019 希少種02
「アル、どっち?」
「あっちだ」
村を出ると、王国や街に繋がる道が伸びている。道といっても長年の人の往来で踏み固められた程度の、草が生えていないというだけのものだったが、街への方角を知るという意味合いでは無くてはならないものだ。
アルが指したのは、そんな往来から外れた背の高い草木が生い茂る場所だった。
「なんであんな方に行くのよ……」
一口に魔物と言っても、そのすべてが人間を襲うわけではない。中には温厚で、争いを嫌う性質の魔物もいるのだ。
しかし、だからといって友好的かと問われれば、答えは否だ。どれだけ物静かな魔物であっても、人間のほうから姿を現せば身の危険を感じて襲ってくる。言葉が通じないのだから、説得できるはずもない。
魔物が隠れていそうな茂みには不用意に近づかない――それは一般常識として、誰もが親から教えられるものだった。
「アル、いつでも戦闘態勢に入れるように準備しておいて。私は戦えないから」
「分かった」
レインの装備は姉妹の家に置いたままだ。
せめて剣だけでも持って出ていれば――舌打ちするが、今さらな話だ。
「やっぱり素手での戦い方も学んでおけばよかったな……」
「レイン、いたぞ」
茂みを掻き分けて進んでいると、急に視界がひらけた。
その先では――
「きゃっ。お、お二人ともどうしたんですか、こんなところで」
地面に座り込んでウサギと戯れる、探し人の姿があった。
ウサギは驚いて逃げ出してしまい、ターニャはそれを残念そうに見送っている。
「ふう。よかった、無事そうで。……どうしたんですかはこっちのセリフよ。一体ここで何をしていたの? 茂みが危険だってことは、あなただって知ってるはずでしょう」
「うっ……。そ、それは……」
バツが悪そうに、ターニャは俯いてしまった。
まさかさっきのウサギとキャッキャするために危険を冒してまでわざわざやって来たわけではないのだろうが、だとすると彼女の真意がまるで分からない。端から見れば、自ら魔物に食われに来ているようなものだ。
「ちゃんと答えなさい。グニーさんにも報告しないといけないし」
「だ、ダメです!」
腕を組んで見下ろすレインに、しかしターニャは肩をびくりと跳ね上げる。
「ダメです。お姉ちゃんには内緒にしてくださいっ」
「それはあなたの返答次第よ。……アル、周りを警戒しておいてね」
「分かった」
見張りをアルに託し、レインは腰を落とす。ターニャと目の高さを合わせると、彼女は今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。
「さあ、話してちょうだい」
「……私、数年前に大きな病で倒れたことがあったんです」
ゆっくりと、ターニャが胸の内を吐露し始める。
「そのときはもう両親がいなくて。だから私が頼れるのはお姉ちゃんだけだったんです。その日はひどい大雨だったんですが、お姉ちゃんは構わず街まで走ってくれました。医者を呼んでくるか、それが無理なら薬だけでも貰ってくると」
「いいお姉さんじゃない」
「そうですよね。私には勿体ないくらいの、いいお姉ちゃんです」
そんな少女二人の会話が聞こえているのかいないのか――アルは先ほどから目を閉じて棒立ちのままだ。恐らく神経を周囲に向けているのだろう。
「でも、それは徒労に終わったんです。私が倒れた翌日、偶然この村を訪れた旅人が街のお医者様で……。あの家を数日間借りさせることで、その対価としてお薬をくれました。それからというもの、私の病気は次第に回復へと向かったのです」
「そうだったの……」
「二週間とちょっとで、お姉ちゃんは帰ってきました。歩いたら往復ひと月の距離をわずか二週間ですよ。この人は大雨の中どれだけ走ったのだろう。走ってくれたのだろう――そう思うと、涙が止まりませんでした」
グニーのことを少しでも知っているレインだ。その様子は容易に想像できる。
「元気になった私を見て、お姉ちゃんはものすごく喜んでくれました。……でも、その後でひどく悔しそうな顔をしたんです。『ごめんなさい、ターニャ。医者も薬もダメだった』――そう言って、お姉ちゃんは泣きました。どうやら薬を買うお金が不足していたみたいで、門前払いされてしまったようです」
グニーのことだ。門前払いされたとしても、薬を貰えるまではずっと病院の前で土下座でも何でもするつもりだったのだろう。だが残念なことに、あの街の警備隊は甘くない。彼女はきっと早々に追い払われてしまったはずだ。
「私はもう大丈夫だと伝えましたが、お姉ちゃんは頑として聞き入れてくれませんでした。またいつかターニャが倒れてしまうかもしれないから――と大きなお金を欲しがるようになりました。考えた結果が魔物研究家っていうのは実にお姉ちゃんらしいんですけどね」
なるほど。グニーが魔物研究家などと名乗っているのには、姉妹にそんな経緯があったからなのだ。
「だから私は、私のために危険と向い合ってくれているお姉ちゃんのために、彼女が少しでも喜んでくれるよう、こうしてレアモンスターを仕立て上げてお姉ちゃんに報告しているんです。『近辺で希少種の目撃情報があったみたいだよ』って」
ターニャの手元を見ると、染料の入ったちいさなバケツと刷毛があった。彼女はおそらくこの道具を使って小動物や家畜に色を塗り、即席のレアモンスターとして姉に報告していたのだろう。
昨日村の外で出会った例の巨大な馬も、実はたてがみを染料で染めただけの普通の馬だったというわけだ。
「……もしグニーさんが捕獲に成功したときはどうするの? 彼女のことだから、きっとすぐにバレちゃうよ」
「むしろバレてほしいです。お姉ちゃんから先に気づいてほしい。そうすれば私の病気が完治したことも、素直に信じてくれると思いますから」
ターニャを連れて、レインとアルは茂みを抜け出し、村へと戻る。
その様子を、グニーは物陰からじっと見つめていた。





