010 怪物04
自分が言ったことだから、もちろん憶えている。あのときは一刻も早く魔王城を脱出する必要があったため、咄嗟に思いついたその言葉が口をついて出てしまったのだが――まさかこの場面で彼から聞くことになるとは思ってもいなかった。
「はあん? 三才?」
「そうだ。レインが言うには、オレは三才児らしい」
「……おい、レインシー。これってどういう……」
みんなの視線が痛い。
これではまるで、自分がアルにしょうもない大嘘を刷り込んだ張本人みたいではないか。まあまったく違うとは言わないし、魔王になってから三年なので、どちらかといえば本当寄りなのだが、それをいま説明したものかどうか、どうにも判断に苦しむ。
欲を言えば、もっとこう食事の場などの、みんなが大いにくつろいでいるときに話させてほしい。剣を突き出してこんなに興奮している男には、恐らく何を言っても届かないだろう。
「あ、いや。なんていうか、ここはひとつ聞き流してもらえると……」
「ん? お前はオレに三才だと言ったではないか」
「いいからあんたは黙ってて! 話がややこしくなるからっ」
レインの願いを聞き入れたのか、アルはそれ以上追求してこない。オーギュスとヒルダも結局その意味が分からず、「まあいい」と再びアルへと視線を移した。
「おい、お前。怪我をしたくなかったら今すぐそこをどけ。俺はそっちのガキに用があるんだよ」
オーギュスの威嚇にも、しかしアルは動じない。
睨み返すでもなく、身構えるでもなく、ただそこに直立しているだけだ。
「ちょっとアンタ! 黙って見ていれば随分調子に乗ってくれちゃって。アタシは魔術師。なんと魔法が使えちゃうのよっ?」
「ふうん、そうか」
「そうかって……。ああ、なるほど。そういうことね。アンタ、長いこと魔王城に監禁されて頭がおかしくなっちゃってるんでしょう」
何やら一人で納得し、ヒルダは銀色に輝く大振りな杖を頭上高く掲げる。
もちろんこれも国王から授かった、強力な魔力が付与された魔法の杖だ。
「アルさんって言ったかしら? いいわ。魔法というものがどれだけ強くて怖いのか――ちょっとだけアンタの身体に教えてあげる」
ヒルダが詠唱を始めると、杖の先端に埋め込まれた魔水晶が鈍く光りだす。それはやがて大人の手のひら大の光球となって、水晶からふわりと浮き出た。
さあ、痛みと恐怖に顔を歪めるがいい――きっとそんな感じのことを思っているのだろう。彼女はにやりと口の端を上げ、アルを見据える。だが――
「おい、レイン。あの女が魔法を教えてくれるらしいぞ。この機会にお前もひとつくらい覚えてみたらどうだ? 使えると何かと便利だぞ」
「うーん、遠慮しておくわ。私は剣さえあれば十分だから」
「そんなことを言って、もし物理攻撃の効かない魔物と遭遇したらどうする気だ。魔法があれば安心だろうに」
「あんたがいるから問題ない」
「そうか。まあ無理強いは良くないな。ではオレだけ教えてもらうとしよう」
ヒルダに一瞥すらくれもせず、アルとレインはしばしご歓談されていて。
話が終わり、ようやく振り返ったアルはというと、
「待たせてすまなかったな。いいぞ、始めてくれ」
やっぱり身構えることもなく、堂々とヒルダの前に立ち塞がるのだった。
「ふっ……、うふふっ。アタシのことを無視した挙句、なあにその態度。いつもはとっても温厚なアタシも、これにはちょっとばかりキレちゃったかもねえ……!」
「いいから早くしてくれ。さっきからレインが早く休みたいってうるさいんだ」
「ちょっとアル! ……あ、邪魔しちゃってごめんなさい、ヒルダ。こいつの言葉は聞き流してくれていいから、どうぞぶっ放してあげて」
「言われなくても分かってるわよおおおお!」
なぜか半泣きで、ヒルダは杖を振り下ろす。
魔水晶に追随していた光球がアルへと急接近する。
「ヒルダ! やりすぎだっ」
「や、やばい! つい最大級の魔力で……」
オーギュスの声で我に返るヒルダ。
感情の昂ぶりからか、放たれた光球は大人の身体をすっぽり覆うほどの大きさにまで肥大化していた。そしてそれは、相変わらず棒立ちしたままのアルに目掛けてまっすぐ迫る。
当たりどころによっては村が吹き飛んでしまう威力を持つその光に――村人たちは悲鳴を上げて身をすくめる。
しかしアルは構えない。回避もしない。目前に迫る光球に向けて片手を突き出すと、まるでそれを掴み取るかのように手をきゅっと握り込んだ。途端、魔法の球はあっけなく霧散し、あとには水蒸気のような煙が空へと消えていくのみだった。
「……う、うそ。今のってアタシの最上級の魔法なのよ……?」
呆然と項垂れ、がくりと膝をつくヒルダ。なんとか立ってはいるものの、となりのオーギュスも似たような表情を浮かべていた。こいつが武闘大会に出場していなくて本当に良かった――その心境は現実逃避に近い。
「ふむ。このくらいの魔法なら教えてもらうまでもなかったな。すまなかったな、そこの女よ。手間を取らせた」
「しかも無傷って……、ああ、アタシの頭のほうがおかしくなりそう」
四つん這いで完全に戦意を喪失してしまったヒルダに、レインは言う。
「別に貴女がショックを受けるようなことじゃないわ。彼を相手にしたらこうなるのは、最初から分かりきっていたことだから」
「……どういうことよ」
「彼には何も効かないのよ。剣も魔法も。……あとついでに一般常識もね」
「おい、レイン。聞こえているぞ」
アルのぼやきに、レインはしまったと舌を出す。
タイミングとしては今が一番いいだろう――自分を取り囲む村人たちをぐるりと見回し、レインはアルの背中を押した。
「彼の本当の名前はアルヴァリオス。魔王アルヴァリオスよ」





