第6話 戦いの予兆
勤務先まで戻ってきたグレイに、髭のはえた同僚の中年男性が話し掛けてくる。
「なあグレイ、聞いたか?」
「何ですか急に? 今戻って来たところですが」
「あいつの事件だよ、あいつの。 ニュース聞いてないのか?」
「事件?」
休憩室のラジオから、お昼のニュースが流れていた。
グレイは、ラジオに近づき耳を傾ける。
その内容はこうだ。
――――――
数週間前、子供を殺害した犯人が、無残に引き裂かれた状態で、死体となって発見された。
その被害者の子供は、数週間前から、無断欠勤をし始めた、同僚の男性の子供だったと判明された。
現場からは、明らかに人間ではない、『怪奇な黒い物体』、『怪物に見える生き物』を目撃した、と記者のインタビューに答えている目撃者の報道だった。
――――――
中年男性は、側にあったパイプ椅子に深く座り、火の付いた煙草をくわえて、グレイに話し掛けてくる。
「『怪物』か…… とうとうこの街にも、魔物っていうのが現れたのか」
(魔物…… 俺には関係ないことだ)
グレイは心の中で呟いた。
「あいつ、これで救われたかねぇ」
「どうでしょう。 お子さんが殺された悲しさは永遠に消えないかと」
「……何とも言えない結末だな」
「そうですね。 彼は今日も午前中出社せず?」
「それがさっき、あいつの奥さんから会社に連絡があったんだが、『行方不明』なのだとよ」
「行方不明?」
「家にも帰ってこない、何度連絡しても電話に出ないってことで、奥さんがとうとう捜索願を出したみたいさ」
同僚の男性は、子供を殺されたショックで無断欠勤をしていると、グレイは思っていた。
その後の調査でわかった事だが、子供が殺害された日の数日後には、既に家にはいなかったそうだ。
同僚の男性は、妻を残して何処に行ったのだろうか?
――――――
ブロロロロ……
グレイは、午後の配達分を鞄に詰め込み、スクーターのエンジンをかける。
その瞬間、ふと頭の中で、何かが繋がるような感覚を感じた。
一つ、午前中に『喫茶店マリス・ステラ』でルージュに依頼された封書の配達が、『討伐指令書』であり、届け先の少女達に宛てたものであったこと。
二つ、午後のラジオニュースで犯罪者の死体が無残に引き裂かれている状態で、現場では『怪奇な黒い物体』、『怪物に見える生き物』が目撃されていたと報道があったこと。
三つ、そのタイミングで同僚の男性の捜索願が出されており、現在も行方不明なことが分かったこと。
グレイの頭の中で起きた感覚は、何度も味わって知った感覚に変わっていく。
その感覚は、二年前に討伐組織に所属し、魔物と闘っていた時の感覚。
忘れることのもできないものだった。
染み付いてしまっている感覚は、逃げることができない絶望感として押し寄せてくる。
確証は無いが、グレイの直感は確信していた。
(……迷うなら、確かめるだけだ)
グレイは、午後の配達途中に、ラジオニュースで犯罪者が殺されていた現場に立ち寄る。
しかし、ニュースが報道されていただけに、警備が厳重にされている。
現場周囲の確認はおろか、近づくことすら出来ない。
(この街の治安警備隊か。 やはり、彼らが動いていると言うことは……)
彼らは『治安警備隊』、この世界でいうと討伐組織と協力体制にあたる組織だ。
個々の能力は、討伐組織程持ってはいない為、主に討伐組織のバックアップを行っている。
現状のこの現場で言うと、討伐組織の戦闘から民間人を守る為の現場整備、負傷者の保護など、戦闘に関わる以外の業務を活動している。
「おい! こっちの民間人の避難誘導に人手が足りないんだ! 数名来てくれ!」
警備隊の何人かが、現場から離れていき、警備が薄くなる。
(これは…… チャンス!)
グレイは警備隊の隙を見て、シートで隠されていた、壁の傷跡を確認する。
壁にはまるで、大きく鋭利な爪で、深く引き裂かれたような跡が残っていた。
(やはり、そうか)
グレイは確信する。
今までこの様な、多くの怪奇現場を見て、経験してきたからわかる。
この世界の生き物で、こんなに大きな深い傷跡を残せるのは、一つしか考えられない。
ーードン! ガギィィィン!
ここから近い場所で、鈍い大きな音が響き渡ってくる。
「魔物!」
グレイは音が聞こえてくる方角に向かっていった。