101 返報02
故意にレインを真似たわけではない――しかしシスタノの軌道はまさにレインのそれだった。右へステップ。相手も向かって右に寄る。左に修正と見せかけて再び右へ。相手は左へ修正した足が踏ん張れず、結果、右がガラ空きになる。
シスタノはそのスペースに身体を潜り込ませ、左に寝かせた刃でもって男の手首を強打した。
「ぐあっ」
簡単なフェイントではあるが、速度が乗っているほど決まりやすい。いまだ貧血が完治していないシスタノは多少足取りがもたつきもしたが、腹の出た黒服の男は見事に引っ掛かった。赤く腫れた手を押さえながらその場にうずくまる。
その首元に刃が突きつけられ、男は慌てて両手を上げた。
「……訊きたいことがあります。ここに囚われている女性たちは人身売買のためにそうされているんでしょうか?」
「は、はい。そのとおりです……」
威勢の良かった男だが、シスタノが自分より強いと知った途端、今度は薄ら笑いを浮かべて見上げる。彼女に媚を売ろうとしているのだろうか。
「檻に入っているのは、カジノで負けた富裕層が金の代わりに置いていった召使いたちです。彼女たちは首から提げた番号で管理され、順に商談の場へと――」
「……もういいです。それ以上は聞きたくありません」
詳細に語ろうとする男を制し、シスタノは彼の後頭部に思い切り蹴りを見舞う。極度の緊張状態にあった男はその一撃で呆気なく気を失った。そして――
「アルさん、彼女たちを檻から出しましょう。もちろん目は閉じたままで」
「無茶を言うなと言ってるだろう……」
アルは困ったように小さく息を吐くのだった。
ディモルがパチンと指を鳴らすと、盛大に吹き飛んだはずのトマスの腕は元通りに治っていた――いや、治ったというよりは『最初から切れていなかった』という感じである。その証拠に、体内に戻せないはずの床に溢れた血液はきれいさっぱり消えて失くなっていた。
「うふふ。びっくりしちゃったかしら」
いまだ全身をひどく震わせるトマスを見下ろし、ディモルは楽しげに笑う。
腕が吹き飛んだのはきっと幻覚の魔法なのだろう。そして彼女はトマスの耳元に顔を寄せ、
「あなたには監視の魔法をかけたわ。今後あなたが悪いことをするたびに、あたしが直々にあなたの身体を切り刻みに行ってあげる――今度は幻覚じゃないわよ?」
「ヒッ、クヒイイイイ!」
身体中の水分が流れ出るのではないかと思うくらい激しく号泣し、腰が抜けたのか、立ち上がる素振りすらないままトマスはやがて天井を見つめて動かなくなってしまった。
すでに周囲に客はおらず、取り巻きの黒服たちも遠巻きにして震えている。
ディモルは笑顔でレインに振り返る。
「お待たせ、れーちゃん。楽しい時間だったけどもう終わりみたいだし、そろそろ帰りましょうか」
「……へ? あ、ごめん。ちょっと待ってて。お金を回収するから」
ディモルの静寂にして壮絶な戦い振りに見蕩れていたレインは、思い出したように慌ててテーブルの奥に回り込む。卓の下にはいくつかの箱が並んでおり、その中に金貨が小分けにして仕舞われていた。
レインはそれを自らの金貨袋に入れ直し、「よしっ」と立ち上がる。
「全額回収したわ。ちょっと多い気もするけど、こっちの手数料ってことで戴いておきましょう」
「あらあら。れーちゃんったら大雑把ねえ」
その時、横手の扉が開き、十数人の少女たちが部屋に一斉になだれ込んできた。全員が裸の上に簡素な布切れを当て、かろうじて前を隠している状態だ。
「え? な、何よこれ?」
「レインさん、遅くなってすみません」
驚くレインに声をかけたのは、少女たちの後ろから現れたシスタノとアルだ。
なぜか――いや、理由は大体察するが、アルは目に布を巻かれており、シスタノに手を引かれている。
「……なに遊んでんのよ、アル」
「む。その声はレインだな。聞いてくれ、レイン。シスタノの奴がな……」
そして互いの状況報告が終わると、レインは眉を寄せて難しい顔をした。
「つまりこの子たちは、富裕層に負け金の代わりに売られた召使いってわけね」
「そういうことです。そちらは……、まあ大体分かりました」
部屋の隅で震え上がっているトマスと黒服たちを一瞥し、シスタノは頷く。
レインは半裸の少女たちを見やり、ポリポリと後頭部を掻くと、「しょうがないわね」と大きな袋――先ほど回収したばかりの金貨袋を少女たちの前に置いた。
「レ、レインさん。これは……?」
「このままじゃ彼女たちは無一文で外の世界に戻るわけでしょう? それを放っておくのはさすがに気が引けるからね。せめてもの餞別よ」
「せ、餞別……。レインさんが……」
その言葉に衝撃を受けたようで、シスタノはまじまじとレインを見つめる。それも当然だろう。今日一日、彼女はレインの金に対する異様な執着心ばかりをずっと見てきたのだから。
その視線の意味を感じ取ったのか、レインはふいっと顔を逸らす。
「私はお金の大切さを知っているだけよ。そりゃあ多いに越したことはないけど、正しい使い道くらい心得てるわ。……散々お母さんに叩き込まれたからね」
「え? すみません。最後の方が聞こえなかったんですが……」
「ああもうっ。いいのよ。このお金を全員で分けてちょうだいっ」
二人がそんなやり取りをする後ろで――
「そろそろ目を開けてもいいか?」
「うふふ。まだ駄目なんじゃないかしら」
魔王二人が呑気に立ち話に興じるのだった。





