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「なんですってええええ!」
「あらあら。れーちゃん、百話目だからってはしゃぎすぎちゃ駄目よ?」
肩口から背中の剣に手を伸ばすレインに、ディモルは微笑んで返す。
ディーラーのイカサマを指摘した途端にこれである。負け続けたことで一体どれだけ鬱憤が溜まっていたのだろう。
「お客さん。負け分を払えないっていうんですか? それは困りますねえ」
しかし対峙するディーラーはこういった厄介事に慣れているのか、動じた様子はまったくない。むしろこうなることを待っていたように、今までよりも大仰な態度でもって二人に問いかける。
「たまにいるんですよねえ。イカサマだなんて適当なことを叫んで勝負を有耶無耶にしちゃう人。証拠もないのにそんなことを言われちゃあ、こちらも相応の対処を取らせていただくことになりますよ?」
「うふふ。あなたの左手の指輪に小さなボタンが細工してあるわね。それを押すとテーブルの下からカードが補充されていたけど、それはズルじゃないのかしら」
「んなっ?」
まさかバレるとは思っていなかったのだろう。ディーラーは動揺した。
「それはズルよねえ? だってあなたが最初に説明してくれたルールには、そんなこと入っていなかったし」
「お、お前ら……!」
身を引いて構えるディーラーを追うように、レインは一歩前に出る。
「取られた分のお金、全部返してもらうわよ」
そう言ってスラリと剣を抜く。異様に長い刃に、ディーラーはひいっと情けない声を上げた。この長剣は周囲の黒服たちが所持しているような見せかけのそれではない。今まで何体もの魔物を屠り続けてきた――戦い続けてきた魔法剣なのだ。
他の客たちもようやくこの事態に気付いたようで、我先にと壁際に逃げたり出口に押し寄せたりしている。
「何事ですか!」
店の奥からトマスが現れるが、レインの抜き身の剣を見て思わず立ち止まる。
「あ、あなたは何をしているのですかっ」
「見りゃあ分かるでしょ? 取られたお金を返してもらおうとしてんのよ」
「ここは賭博場ですぞ! 勝ちがあれば負けもあるのが当然でしょうがっ」
「仕組まれた負けは負けじゃないわよ」
そこでようやくトマスはイカサマが露見したと気付く。
奥歯を噛み締めてレインを睨むと、
「……そうですか。見付かってしまったのなら仕方ありませんな。あなたたちにはちょっとばかり痛い目にあっていただくとしましょう」
トマスがさっと片手を挙げると、周囲にいた黒服の男たちが一斉にレインたちを取り囲む。その数は十余人。その全員が腰の剣を抜き、刃を二人に向ける。
しかしレインは呆れたように嘆息するのだった。
「あのさ。全員が剣ってどういうことなの。それぞれ得意な武器があるでしょう。こんなの、店から支給された見せかけの武器ってひと目で分かるわよ」
「だ、黙りなさい!」
「黙るのはあんたよ」
レインが腰を屈め、一気に跳躍する。並の人間には彼女の姿が突然消えたように映るのだろうが、もちろんそれは間違いだ。レインは長剣の利を活かし、深く踏み込むことなく男たちの剣を次々と叩き落としていく。
彼らの目に再びレインが現れた時――武器を手にした者は一人もいなかった。
「れーちゃん、すごいわねえ」
ぱちぱちと手を叩いて喜ぶディモルはひとまず放っておいて、レインはトマスの前へと歩を進める。取り巻きの男たちは戦意を喪失し、彼女に道を譲るのだった。
「こんな地下でやってるってことは、どうせこの賭博場は国の許可を得てないんでしょう? あんたは間違いなく監獄行きね」
「……クヒッ。どうせ数年服役したら出られますからなあ。そうしたらワタクシはまた同じことをやりますぞ」
「あんたねえ……」
口の端を上げるトマスを呆れた様子で見下ろし、レインは何か言い返してやろうと息を吸う。すると、相変わらずのおっとりした声が後ろから聞こえてきた。
「うふふ。服役なんて出来るのかしらねえ」
振り返るまでもなく、それはディモルだった。彼女はレインの隣に立ってトマスを同じように見下ろすと、楽しそうに微笑んで小首を傾げてみせる。
「どういう意味ですかな?」
「あなたの四肢、すべて捌かせてもらうわよ」
「クヒッ。ハッタリはよしていただけませんかな。そんなことをすれば――」
「えいっ」
ディモルの可愛らしい掛け声と共に、トマスの左腕が肩から吹き飛んだ。大量の血を自らの顔に浴び、トマスは目を剥いて絶叫する。
「ぎゃああああ! 腕がっ、腕がああああ!」
「うふふ。さあて、次はどこにしようかしら」
涙を流して床をのたうち回るトマスを眺め、ディモルはとても嬉しそうだ。
さすがは魔王というべきか、その表情にためらいはない。
「す、すみません! すみませんすみませんすみませんっ」
「うーん。手足だけじゃつまらないわね。耳や鼻を切り取ってみようかしら」
「たっ、助けてください! 何でもしますからあっ」
失禁しながら命乞いを繰り返すトマス。恐怖に震える取り巻きたちを背に、それでもディモルは笑みを絶やさなかった。





