108 いと02
『それではさっそく女性の部、いってみましょうか! エントリーナンバー一番、ペペン・ワイヤーさんです。どうぞ!』
審査員の紹介が終わり、大会はついに幕を開けた。名前を呼ばれた少女が舞台袖から飛び出していく。会場からは男たちの野太い歓声が上がっている。
レインたちは十三番だから出番はまだもう少し先だ。服に散ったパンくずを手で叩き、レインとディモルは立ち上がる。とりあえず着替えて準備だけは完了させておくつもりだ。
カーテン内を見回せば、参加者たちはすでに着替えて待機している。まだ普段着のままでいるのはどうやら自分たちだけのようだった。
「シスタノ、ディモル。そろそろ着替えましょうか」
「お二人でどうぞ」
しかしシスタノはいつの間にか準備を終わらせていた。大会用に服屋で見立ててもらった、ちょっぴり大人びたデザインの上下をすでに着込んでいる。
「あれ? いつ着替えたの?」
「レインさんたちがサンドイッチを美味しそうに頬張っている時ですよ」
シスタノが皮肉交じりにそう返すと、レインは舌を出してみせる他になかった。
大会の舞台裏にカーテンで区切られた、参加者たちの待機するスペースがあり、さらにその奥に更衣室として使う簡易小屋が建てられている。レインはディモルを連れて小屋へと歩いていたが、視界の端に動くものを見つけた。ほんの一瞬だったが、それは人影のように思えた。
「……まさか覗き?」
過去に何度も――まあそのほとんどはアルだったが、覗かれた経験を持つレインならではの勘だった。覗き犯に気付かれないよう、レインとディモルは小屋の陰にすばやく身を滑らせ、顔だけ出して奥の様子をうかがう。
そこにいたのは――
「あれ? えっと……、キャサン、さん?」
「うわひゃあっ!」
間の抜けた声を上げたのは、間違いなくユージーナの付き人、キャサンだった。
二十代後半ほどで、ユージーナより二、三年上に見える。赤茶けたショートの髪に白と黒のメイド服を纏っている。正面から顔を合わせて初めて気付いたが、色白で綺麗な顔立ちをしていた。
レインたちに悟られないよう後ろ手に回していたが、キャサンの手には大きな鞄が握られていた。まるでこれから旅行にでも行くような。
「こんな所で何をやってるんですか? もうすぐユージーナの出番でしょう」
ユージーナの番号はレインたちよりいくつか前だったはずだ。
そんなレインの問いに、キャサンは慌てた様子でわたわたと顔の前で手を振り、
「べ、別に怪しいことなどしていませんよっ? ええ、本当ですとも!」
「…………」
めちゃくちゃ怪しかった。
「その鞄、どうしたんですか? ユージーナの手荷物にしてはちょっと大きすぎるような気がするんですけど」
「あははは。あはは……。はあ……」
乾いた笑い声を上げていたキャサンは、やがて観念したようにため息をついた。
鞄を下ろし、座り込んでレインとディモルを見上げる。
「……私、お屋敷を出ようと思ってるんです。毎日お嬢様に怒鳴られるのが本当に辛くて辛くて。もうこれ以上は無理かなって」
「ああ、なるほど……」
ユージーナのキャサンに対する態度は確かにひどかった。昨日服屋でその一部を覗き見ただけだったが、それだけでキャサンの心労を汲むには十分だった。
それゆえに、レインも屋敷を去ろうとする彼女を責めることはできない。
「でも、ただ付き人を辞めるだけじゃあ逃げるのと変わらない――だから私は決心したのです。最後にお嬢様に一泡吹かせてやろうと」
「……はい?」
「このまま勝ち逃げされるなんて悔しいじゃないですか! だから最後にお嬢様を思い切り泣かせてやろうと。そしてそれを見届けてからこの街を去ろうと思うのでございます」
「いや、それはどうだろう……」
口を引きつらせるレインの横で、ディモルは楽しそうに「うふふ」と笑う。
「いいじゃない。あたしは賛成よ」
「ちょっと! 何言ってんのよ、あんたはっ」
「やられたままじゃ悔しいものねえ。こういういがみ合いは、どれだけやられても最後の最後に笑った者が勝ちなのよ」
頬に手を当てて微笑むディモルに、キャサンも何度も頷いている。
「お嬢様からしてみれば、今までずっと格下に見ていた付き人にやり返されちゃうんだからプライドも傷つくはずよねえ。しかももう一度やり返そうにも相手はすでに姿を消している、と。うふふ。発狂しちゃうかもしれないわねえ」
「それ、笑って言うセリフじゃないからね……」
はたしてこのまま見逃していいのだろうか――肩を落としながらレインは思う。
確かにユージーナとはウマが合わないけれど、だからといって彼女が恥をさらすような事態を――と、そこで気付く。
「そういえば、一泡吹かせるってどうやるんですか?」
「ふふふ。よくぞ聞いてくださいました」
キャサンは暗い笑みを浮かべながらレインを見やる。
「実は今日のドレスに仕掛けをしてあるんです。お嬢様が両手を上げると脇の糸が切れ、そこから連鎖して主要な糸がすべて外れます。つまりこの大観衆の目の前でドレスが落ち、お嬢様は痴態を晒すことになるのですよ!」
「な、なんですって?」
そしてその時――
『それでは次の方をお呼びしましょう! エントリーナンバー九番、ユージーナ・ドストキンさん。よろしくお願いしますっ』
タイミング悪く、ユージーナの出番が回ってきたのだった。





