012 怪物06
結論から言うと、村は恐慌状態に陥った。
恐怖の象徴である魔王アルヴァリオスが目の前に現れたのだから、それは無理もないだろう。
ただ、そのパニックを収めたのもまた魔王だった。村人はもちろん、オーギュスやヒルダ、グタ――そしてなぜかレインまでも巻き込んで、一瞬にして全員の動きを封じたのだ。さすがに今回は呼吸まで奪ったりはしなかったが、それでも人々は激しい恐怖に打ち震え、全員が泣き叫んで疲れ果てるまで――逃げ回る気力が完全に失せるまで、その状態は続いたのだった。
「なんで私まで止められなきゃいけないのよ」
腕を組んで頬を膨らませるレインだが、そんな彼女の文句などアルはどこ吹く風で、村人たちから振る舞われた焼き魚を顔色ひとつ変えることなく黙々と頬張っている。
時折感心したように唸っているが、はたして人間好みの味付けが彼の口に合っているのかは判然としない。同じ人間であるレインでさえ、若干薄味なように感じるくらいだ。ひょっとしたら塩が手に入りにくいのかもしれない。
「いやあ、アルさん。冗談がキツいですよお」
「そうですよう。オーギュスの言うとおりですう」
絶対的な力の差を見せつけられ、完全に戦意を消失したオーギュスとヒルダは、今度はアルに上手く取り入ろうと躍起になっている。アルのジョッキが空になれば酒を注ぎ、料理が少なくなれば率先して調理場に催促の声をかけるのだった。
「まさか本当にレインシーと同行してるなんて、俺らには分からなかったんです。いきなり襲い掛かっちゃったことは謝罪しますけど、アルさんだって、あそこまで俺らをこてんぱんにしなくてもよかったんじゃないですかねえ。いやいや、責めてるわけじゃないですよ? なんていうか、アルさんの比類なき強さにめっちゃ感激しちゃった、みたいな」
「そうそう。オーギュスの言うとおりなんですよう」
二人のこんな情けない姿を国王が見たらどう思うのだろう――必死に胡麻を摺る彼らを横目に見やり、レインは大きくため息をこぼす。
「おう、となりに座ってもいいか?」
レインにそう声をかけるのは斧使いグタ。返事を待たず、勝手に椅子を引いて腰を下ろすと、まじまじと彼女を眺め始めた。酒で赤くなった顔をまっすぐレインに向け、興味深そうに視線をよこしている。
「何よ。なんか変なことでも考えてるんじゃないでしょうね」
「……変なことを考えているのはお前だよ、レインシー」
両腕を胸の前で交差させるレインに、グタは言う。
「魔王を国に連れ帰るってのは本気なのか?」
「ええ、本気よ」
「じゃあ、やつを人間として迎え入れるってのも……」
「もちろん本気」
その意志に迷いはない。
エンダナの件もすでに彼らに話してはいるが、目の前に魔王がいる現状で、その危険性を今すぐ理解しろというのも酷な話である。エンダナのことはひとまずさておいて、まずレインはアルの無害性を説くことにしたのだった。
「国を上げて大々的に送り出された私たちが帰ってきたとなると、国中が大騒ぎになるわよね。だから私たちはこっそり戻るってことがまずできないの」
「まあ、そうだわな」
「私だけ先に戻ってから、後でアルに一人で国に入ってもらうという手も考えた。でもあそこは出入国時の検査が厳しいから、彼だけで入国するのは難しいと思うのよね。それならもう一緒に帰って、王様に正直に話してしまったほうがいいような気がするの」
「ふうむ、なるほどなあ」
ひげをさすり、グタは唸る。今ひとつ腑に落ちていない様子だ。
「止めようとしても無駄だからね」
「別に止めやしないさ。だけどな、正直に話したところで、はいそうですかと納得してくれるとはどうにも思えないんだよ、俺は」
「そ、それはそうだけど……。でも、これしか方法はないんじゃない?」
そう問うレインに、グタはようやく口の端を上げる。
我に策あり――筋肉ダルマでありながら頭も切れる斧使いの男は、少女の視線をまっすぐ受け止める。
「倒したことにしちまうんだよ、魔王を」
「は? だってそれじゃあ入国時の検査が……」
「どこからか魔王に攫われてきた男ってことにしておけばいいだろう。それをお前が助けたんだ。行くあてのない彼をお前が自分の国に連れ帰った――そういうことにしておけば、誰も不審には思わないさ」
「な、なるほど……。でも……」
なおも反論しようと腰を浮かせるレインに――
「いいんじゃないか? オレは一向に構わんぞ」
いつの間に現れたのか、グタの背後からアルがそう返す。
ついでにその後ろには、オーギュスとヒルダも腰をかがめて控えていた。
「アル、聞いてたのっ?」
「聞こえてきたんだ。内緒話ならもっとちいさな声でするべきだったな」
レインのとなり――グタと反対の席に座り、アルは言う。
「その男の言うことは正しいぞ。もしもオレが正体を名乗れば、もちろんエンダナにもそれは伝わるだろう。あいつはオレを取り戻そうと、きっと軍団を率いて攻めてくるぞ。国が混乱しているときに魔物の襲撃を受けたらどうなるか――レイン、お前に分からないはずがあるまい」
「アル……、あんたは本当にそれでいいの?」
不安がるレインに、アルはジョッキを高く掲げてみせる。
まるで何かを祝うように。
「ああ、いいぞ。つまりここからは――オレの後日譚というわけだな」
自分はずっと全員に嘘をつき続けていられるのだろうか。
レインの受難はまだこれからも――いや、今まさに始まったのだった。
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