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魔王さまの後日譚  作者: 桜庭ごがつ
第02章 嘘つき姉妹の研究録
18/150

018 希少種01

「なんか……、妙に綺麗になってたんだけど」


 腰のあたりをさすりながら、レインは半眼で正面のアルを見やる。

 風呂場に乱入してきた彼に罰として衣服の洗濯を命じたのだが――ちいさな汚れひとつない、まるで新品のような仕上がりでもって返されたのだ。

 アルは得意気に胸を張り、


「そうだろう、そうだろう。昨日は徹夜で洗ったからな」

「いや、なんていうか、その……」

「どうした、レイン。口ごもるなんてお前らしくないぞ。はっきり言ってみろ」


 顔を寄せてくるアルに、レインは赤面しながらも答える。


「しっ、下着もめちゃくちゃ綺麗になってたのよっ」

「だから言っただろう。昨日は徹夜で……」

「あんた、女の子のパンツを夜通し洗ってて、何とも思わないのっ?」


 一歩間違えれば――というか、(はた)から見れば十分変態である。

 しかしアルは不思議そうに小首を傾げるばかりで、それのどこがいけないのか、今ひとつ理解しかねている様子だ。レインはこの話題はもういいとばかりに盛大にため息をつき、とりあえず彼の腹に拳を一発叩き込むのだった。


「何をする」

「うっさい。これで水に流してあげるんだから安いもんでしょ」

「川には何も流してないぞ?」

「いいから黙ってなさい!」

「む、分かった」


 あと一週間くらい寝ずに洗い続けられるのだがな、などと物騒なことをつぶやくアルは当然無視する。歩いて四日の距離を、徹夜計算で二日と割り出した彼のことだ。それはきっと誇張ではないのだろう。


「それにしても、いい天気ね」


 太陽はすでに真上まで昇っている。

 自称魔物研究家であるグニーは朝早くからフィールドワークへと出かけ、その妹のターニャは日課だという掃除をしている。二人から何か言われたわけではないのだが、どうにも居心地が悪くなり、アルとレインもこうして家の外へと足を向けたのだった。


「とはいえ、何もすることはないのよね」


 とりあえず数日分の食材を確保できたところで、この村を出る予定である。それまであの姉妹には世話になりっぱなしなので気が引けもするが、その分何かしらの礼はするつもりだ。

 村の露店で一日に購入できる食材はせいぜい二食分。二人だから実質一食分だ。露店に並ぶ品物の量には限度があるため、それ以上買い込むと他の村人たちの迷惑になってしまう。数日分の食材を確保するとなると、まだしばらくはこの村に滞在しなければならなかった。


「まあ今すぐ出発してもいいんだけどね。ただそうなると、またアルの謎の料理を食べる日々が続くことになるし」

「口に合わなかったか?」

「いや、美味しいんだけどさ……」


 出処(でどころ)不明の食材を活かした料理が毎食続くのだ。たしかに味は良いのだけれど、それを作るのが魔族の王となると話は別だ。彼は平気かもしれないが、人間であるレインにとって何らかの悪い病気が発症しないとは言い切れない。


「いいわ、やっぱりもうしばらくはここにいましょう。保存の利く食材ばかりじゃないから、滞在しても精々あと二日ってところだけど」

「そのへんはお前に一任しよう。オレが口を出すと、なぜかお前は怒るからな」


 へそを曲げたわけではないのだろうが、アルはどこか諦めたふうである。

 レインが何か言い返そうとした、そのとき――


「……む?」


 アルの視線がレインの後方へと移る。彼の目に何かが留まったようだ。


「どうしたの?」

「ターニャが家を出たぞ」


 ここから姉妹の家までは随分と離れている。加えてだいぶ奥まった先に位置しているため、立ち並ぶ家に遮蔽されて普通なら発見することなどできるはずがないのだが――


「……透視の魔法とか使えたりするの?」

「これは視界を反射させる魔法だ。タンスの奥や天井裏のホコリを見つけるときにとても重宝する力だな」

「あんたのお掃除講座はまた今度でいいわ……」


 なるほど、アルは家の壁などに視線を反射させて、それを姉妹の家まで届かせているというわけだ。使い方を誤ればいっそ犯罪行為にもなりかねない魔法を、彼は得意気に話して聞かせる。


「……あんたの使う魔法ってほんと、そういうのばかりよね」

「ちなみにお前の言う透視の魔法も使えるぞ。これも掃除で役立つんだ。なんなら今ここで試してやろうか?」

「ちょっとバカ! やめなさいよっ」


 両手で胸を押さえ、レインは声を荒らげた。

 ともあれ、一日中家から出ないとのたまっていたターニャが外出したとなると、少しばかりの興味も湧いてくる。ちょっとした買い物や散歩の類なのかもしれないが、ここに突っ立っていてもどうせ暇なだけだ。


「ちょっと追いかけてみましょうか。食費も渡したいし」

「追いかけるなら早くしたほうがいいぞ。彼女は存外、健脚のようだ」


 どうやら足早に移動しているらしい。


「了解。どっちに行った?」

「こっちだ。……む?」


 レインを誘導するため先を歩き始めたアルだったが、その足はすぐに止まった。

 彼の見つめる先は――


「まずいな。村の外に出ようとしている」


 アルは眉根を寄せる。

 魔物の生態を知り尽くしているグニーならともかく、何も知らないターニャが村を出るとなると危険度は一気に跳ね上がる。この一帯は比較的安全とはいえ、それでもひ弱な少女が一人で立ち向かえるものではないのだ。


「急ぐわよ、アル!」


 アルを押し退けるようにして、村の出口へとレインは駆け出した。

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