014 魔物研究家02
魔物研究家を自称する女、グニーに案内されてやってきたのは、人口百人ほどのちいさな農村だった。大きさ的にはイボンと大差ないように思えるが、こちらには陽の光が満ちている。たったそれだけのことで、こんなに違って見えるなんて。
やはり太陽は偉大ね――レインはひとり頷く。
『おい、レイン。なんで彼女についてきたんだ?』
不意に、耳元でアルの声が聞こえる。
『急ぐ旅ではないが、だからといってわざわざ寄り道をする理由もないだろう』
そういえば、風を自在に操って自分の声を遠くに飛ばす魔法があると聞いたことがある。きっとこれがそうなのだろう。数歩先を行く彼の背中を眺めつつ、レインはグニーに悟られないよう、小声で答えた。
「そろそろ食料が尽きそうだったのよ。ここで補充しましょう」
「…………」
「ちょっと、アル。聞いてんのっ?」
アルの背を小突くと、彼は首だけ振り返って、
「ん? ああ、すまん。この魔法は一方通行なんだ」
「じゃあ意味ないじゃない!」
自分の声を一方的に相手に送るだけの魔法。これでは意思の疎通などできるわけがない。ノリノリで小声で答えていた自分が恥ずかしい。レインはつい声を荒らげてしまう。
「どうしたの? こっちだよー」
「あ、はい! いま行きますっ」
不思議そうにこちらを見やるグニーの後を、レインは慌てて追うのだった。
「着いたわ。ここがあたしの家よ」
密集した簡素な住宅を縫うように歩き、やがてグニーが足を止めたのは、その中でもかなり奥まった区域だった。こじんまりとした木造のそれは周りに輪をかけて造りが甘く、まるで素人がでたらめに木の板を打ち付けただけのようにも見える。
しかしこの家の住人がこんなに胸を張って案内してくれたのだから、間違ってもそんなことは言えなかった。
「風で飛びそうな家だな」
否。アルは言った。
その瞬間、レインの肘鉄が脇腹にヒットするが、彼にはまったく効いていない。
「ご、ごめんなさい! こいつ、世間知らずなもので……」
「おい、レイン。オレが世間を知らないのと、この家のボロさは関係ないだろう」
「いいからあんたは黙ってて!」
何度も深々と頭を下げるレインに、グニーは笑って返す。
「あはは。いいよいいよ。見よう見まねであたし一人で建てた家だからさ、不格好なのは誰よりも知ってるよ」
「ふむ、殊勝な心掛けだな」
「だから何であんたはそんなに偉そうなのよっ!」
アルの頭をレインがはたいたところで、軋んだ音を立てて家の扉が開いた。
中からひょっこりと顔を出したのは、グニーより少し年下の――つまりはレインと同年くらいの少女だった。顔つきはグニーに似ているものの、あまり外出しないのか、色素の薄い肌をしている。
「お姉ちゃん、おかえり。……お客さん?」
「おおっ、愛しのターニャ! ただいま帰ったよっ。そうそう、今日はお客さんを連れてきたんだ」
姉に手招きされて姿を現した少女は、礼儀正しくお辞儀をする。
「こんにちは。私はターニャ。グニーの妹です」
「あ、こんにちは。私はレイン。こっちはアルよ。よろしくね、ターニャ」
「はい、よろしくお願いします。中へどうぞ、レインさん、アルさん」
ターニャに促されて家の中に入ると、そこはひどく散らかった、まるでゴミ屋敷のような有り様だった。床には魔物に関する書物がいくつも乱雑に積み上げられ、ちいさな地震でもくれば一気に崩れ落ちてしまいそうだ。パンの欠片が散見されることから、恐らくここで――玄関先で本に目を通しながら食事しているのだろう。
慣れた様子で本をまたいで奥へと消えていくターニャを追って、レインとアルも雪崩を起こさないよう慎重に足を運ぶのだった。
「いやあ、ごめんねえ。ちょっと散らかっててさ。おっと……、あらら……」
レインの後ろで盛大に本をなぎ倒すグニーは一旦見ないことにする。
本の山を抜けると、急に視界がひらける。掃除の行き届いた空間だ。
「姉はよく外出するので、出入りしやすいように玄関側の部屋なんです。逆に私はほとんど家にいるので、奥の部屋でも生活には問題ありません」
「なるほど、あの大量の本はグニーの部屋から溢れたものだったのね……」
玄関がどれだけ塞がれようと、外出しないターニャには関係ないのだろう。
散らばった本を積み直してはまた崩れてを繰り返しているグニーを呆れたように眺め、レインは納得する。
「座って待っててください。いまお茶を淹れますね」
部屋と反対の奥へと消えるターニャの背を見送り、改めて周囲を見回す。
目の前にはちいさなテーブルと椅子が二脚。彼女たち姉妹は、普段ここで団らんしているのだろう。
座っているよう言われたが、自分とアルが椅子を使ってしまうとターニャの席がなくなってしまう。まあ、アルは立たせておけばいいか――そう思うレインの視界に、ふと色褪せた紙袋が入り込む。
テーブルにぽつんと置かれたその紙袋を、レインはよく知っていた。
「これ……、街の病院の袋だ」
剣の稽古で生傷の絶えないレインが足繁く通っていた、街の病院。
ターニャも武術の特訓をしているのだろうか――いや、それはないだろう。
ともすれば――
「病気……、なのかなあ」
頭を掻き、レインは一人ごちるのだった。





