105 たかびー03
「よく聞きなさい、キャサン。あなたはいつもそうなのよ。肝心な所でミスをして恥をかくのは決まってアタシじゃない。本当にいい迷惑だわ」
「申し訳ございません。ユージーナお嬢様」
ユージーナと呼ばれる女は二十代半ばくらいだろうか。自分より二、三歳は上であろう付き人――キャサンに激しく詰め寄っている。キャサンは平身低頭謝罪するばかりで、ユージーナに反論しようという素振りすらない。
「ねえ、アル。あの縦ロールの言ってた糸のほつれって本当にあるの? ここからじゃ見えないんだけど」
目を凝らしながら、レインが隣りのアルにそっと囁く。
ユージーナとの距離はハンガーラックを隔てて十歩ほどである。この近さで見えないということは、大会でそのまま舞台に上がってもほつれを見付けられる観客は一人もいないのではないだろうか。
アルはユージーナの手にしたドレスをちらりと一瞥し、「あるぞ」と答えた。
「とはいえ些細なものだ。小指の爪ほどの長さもないだろうな」
「ふうん。気になる人は気になっちゃうものなのかしらね」
するとこちらの視線に気付いたのか、ユージーナが振り返る。
「ちょっと、そこの者たち。今こちらを見て笑っていたわね?」
殺気をも含ませる眼力に、思わずレインは「ふえ?」と間の抜けた声を上げた。それから周囲をキョロキョロと見回し、そこに自分たちしかいないことを確認した上で自分を指さす。
「……え、私?」
「そうよ。あなたたち以外に誰がいると言うの? そこの貧乏臭いあなたよっ」
ユージーナの後ろでキャサンは申し訳なさそうに何度も頭を下げている。こんなことはきっと日常茶飯事なのだろう。
裕福な家庭なのであろうユージーナ。見惚れてしまうほどの美貌に、品位を象徴する金髪縦ロール。すらりとした身体つきに長い手足。そんな彼女がレインを睨みつけている。レインとしては突然のことに戸惑うばかりだ。
ユージーナはディモルが手にしたパステルカラーの子供服を見やり、鼻で笑う。
「なあに、そのダサい服は。ひょっとしてあなたたちも大会に出るのかしら?」
「うふふ。そうなのよう。この子供服、しーちゃんに似合うと思わない?」
「ちょっと、ディモルさん! わたし、これでも十四なんですけどっ」
ディモルが会話に参加するとどうしても話が脱線してしまう。レインはこほんとひとつ咳払いして、正面からユージーナを見やった。
「私たちも参加するわよ。それが何か?」
「キャハハ。寝言は寝て言いなさいな。あなたたちが出ても無意味よっ」
「……どういう意味よ」
「恥をかくだけだからやめときなさいって忠告してあげてるのよ。優勝はアタシに決まってるんだからねっ」
その言葉に、レインの中で何かが切れる音がした。
「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない!」
「あらやだ。平民風情がアタシに気安く話しかけないでくださる?」
「あんたからちょっかい出してきたんじゃないのよ!」
レインとユージーナが一触即発の険悪なムードに突入すると、それまで頭を下げ続けていたキャサンが慌てて二人の間に割って入ってきた。レインの横にはアルが歩み寄る。
「お、お嬢様。落ち着いてください。ドレスは私が仕立て直しますからっ」
「うるさいわね! 今はそういう話じゃないのよっ」
「おい、レイン。この服はどうだ? 実に動きやすそうだぞ」
「うっさいわね! 空気を読みなさいよっ。てかそれ、格闘家用の武闘服!」
手を出せばほんの一瞬でレインが圧倒するだろう。しかしそれをしないあたり、彼女がまだギリギリの所で理性の管理下にあることが窺える。
そしてこの場を収めたのはディモルの一言だった。
「あらあら。勝敗は大会の審査員が決めるんじゃないかしら?」
大会に参加するもしないも自由。そしてその勝敗を決めるのは参加者ではなく、もちろん審査員である。ここで参加者同士がいがみ合っても意味がない。
「……ふん。まあいいわ。あなたたちなんか予選落ちが関の山よ」
「お嬢様。大会に予選はございません」
「あなたは黙ってなさい、キャサン!」
「も、申し訳ございません」
そんな捨て台詞と共に、ユージーナとキャサンは店を出ていった。
彼女たちを鼻息荒く見送ったレインは、なぜかアルの脇腹に拳を叩き込む。
「何をする」
「うっさいわね! なんか腹立つのよ、あいつ!」
「それは分かったから質問に答えろ」
「ああもうっ! 腹立つ腹立つ腹立つっ」
アルの脇腹を抉るように何度も渾身のフックを繰り返すレインを眺め、ディモルは楽しそうに微笑んでいる。
「あらあら。れーちゃんったらすごく元気ねえ。これなら優勝間違いなしよ」
「そういう判定基準じゃないでしょうが!」
「あら、そうだったかしら。しーちゃんはどう思う?」
突然話を振られたシスタノは、しかしディモルの問いには反応せず、
「……ディモルさん。とりあえずその子供服を戻してきてください」
まだ手にしたままの可愛らしい子供服を、げんなりした様子で眺めるのだった。





