第7話 特別なチカラ
音が聞こえてくる場所までたどり着いたグレイ。
そこには、怪奇な黒い怪物と小さな二人の少女が向かい合っていた。
グレイは容姿が認識できる距離まで、少しずつ近づく。
彼女達は、『ハウス・ノクターン』に住んでいた少女達で間違いなかった。
彼女達は今まさに、『怪物』と対面していた。
「やはりルージュが彼女達に指令した討伐対象は、あれか……」
グレイの読みは当たっていた。
ラジオニュースで放送されていた、殺人犯を殺した魔物だった。
「大丈夫!? セピア!」
「なんともないわよ、これくらい! シアンは?」
「私も大丈夫。 でも、この魔物」
「つ、強い! ……勝てるの?」
怪物の右手は肩まで肥大化しており、身体は硬質な漆黒の色となっている。
人間が魔物化してしまう事は、未だに信じられないが、目の前にいることは事実である。
グワァァァァーッ!
魔物は奇声を発しながら、肥大化した右手を振り上げて下ろす。
その手の大きさからは予測もできない素早い攻撃が彼女達を襲う。
かろうじて魔物の攻撃を避けきることができた彼女達は、反撃体勢に入る。
セピアの身体から、綺麗なオーラが溢れ出してくる。
「これで終わりよ! 『無限のナイフ』!」
両手の指先から次々と、ナイフの形状をした鋭利な光が、魔物に突き刺さる。
続けざまに、シアンの青色の両目から、綺麗なオーラが溢れ出してくる。
構えたスナイパーライフルの銃口の前に、円状の魔法陣を展開させる。
「貫け! 『連発狙撃』!」
円状の魔法陣を通して、砲撃の様に銃弾が何発も発射され、魔物の漆黒の身体に命中する。
彼女達の渾身の攻撃に煙が巻き上がり、魔物は衝撃と共に煙の中に倒れた。
それを見ていた二人は、魔物は倒せたと思っていた。
だが、煙がたつ中に黒い影が一歩、また一歩と近づいてくるのが分かる。
モンスターはまだ生きている。
「き、効いてない! シアン、これマジでヤバイよ!」
「セピア、しっかりして!」
彼女達の身体は限界に差し掛かろうとしていた。
二人を見ていたグレイは駆けつける。
彼女達には、目前の魔物の討伐は無理だと判断したからだ。
「お前ら、ここから逃げろ!」
「あんた! 昼に来た郵便配達男!」
「どうしてこの場所に、ここは危険です!」
グワァァァァーッ!
そこに、魔物が肥大化した右手を引きずり近づいてくる。
セピアとシアンは、グレイの忠告も聞かず、再び能力を発動し始める。
しかし、能力の反作用の表れか、セピアは吐血、シアンは目から流血し、その場で倒れ込んでしまう。
グレイは動けなくなった二人を抱きかかえ、魔物と距離をとる。
「どうして逃げない、死ぬぞ!」
意識が朦朧としているシアンは、小さく呟く。
「魔物を倒して、平穏な日常と人達を守る……」
「身体も痛めてまで…… どうしてそこまでする?」
「それが私達、『漆黒の討伐者』の役目だからよ!」
セピアの小さく呟く言葉に、グレイの感情は少しずつ揺れ動き出す。
「……強いな、お前ら」
グレイは、自分が情けないと思う感情が溢れ出していた。
ゆっくりと起き上がりながら、自身の過去に対して向き合い始める。
『自分は今まで何をしていたのだろうか』
生きることに対して中途半端、目の前の現実にも逃げる。
そんな生き方に満足が出来る訳がなかった。
「来い、魔物! 俺が相手だ!」
グレイは魔物を睨み、標的を自身に集中させる為に、少女達から離れて移動する。
一定の距離まで離れた事を確認すると、グレイは魔物に大声をかけた。
「聞け! どうして子供を殺した犯人と同じ殺人者になった!」
グッ……グオォォォーッ!
グレイの声に魔物が反応し、頭を抱えて苦しみだす。
やはり同僚がモンスターになったのだと確証を得る。
魔物化しても、人間として意識がまだ残っていたようだ。
グワァァァァーッ!
モンスターは、これほどよりも大きな奇声を発した。
肥大化した右手を振り回しながら、グレイに襲い掛かる。
グレイは、モンスターの大きく振り下ろした右腕を見切り、大きくジャンプしながら右手を振り上げる。
「またこの能力を、誰かを守る為に……使う!」
振り上げた右手から光が溢れだし、真っすぐに伸びていく。
――能力開放! 『閃光の剣』!
「安らかに……眠れ!」
天にも届く閃光の柱の様な刃で、魔物を一刀両断する。
グワァァァァオォォォーッ!
モンスターの切られた身体は灰となり、チリチリに消えていく。
それと同時に、グレイの中にあった靄も少し散っていく感じがした。
正解の答えを出した、というものではないが、気持ちが澄み切っていく。
闘い終わった光景と心情が重なるのだろうか、長い漆黒の夜に、細い月の光が差し込む感じがした。
魔物の討伐後、タイミングを図った様に『支援救護部隊』が到着する。
彼らは、先ほどの現場警備に当たっていた治安警備隊の一部隊にあたり、主に『討伐者』を対象に後方支援や応急処置などを行ってくれる。
言うなれば、討伐者のバックアップのスペシャリスト部隊になる。
グレイは、彼らから事情を聞かれる前に、傷だらけの彼女達を預け、颯爽とその場を去っていった。