110 教訓01
「早急にクエストを受ける必要があります」
開口一番、シスタノはそう言った。
朝の稽古が終わり、食事を済ませたその場での言葉だった。
部屋を借りている宿屋の一階は食堂になっており、毎日この時間は何組かの宿泊客たちで賑わっている。特に美味というわけではないが、わざわざ朝から外出してまでグルメを楽しもうという客以外は全員ここで軽食を済ませている。
「待て、シスタノ。それより先にやるべきことがあるだろう」
彼女の提案に難色を示すのはアルだ。
運びやすいように食器を重ねているレインとディモルを尻目に、彼はいつになく熱のこもった口調でもってシスタノに訴えかける。
「アルさん。先にやるべきこととは?」
「もちろん食材探訪だ。いいか、まずはガキサン地方で有名な……」
「却下です」
アルの熱弁は最後まで聞いてもらえなかった。
しかし彼はもともと優秀な食材を求めてここガローゼオを訪れた節がある。引き下がるのはまだ尚早とばかりにシスタノの説得を試みる。
「聞いてくれ、シスタノ。ガローゼオには素晴らしい食材を育む最高の環境条件が整っている。低い丘陵が続くズミ地方。もっと高い所にはロップ地方。そして海に面したガキサン地方だ。潮風に引き締められて育ったガキサン地方の牛は大変美味だと聞くぞ。まずはここへ……」
「却下です」
シスタノの眼光に負け、アルは思わず一歩下がるのだった。
「……おい、レイン。なんだか最近、シスタノがお前に似てきた気がするぞ」
「どこを指して言ってんのよ……」
嘆息するレインだったが、このところ立て続けにいろいろあったため、もう少し休みたいという気持ちは彼女も一緒だった。アルの言う食材探訪なら気晴らしにもなるため、どちらかと言えばそちらに付き合いたい。
レインはアルからバトンを受け取り、シスタノの説得に乗り出す。
「ねえ、シスタノ。あなたもまだ本調子じゃないみたいだし、もうしばらくはアルの希望を聞いてあげてもいいんじゃないかしら」
「……誰かさんのおかげでお金がないんですよ」
「よし、さっそくクエストを受けましょう! アル、ギルドに行くわよっ」
そこを突かれると何も反論できないレインは、アルの背中を力一杯押して逃げるようにシスタノから逃走するのだった。
ガローゼオを襲う魔物を退治し、国王から多くの報奨金を賜ったまではよかったが、地下賭博で監禁されていた少女たちにそれをほとんど分け与え、残った僅かな金も、生活に必要ないお洒落な衣服を何着も購入して溶かしてしまった。
思い返してみれば、そりゃあ金が尽きるのも当然だろう。パーティの金の管理をしているシスタノが怒るのも無理からぬ話だった。
「あの調子だと、大きなクエストをこなしてそこそこのお金を稼ぐまで、シスタノの機嫌が治ることはなさそうね……」
それぞれ部屋に戻ったレインとアルは簡単に支度を済ませ、再び階下に集まる。
頬を膨らませて腕組みをするシスタノと、その様子を楽しげに眺めるディモルが合流し、四人は冒険者ギルドへと向かうのだった。
久し振りの――というよりこの街に初めて訪れた日以来まったくご無沙汰だった大きな建物に足を踏み入れると、奥から甲高い声が響いてきた。
そちらを見やると、受付カウンターに身を乗り出している少年の姿。騒いでいるのはどうやら彼のようだ。受付嬢――ジュディは困惑している様子である。
「だからね、ボクちゃん。何度も言ってるけど冒険者っていうのはとっても危険なお仕事なのよ。キミのような小さい子が簡単になれるものじゃないの」
「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃないか! いいから俺を冒険者にしてくれよっ」
会話を聞く限りでは、冒険者になりたがっている少年を何とか諦めさせようと、ジュディが必死に説得しているという感じだろうか。ジュディの表情には、初対面時にレインに向けたような、どこか人を見下している雰囲気はない。もしかするとこの少年にも当初はそんな態度で対応していたのかもしれないが、今の彼女の顔に浮かんでいるのはただただ疲労の色だけだった。
他の冒険者たちはというと、少年と受付嬢のやり取りを遠巻きに眺めて苦笑しているばかりだ。間に入ろうという物好きは一人もいないらしい。
「しょうがないわね……」
ひとつ息を吐き、レインは受付カウンターへと歩を進める。
「ねえ、キミ。そこのお姉さんの言うとおりよ。キミに冒険者はまだ早すぎるわ」
レインの助け舟に、二人が顔を向ける。
ジュディは安堵の表情を浮かべ、少年は怒ったようにレインを睨んでいる。
「レ、レインシーさん……!」
「なんだよ、お前。邪魔するんじゃねえよ」
「ジュディの仕事の邪魔をしてるのはキミでしょう?」
腰に手を当てて見下ろすレインに、少年は「ふん」とそっぽを向く。態度の悪い彼ではあるが、それでも明らかに自分より歳下だ。レインはそれを受け流し、大人の対応でもって、
「冒険者になるのはもう少し大きくなってからでも遅くないん……」
「ああ、嫌だ嫌だ。おっぱいが小さいと心も小さくなるんだな」
「な、なな、なんですってえっ?」
――大人の対応は唐突に終了した。
「あんたねえ! 言っていいことと悪いことの区別もつかないのっ?」
「ほうら、さっそく怒った。おっぱいが足りてない証拠だな」
「胸は関係ないでしょうが、このガキんちょ!」
ジュディとやり合っていた時の倍以上の喧騒が、ギルド内に響き渡るのだった。





