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第六話 突入訓練右往左往

 ダン、ダン、と射撃場に銃声が連続して響く。今日も射撃訓練だ。銃声が響くたびに、ぷす、ぷす、と標的に穴が開く。清水の指導よろしきを得て、神坂も着実に腕を上げている。射撃を終えて弾薬の再装填のために戻って来た神坂に、河上班長が声をかける。

「神坂、精が出るな。」

「あ、班長。」

 割と口数が少ない河上班長が、自分から声をかけて来るのはやや珍しい。

「最初の全弾外した時から見ると、ずいぶん腕を上げたな。」

「あ、はい、ありがとうございます。」

 自分でも思った以上に上達しているのがわかるし、普段あまり褒めてくれない河上班長から褒められると、素直に嬉しい。

「でも、上達したのは清水さんの指導のおかげです。」

「それもそうだが、お前は教えられたことを素直に受け入れるから上達が早い。」

 そして河上班長は顎をちょっと動かして、仲村の方を指す。

「仲村なんかは素直に人の言うことを聞かない所があるから、お前より上達が遅い。」

 確かに、仲村も概ね標的に命中してはいるものの、結構ばらついていて、神坂ほど集弾が良くない。いつも女は駄目だとか言われているので、ちょっと気分が良い。しかし、この程度でいい気になってはいけないと思う。

「でも、わたしもまだまだ真ん中に当たりませんから、もっと練習しないと。」

「その心がけは大事だが、実際に撃つことになるときはもっと接近して撃つことになるから、今ぐらい狙いが確かなら、もう実用の域に達しているぞ。」

「あ、そうなんですね。」

 実用の域に達しているという事は、そろそろ実地訓練に出てもやっていけると評価されたという事だ。執行課で本当にやって行けるか不安を抱いていた神坂としては、一安心という所だ。しかし、実際に拳銃を撃つ状況というと、逃走を図る対象者の足を撃つのか、それとも凶器を持って向かって来る対象者の凶器を持った腕を撃つのか。どっちにしても想像するだけでも恐ろしい状況で、そんなことを覚悟しなければいけないのかと思うと、自ら選んだ道とはいえ戦慄を覚える。


 全員の射撃が一段落したところで、河上班長は全員を呼び集める。

「全員そこそこ形になって来たから、この後はより実践的な訓練を行う。弾薬を再装填したら移動するぞ。」

 仲村が手を上げる。

「予備の弾薬は持って行かないんですか?」

 そんな疑問を持つのも道理で、装填できるのは8発だけなので連射すればすぐに弾切れになる。だから仲村は気を利かせたつもりだったが、河上班長の答えは違った。

「いや、予備はいらん。いいか、本番で撃つのは原則1発だけだ。」

 仲村の表情に動揺が走る。さっきまでの訓練では、何発も撃ってもなかなか標的の中心には当たらなかった。それなのに1発で命中させろと言われても自信が持てない。しかし、やれと言われればやるしかない。


 事務所の敷地の一角に、訓練用に普通のアパートを模して建てられた建物がある。そこが実践訓練を行う場所だ。

「これからここで訓練を行う。中は普通のアパートだ。家具類も適宜置いてある。中のどこかに人型の標的が立ててあるので、お前たちは突入してそれを撃ってこい。この訓練は2人一組で行う。猪又と神坂、清水と仲村、それぞれペアを組め。」

「はい。」

 あくまで訓練だが、これまでよりぐっと実際の活動に近いものだと思うと、いやが上にも緊張感が増してくる。ふと猪又を見ると、まるで緊張などしていないかのように、どっしりと落ち着いて見える。そうか、そんなに緊張することもないのかと、神坂も少し気持ちが落ち着いた。


 河上班長の説明が続く。

「これは実際の強制処分の執行を想定したものだ。緊張感を持って取り組め。」

 河上班長は一呼吸置きながら、さっと全員の顔を見回す。さすがにこの場面で茶々を入れる者はいない。

「まず、猪又と神坂、背中を壁に沿わせてドアの両脇に立て。神坂が右、猪又が左だ。」

 指示に従って二人はドアを両側から挟むように立つ。

「神坂が突入、猪又がサポートだ。神坂は拳銃を上に向けて構える。猪又がドアを開けて、神坂は素早く屋内に突入する。猪又は拳銃を上に向けて構えて後に続け。神坂は屋内を捜索して、標的を見つけ次第撃つ。屋内では極力物陰に隠れながら、あるいは背中を壁に沿わせながら移動すること。また、対象者に気付かれにくいように、極力物音をたてないように注意しろ。部屋があったら戸を素早く開けて、拳銃を前に構えながら間髪入れずに室内に突入する。猪又は何かあった時には直ちに替わって前に出て、標的を撃て。」


 神坂は指示された行動の一つ一つを記憶に刻み付けながら、屋内に突入してからの動きを思い描く。しかし、屋内の間取りや、家具の配置が分からないので今一歩具体的に描けない。

「班長、中の間取りはどうなっているんですか?」

 神坂は河上班長に尋ねてみるが、間髪を入れずに叱責が飛ぶ。

「馬鹿者。下見ができるわけがないのだから、事前に中の様子などわかるか。突入しながら臨機応変に動け。」

「あ、はい。」

 言われて見ればそうだ。それだけ、実際の強制処分の執行を想定した訓練なのだ。続いて仲村が尋ねる。

「標的を撃つんですか?」

「そうだ、撃つんだ。」

 仲村は少しためらいを見せてから、更に踏み込んだ問いをかける。

「それって、実際の強制処分執行の時にも、対象者を撃つってことですか?」

 仲村のためらいを気にも留めないように、河上班長はあっさりと答える。

「そうだ。そういう状況を想定した訓練だ。」

 河上班長の答えにさっと緊張が走る。散々射撃の訓練をしてきたのだから、実際に人を撃つこともあり得るとは想像できたが、こうはっきりと言われると衝撃を受けずには済まない。しかし、仲村はその答えに飽き足らず、さらに踏み込む。

「どこを撃つんですか?」

 仲村の思い切った問いに思わず息を飲む。しかし、河上班長の答えは、期待したものとは違った。

「標的の黒点を撃て。」

 更に踏み込んで尋ねたものかと一瞬怯むが、仲村は勇敢にも更に問いかける。

「いえ、実際に強制処分を執行するときです。」

「それはその時の任務の内容と、その時の状況によるな。」

 河上班長の答えにふっと緊張が緩む。そうか、別に撃ち殺せと言うわけではないのか。しかし、猪又はむしろ緊張を高めた様子で、額に汗を滲ませながら、絞り出すような声で尋ねる。

「状況によるという事は、状況によっては射殺する場合もあるという事ですか?」

 どきっと心臓が激しく打つのを感じる。

「そうだ。そういう場合もある。」

 河上班長の答えに、頭をがんと殴られたような衝撃を覚える。薄々予感していたことだが、こうはっきり言われるとやはり衝撃は大きい。そうか、自分たちは状況によっては人を殺さなければいけなくなるのか。


 動揺は小さくないが、今は訓練の最中だ。動揺している暇はない。猪又と神坂は、河上班長の指示通りドアの左右で改めて突入の態勢を整える。

「いいか、絶対に拳銃の銃口を人に向けるな。暴発した場合取り返しのつかない事故になる恐れがあるからな。」

「はい!」

 神坂は答えながら銃口を上に向けてしっかりと保持する。額にじわりと汗がにじむ。猪又が手を伸ばしてドアのノブを回すとぐっと押した。だが、ドアはびくともしない。猪又の表情に焦りの色が浮かぶ。

「おい、猪又、よく見ろ。そのドアは引くんだ。」

 河上班長の指摘に、神坂は思わずぷっと小さく笑いを漏らす。何だか緊張が和らいだようだ。この緊迫した場面で、もし猪又が緊張を解くためにわざとやったのだとしたらたいしたものだと思う。


 猪又が改めてドアを引く。今度はあっさりとドアが開いた。神坂は開きかけの隙間から、素早く室内に身を滑り込ませる。薄暗い玄関は狭く、すぐに引き戸で遮られていて中の様子はうかがえない。中には標的が立っているだけのはずだが、まるで中に誰かがいるような気がして、神坂はかすかな物音も聞き逃さないように神経を集中しつつ、靴を脱いで玄関から一歩踏み込む。そこへ河上班長の怒声が投げつけられる。

「神坂! 靴を脱ぐ奴があるか!」

「あっ、済みません。」

 顔面から火を噴く思いだ。玄関を入る時の習性で、つい無意識のうちに靴を脱いでしまったが、実際に踏み込むときにそんなことでぐずぐずしていたら中の対象者に気付かれる恐れもあるし、勝手のわからない室内で何かを踏んで足を痛めでもしたら大変だ。慌てて靴を履き直す。


 後から入ってきた猪又が、引き戸の反対側に立つと小さく声をかけてくる。

「俺が引き戸を開ける。」

 猪又ががらっと音を立てて引き戸を引くと同時に、神坂は中へと踏み込む。素早く見回せば、ここは狭いながらもダイニングキッチンだ。左手の壁に沿って流しやコンロが並び、部屋の中央には小ぶりなテーブルと椅子が並んでいる。拳銃を握る手に力が入るが、この部屋に標的はない。ダイニングキッチンの奥には、もう一枚の引き戸があって、更に次の部屋があるようだ。標的は次の部屋にあるに違いない。壁に背を擦るようにして進み、引き戸をさっと空けて次の部屋へと踏み込む。


 踏み込んだ6畳ほどの部屋は、正面の窓から光が差し込んできていて、やや薄暗い室内を進んできた神坂は一瞬目がくらむ。目を細めて見回した室内には、左手の壁際にベッドが、右手の壁際にはテレビやカラーボックスが置かれている。しかしまあ、一応形ばかり置いてみましたという感じの、生活感のない部屋だ。そして、異彩を放っているのがベッドの前に立っている人型の標的だ。踏み込んだ入口からの距離は2メートルほどもないだろうか、神坂は反射的に拳銃を向けると引き鉄を引く。銃声が鳴ると同時に、薄い板状の標的が壁際に向かって吹っ飛ぶように倒れた。狭い室内での発砲音は強烈で、耳栓をしていても耳が痛いほどだ。射撃姿勢のままで倒れた標的を凝視する神坂の前を、銃口から立ち上った煙がゆらりと棚引く。一瞬、倒れている人型の標的が、本物の死体が転がっているように見えた。


 後ろからゆっくりと入ってきた河上班長が標的を改める。

「うん、黒点を撃ち抜いているな。初めてにしちゃあ上出来だ。」

 振り返った河上班長が、珍しく微かに微笑む。途中色々と不手際はあったが、何とか上手く課題をこなせたようだ。ふっと力が抜けて神坂は床に座り込む。拳銃をホルスターに収めながら、神坂はこれで何とか自分にも任務をこなすことができそうだと、こんな状況で何だが、深い安堵のようなものが満ちて来るのを感じる。実際に人を撃つことになるかもしれないと聞いたときの動揺は、いつの間にか忘れていた。

 

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