111 教訓02
「あ、あの、レインシーさん。他の冒険者さんたちの迷惑になるので、まだこの子とお話があるんでしたら、できればギルドの外でお願いしたいんですが……」
申し訳なさそうにジュディ。
先ほど彼女が少年とやり合っていたのは、あくまで職務の範疇だからだ。レインと少年との間での話であれば、せめて受付の前からは離れた方がいいだろう。
「わ、分かってるわよ。まあ私だって、こんな子供を相手に本気でムキになったりしないしね。私は大人だしね」
「本性が透けて見えるぞ、おっぱいなし姉ちゃん」
「うっさいわね! 話してる時に横から入ってくるんじゃないわよっ」
大人のレインは本気でムキになって少年に怒鳴る。後ろから見ているシスタノは恥ずかしそうに俯き、ディモルは相変わらず楽しそうにその様子を微笑んで眺めている。いつもどおりの賑やかな空気だった。
しかしアルはその中で一人だけ、どこかそわそわとして落ち着きがない。レインと少年のやり取りを、早く終われとばかりに何度もまばたきをしながら見ている。まあその理由はなんとなく察しがつくのだが。
「おい、レイン。そんな子供は放っておけ。早くクエストを受注して出発するぞ。報酬が入らないことには満足に食材探訪も出来やしない」
いま彼の頭の中はそればかりだ。自分の希望をシスタノに拒否されたのがよほど堪えたのだろう。
アルの後押しもあって、レインはようやく気持ちを切り替える。
確かに彼の言うとおり、こういう子供は下手に相手をせず、放っておくのが一番だ。ジュディには悪いが、少年の相手はやはり彼女にしてもらった方がいい。彼の望みは冒険者になることなのだから、だったらその登録を受け持っているジュディに任せるのがそもそもの筋というものだろう。
「……ジュディ。いま何かお勧めのクエストってあるかしら? できれば魔物退治で成功報酬の多いものがいいんだけど」
「へ? あ、はい。ちょっと探してみます」
人間界上位のレインと魔王二人が在籍するこのパーティにとって、魔物の強弱は瑣末な問題だ。どんなレアモンスターが現れようと簡単に撃退できる自信がある。そのため彼女たちが重要視しているのはクエスト成功時の報酬額だった。
逆に苦手としているのは人探しやアイテム採集などの、時間がかかる割に報酬の少ないクエストだ。特に今の彼女たちの所持金では、クエスト半ばにして財布が底を尽くだろう。そうなっては普通に生活することすら危うくなってしまう。
「えっと、こういうのはどうでしょう?」
カウンターの下からジュディが取り出したのは、一枚のクエスト案内だった。
「うーん、ゴブリンキングの討伐かあ……」
依頼内容に難色を示すレイン。ゴブリンキングはその名のとおり、ゴブリンの長たる魔物である。確かに普通の冒険者であればこれで納得するのだろうが、レインたちにとっては大した旨味もない小物である。成功報酬額も数日分の生活費でしかないため、数日後には次のクエストを受ける必要が出てくる。
レインは苦笑まじりにジュディを見やる。
「もっと強い魔物のクエストはない? どれだけ強くても大丈夫なんだけど」
「すみません。以前レインシーさんたちが魔物の集団を一掃してくれて以来、街の周りには魔物が寄り付かなくなったんです。なのでいま提供できるクエストでは、これが精一杯なんです」
「な、なるほどね……」
自分たちが――というか魔王二人が、街を襲撃し続けていた魔物の集団を綺麗に片付けてしまったため、魔物の数が極端に減少したということらしい。あのときはそうせざるを得ない状況だったから後悔はないが、まさかこんな所でそれが悪い方に影響するなんて考えもしなかった。
こうなっては、数日ごとにクエストをこなし、日銭を稼ぐしか術はない。
「おい、おっぱいなし姉ちゃん! 無視するんじゃねえよっ」
「悪いけど黙っててくれないかしら。いま結構まじめに悩んでるんだから」
肩の辺りで騒ぐ少年にそう答えはしたものの、悩むまでもなく結論は出ている。そういうクエストしかないのであれば、それを繰り返すしか手はないのだ。
「なんで無視するんだよ!」
「痛っ」
不意に脇の下を殴られ、レインは思わず声を上げた。まだ十歳ほどの子供だが、存外力はあるようだ。
レインに一矢報いて溜飲が下がったのか、少年は満足気に鼻を鳴らす。
「ざまあみろ。俺を怒らせた罰だ」
「あんたねえ……」
「俺はなんとしても冒険者にならなきゃいけないんだ。邪魔をするんじゃねえ」
「何よ、冒険者にならなきゃいけない理由って」
すると少年は真剣な眼差しでもってレインに答える。
「俺は母ちゃんに楽をさせてやりたいんだ」
「……えっ?」
その言葉に反応したのはレインではなく、後ろに控えていたシスタノだった。
無理もない。彼女も少年と同じような理由でこうして冒険者になったのだから。
「俺は冒険者になっていっぱい魔物を倒す。クエストをこなしてお金を稼ぐんだ。ついでに今より強くなれば、母ちゃんを守れる力も手に入るしな」
「……そうですか」
急に俯いて何やら思考し始めたシスタノ。彼女には何かしら思うところがあるのだろう。
そんな静かな雰囲気をぶち壊したのは珍しくアルだった。彼はジュディが先ほど提案したクエスト案内を熟読し、何かに気付いた様子で全員に振り返る。
「おい、見ろ。このクエストに表記されている場所を」
「ええっと……。ガキサン地方?」
「そうだ。牛肉の聖地、ガキサン地方だぞ」
そういえば以前、アルがガキサン地方の牛肉について熱く語っていたような記憶がある。ジュマ……何とかとあと二種類、有名な牛がいるとかいないとか。
「このクエストに決めよう。ゴブリンキングの討伐に成功すれば現地住民からお礼に肉を貰えるかもしれんからな」
どうやら次のクエストはアルの一存で決定したようだった。





