあれば街まではじゅうぶん足りたのに」


 そんなアルのぼやきに、レインは「へえ……?」と足を止める。

 表情こそ笑ってはいるが、その双眸(そうぼう)は氷のように冷たい。


「実はね、アル。私が贈り物を断った理由がもうひとつあるのよ。それは村を早々に出た理由ともかぶるんだけど……、聞く?」

「そうだな。聞かせてもらおう」

「あはは。おっけー、おっけー」


 そして突然、レインは怒り心頭に達したとばかりにアルへと詰め寄った。


「あんたのせいよ! あのレアモンスター作ったの、あんたでしょ!」


 姉妹を、そして村全体を恐怖のどん底に叩き落とした魔物、超レアモンスター、キリング・デイ――あの魔物をあの場に()び出したのは他でもない、魔王アルヴァリオスだった。


「あの姉妹に口で分からせようとしても無理そうだったからな。ならば圧倒的な力で分からせてやろうと考えたんだ。なかなか良い作戦だっただろう」

「だからって、あんなヤバいのを出す必要なかったでしょうが! 一歩間違えれば村が全滅してたのよっ? その事実を知った上でまだ居候(いそうろう)し続けるなんて、あまりにも申し訳なさすぎて絶対できないわよ!」

「そんなものか?」

「そんなものよ!」


 結果としてグニーとターニャは互いの嘘を認め、これからは隠し事をせず生きていくという。グニーの大工仕事を妹に内緒にしていた中年大工たちも、罪滅ぼしのつもりか、今後は姉妹の生活を支援してくれるらしい。


「おい、レイン。あまり怒鳴るとすぐ腹が減るぞ?」

「うっさい! 全部あんたのせいなんだからねっ」


 食材をすべて断ったことを今さら後悔しているのか、目の端に涙を滲ませながらレインが叫ぶ。

 目的地の街までは、あと二週間ほどである。

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