020 希少種03
「おい、レイン。魔物なんてどこにもいないぞ」
「そうみたいね……」
ターニャを村に送り届けたところで再び暇を持て余した二人は、暇潰しも兼ねて村周辺の見回りに出かけていた。
とはいえ人通りのある道沿いである。王国の警備隊がこの辺りまで目を光らせているのか、魔物らしき影はひとつもない。いっそここで昼寝をしてしまっても案外何ともないくらいだ。
「平和なのは良いことだけど、これじゃあ暇潰しにもならないわね」
「そうでもないよ」
レインのぼやきに答えたのは、アルとは別の声だった。
振り返ると、そこには両手を頭の後ろに回したグニーの姿があった。動きやすい軽装に小振りのザック――家を出たときと同じ格好で、二人に笑みを向けている。
「グニーさん。フィールドワークは終わったんですか?」
そのフィールドワークとやらで何をしているのかはよく知らないが、帰宅するにしてはまだ少々早い時間帯ではある。今日はもう見切りを付けたのだろうか。
「休憩がてら、ちょっと戻ってきただけだよ。少し休んだらまた出るさ」
「そうですか。タイミングがズレて良か……、っと」
「ん? 何か言った?」
ターニャと鉢合わせなくて良かった――思わずそう言いそうになって慌てて口を塞ぐレインに、グニーは小首を傾げてみせる。どうやら聞かれてはいないようだ。
「いやあ、無事で良かったって言ったんですよ。あはは……」
「ありがとう。あたしも気を付けてはいるんだけど、やっぱり魔物相手だと怪我をすることも多くてさ。いつもターニャに叱られてるんだよ。『お姉ちゃんはもっと自分を大切にして』って」
「そ、そうなんですかあ……」
まさか叱った本人が今しがた茂みの中にいたなどとは、口が裂けても言えそうにない。ターニャからも口止めされているし、ここは受け流すのが一番だろう。
グニーは後頭部から両手を持ち上げ、大きく伸びをする。
「……そうだ。暇だったら、あたしの仕事を見においでよ」
その口振りは軽い。
魔物の調査だって一歩間違えれば戦闘になることだってあるだろうに――まるでアルとレインの強さになんの疑いも持っていないみたいだ。自分たちが戦っている姿など、彼女に一度も見せたことはないのだが。
「そうですね。それじゃあちょっとだけ見学させてもらいます」
「あいよ! じゃあ休憩おわり!」
ついておいで、とグニーは歩き出す。しかしその先には――
「あれ? グニーさん、そっちは川ですよ」
「いいんだよ、こっちで」
魔物を探すのならば、やつらが身を隠せる森林や茂みに向かうのがセオリーだ。だというのに、彼女が向かったのは、昨夜アルが一晩中レインの下着を――いや、それはこの際置いておいて、ともかく洗濯をしていた川である。
たしかに先ほどの茂みには魔物など一体もいなかったのだが、だからといって川に生息しているとも思いにくい。見つかるのはせいぜい痩せた魚くらいだろう。
「――さあ、着いたよ。ここがあたしの職場さ」
三十分ほど歩いただろうか。そろそろ休憩を提案しようかと思った矢先、グニーの足が止まった。
案の定、そこは川だった。
川幅はおよそ八メートル。底はわりと浅く、対岸まで徒歩で渡り切ることもできそうだ。晴天が続いている影響だとは思うが、おかげで土砂などの混入がほとんどない、澄んだ水が流れている。
しかし――
「え、これって……」
戸惑うレインの視線の先。そこには――
「おう、グニー! 今までどこで油売ってやがった!」
「休憩時間はとっくに終わってんぞ。早く持ち場に戻れっ」
日焼けした筋肉質な中年の男数人が、川の中心に木の杭を打ちつけている。
一人が両手で押さえている巨大な杭を、もう一人がこちらも大きな木槌でもって力任せに打ちつける。川の水が盛大に跳ね、レインたちの足元を濡らしていく。
「ごめん、おっちゃんたち! すぐ行くよっ」
呆気に取られるレインのとなりで、グニーが返す。
「グニーさん、これって……」
「橋をかけているのさ」
「いや、それは分かりますけど。でも……」
魔物研究家のフィールドワークといえば、その名のとおり魔物の研究ではないのだろうか。彼女はなぜこんな大工仕事をしているのだろう。
考えるほどに混乱するレインを見やり、グニーは言った。
「……世の中ね、『本当』だけでは生きていけないんだよ」
「え? それってどういう……」
「仕事が終わったら教えてあげるよ。それまでそこで待っててね!」
レインとアルを残し、グニーは中年男たちの元へと走って行ってしまった。
勢いを殺さずそのまま入水する彼女の背を見送り、レインはさらに困惑する。
「本当だけでは、って……。意味が分からないんですけど」
そのつぶやきは誰の耳にも届くことなく、風と木槌の音に消えてしまった。





