015 魔物研究家03
一日中外を駆け回っている姉のグニーに対し、妹のターニャは出不精で物静かな性格をしており、病弱だと言われればたしかに納得してしまう向きはある。しかし本人と接している感じでは、それほど大病というわけでもなさそうだ。
運ばれてきたお茶をすすりつつ、レインはそう結論づけた。
「ねえ、ターニャ。その紙袋って街の病院のやつだよね?」
テーブルの端に寄せられた、手のひらほどの大きさをした紙袋を見やる。
グニーに案内されてここまで来たが、正直それほど話したいようなことはない。魔物研究家という職業にもさほど興味があるわけでもないし、とりあえずお互いに沈黙しない程度の話題として振ってみる。
「ええ。よくご存知ですね」
「まあね。私、あの街の住人だか……」
「なんですとおおおおう!」
レインが言い切るより早く、妙な雄叫びとともに背後の本が爆発した――いや、山と積み上げられた本がグニーによって打ち上げられたのだ。
バラバラと落下する本に頭や肩を幾度も打たれながら、グニーは顔を紅潮させ、興奮しきった様子でレインへと走り寄った。
「レイン! 君、あの街に住んでるのかいっ?」
「え、ええ、まあ……」
「素晴らしい! なんたる幸運! レア幸運!」
レインの手を両手で包み込み、上下に激しく振りながらグニーは言う。
わけが分からず戸惑うレインを横目に見やりながら、アルは我関せずとばかりに一人静かにお茶をすすっている。
「美味いな。ターニャ、これは何という茶だ?」
「えっと、いつも安い茶葉を姉に買ってきてもらっているので、銘柄とかよく知らないんです。ごめんなさい」
「いや、構わんぞ。そうか、街にはこんな美味い茶葉が売っているのか」
「淹れ方にコツがあるんですよ」
「ほう。ではそのコツとやらを教えて……」
「ちょっと、アル! 少しはこっちも気にしなさいよっ」
手を握ったまま踊りだしてしまったグニーに身体を持っていかれつつ、レインが叫ぶ。右へ左へと移動しながら、床に散らばった本を踏んでしまわないよう注意を払っている。
もちろんグニーはまったくお構いなしに踏みまくっているが。
「グニーさん、落ち着いて! 何がそんなに嬉しいんですかっ?」
「レア嬉しいに決まってるじゃん! こんなところで街の住人と出会えるなんて」
上機嫌なグニーはようやく踊りをやめ、レインの手を解放した。
「街の人間しか入れないという魔物研究所! そこを見学させてほしいんだよっ」
魔物研究所――その名のとおり、世界中の魔物の生体を研究する施設だ。
街の中でも王城にほど近い南端に位置しており、犬猫のような愛玩動物から牛や馬のような家畜、数年に一度しか姿を現さないドラゴンの希少種に至るまで、人間以外のあらゆる生物が取り扱われている。
なるほど、魔物研究家であるグニーにとって、まさに夢のような施設である。
子供のように目を輝かせる彼女に、レインは快く答えるのだった。
「無理です」
「ぎゃふん!」
しっかり腰を溜めてから、グニーは後方へと飛んで倒れた。魔物研究家よりも、芸人を目指したほうが案外成功するかもしれない。
「ごめんなさい、グニーさん。あそこは街の住人なら誰でも立ち入れるという場所ではないんですよ。関係者でもない限り、入ることはできないんです」
「むむう、なんてこった!」
それは見る者を絶望させないためか、それとも他の理由からか――そのかわり、街の周辺や世界中で見ることのできる比較的低級な魔物は、研究所が本にまとめて販売している。この家の床を覆い隠している数々の本も、おそらくそれだろう。
両足を胸まで上げ、返す反動で飛び上がったグニーは、レインの説明を聞いてもまだ悔しそうに地団駄を踏んでいる。
「ねえ、グニーさん。なんでそこまで研究所にこだわるんですか?」
「おおっ! 聞いてくれるかい、レイン!」
「ま、まあ聞くだけですけど……」
するとグニーは腕を組み、どこか遠くを見つめながら語り始めた。
「あたしは今まで、この村の周辺に生息している魔物をずっと観察してきたんだ。雨の日しか現れない魔物も、夜中や明け方にしか現れない魔物も、あたしはずっと見続けてきた。でもね、結果として、そいつらの中に希少種と呼べる魔物は一体もいなかったんだよ」
「そうですね。この一帯は比較的安全だと思います」
「それじゃあ駄目なのさ。レアモンスターを捕まえないと、研究所に売ってお金にできないじゃん」
「まあたしかに……、って、え?」
「あたしにはお金が必要なんだよ」
レインへと熱い視線を移し、グニーははっきりと断言する。彼女の言葉に今度はターニャの肩がぴくりと上がった。
「お姉ちゃん、私は――」
「あたしは大金を手に入れて、ターニャに楽な生活をさせてやりたいんだ」
妹にお金で不自由させたくない――グニーが魔物研究家などというマイナーかつ危険な仕事を選んだのは、その一心からだろう。互いの生活習慣がかけ離れているとはいえ、二人は姉妹なのだ。
「レアモンスターの生態――つまりは生息地や弱点、対峙したときの注意点だね。研究所でそれを調べることができれば、あたし一人でも捕獲できるかもしれない。レア大金が手に入るかもしれないんだよ」
グニーと出会ったとき、アルは『ただならぬ殺気を感じる』と言っていた。その正体はきっと、奇跡的にレアモンスターと遭遇したグニーが、無意識に発したものだったのだろう。
そこでふと、レインは思い出す。
あのときグニーが追いかけていた、紫色のたてがみを持つ巨大な馬。そんな魔物の存在を、彼女は一度も聞いたことがない。新種の魔物だったのだろうか。
「だからあたしはレアモンスターを探し続けるのさっ」
高らかに宣言するグニーに、しかしターニャは悲しげに視線を逸らすのだった。





