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第五話 射撃訓練は続く

 今日も新人たちの訓練は続く。4人横一列に並んで、標的に向かって拳銃を構える。

「急がなくていいから良く狙って射撃しろ。全弾撃ち終ったら拳銃を下ろして下がれ。全員撃ち終ったら、標的を確認する。」

 河上班長はざっと説明すると号令を掛ける。

「始め!」

 号令と共にダン、ダンと射撃音が連続し、射撃訓練場の中は喧騒に満たされる。まだ慣れていないので緊張や力みが感じられる新人たちの中で、射撃経験のある清水だけは、もう実弾射撃に慣れたのか、落ち着いた風で射撃を繰り返している。やがて4人とも全弾射撃を終え、漂う硝煙で微かに煙る中、一転して静かになった射撃訓練場の中には4人の少し荒くなった息使いだけが聞こえる。


 標的を回収すると、河上班長が寸評を加える。

「じゃあ確認するぞ。まずは仲村……、2発命中か、まあ最初にしては上出来だ。」

 そんな河上班長の講評に、仲村は少し不満気だ。

「ちぇっ、もう少し当たってるかと思ったんだけどなぁ。」

 なかなかの自信家だが、河上班長はそんな根拠のない自身には一顧だにせず、次のメンバーへと移る。

「何を調子のいいことを言っているか。次、清水……、6発命中か、経験者だけのことはあるな。」

 なかなかの高評価だが、清水は射撃競技の時のようには上手くいかなかったのだろう、少し首をひねりながら答える。

「いえ、やはり実銃だと感覚が違います。標的に当たっているとは言っても、集弾が悪すぎます。」

「まあそうだろうな。実銃に慣れて全弾確実に黒点に当てる所まで訓練を重ねろ。」

「はい。」

 そして次は神坂の番だ。しかし、結果は無残だ。

「次、神坂……、うん? 一発も当たらなかったか。」

 全弾外れというのはやはりショックだ。ただ、拳銃といえども銃弾は速く、弾道を目で追うことなどできないから、弾丸がどこに飛んで行っているかはわからず、結果として射撃を正しく修正することもできなかったのだ。神坂はひたすら小さく縮こまるような思いをしながら答えるしかない。

「はい、申し訳ありません。」

「いや、別に恐縮する必要はないんだ。最初はそんなものだ。まずは慣れることだな。」

「はい。」

 河上班長の言葉が単なる気休めでなく、本心からの物であることはわかるが、それでもやはり落ち込まないわけにはいかない。次の猪又も命中弾を得ていたとなればなおさらだ。

「次、猪又……、ふん、1発か。まあ良い、訓練を重ねろ。」

「はい。」

 思ったよりも難しいと感じたのか、猪又の表情は硬い。それにしても、まずは神坂の最下位が確定した。仲村がちょっと見下すような表情をしているが、それに反発する元気も出ない程の落ち込み方だ。何しろ、どうしたら改善できるのか、まるで見当がつかない。


「では、もう一度だ。」

 河上班長の指示で、再度射撃に挑む。弾薬を装填して神坂は再び拳銃を構える。照星と照門と標的の黒点を一直線上に重ねて、これで引き鉄を引けばど真ん中に命中するはずだ……、理屈の上では。そのとき、ぽんぽんと肩を叩かれた。拳銃を下ろして振り向けば清水だ。

「清水さん? どうしたんですか? 当たらないのを嘲笑いに来たんですか?」

 思わず口を衝いて出た言葉に清水は苦笑する。

「神坂、お前……、そんなにいじけることもないだろう。」

「う……。」

 確かに今思わず出た言葉はちょっとひねくれ過ぎている。最初からばんばん当てられる清水との差に、いじけてしまったとしか言いようがない。


「なあ、お前力が入り過ぎているんじゃないのか?」

「そうですか? でもしっかり支えないと下がっちゃいますよね。それに、射撃の反動を受け止めないといけないし。」

「いや、射撃の反動は力で押さえるんじゃないんだ。真直ぐ支えて受け止めればそんなにぶれるものじゃない。むしろ、引き鉄を引くときに力が入ると、そのせいでぶれるんだ。」

「引き鉄を引くとき?」

「ああ、銃の引き鉄を引くときは、昔から『闇夜に霜の落ちるが如く』なんて言われるように、力を入れずに静かに引くものなんだ。お前、力一杯握り締めるように引き鉄を引いていないか?」

「うっ、言われて見るとそうかも。」

「ジャーキングって言うんだけど、勢いよく引き鉄を引くとそれだけぶれるんだ。意識して静かに引いてみな。」

「うん、わかった。」


 清水の注意を意識して、拳銃を標的に向けて構えると、静かにそっと引き鉄を引いてみる。掌に射撃の反動を感じると同時に、標的の左下の端がちょこっと欠けたのが見えた。

「当たった!」

 満面の笑みを浮かべて歓喜の声を上げる神坂だったが、同心円状に描かれている的の部分はかすりもしていないのだから、こんなのは当たった内に入らない。清水が苦笑しながら言う。

「神坂、あんなの当たった内に入らないぞ。」

「うっ。」

「まだ少し力が抜けてないな。」

「うっ、うっ。」

「それから、引き鉄を意識し過ぎて、銃口が少し下がってるぞ。最後まで照準から意識を離すな。」

「うっ、うっ、うっ。」

「あと、射撃の反動を押さえようとして腕に力が入っているな。フリンチングって言うんだけど、反動に備えて力むとぶれるんだ。腕の力も抜いて。」

「うっ、うっ、うっ、うっ。」

「それから……。」

「ま、まだあるの?」

「当たり前だろ。最初は気を配らなきゃならないことが沢山あるんだよ。そういう事が無意識にできるようにならないと当たるようにならないぞ。」

「う、うん。」

「撃った後はすぐに動かずに、狙いを付けた状態のままにすること。撃った後すぐに銃を下げる癖がつくと、撃つ瞬間に銃を動かすことになる場合があるからな。」

「な、なるほど。でも、撃った後銃を上げたりしない? あれで反動を吸収してるんじゃないの?」

「違うよ、あんなので反動の吸収なんかできないよ。あれはドラマの中だけ、見た目の動きを派手にしてるだけだよ。」

「そ、そうなんだ。」


 神坂は清水に言われたことを頭の中で反芻すると、改めて標的に向かう。

「腕の力を抜いて、照準を合わせて、撃った後も構えは動かさないで、静かに引き金を引く。」

 ダン! と銃声が響くと、標的の右上寄りにぽつんと穴が開いた。

「あ、当たった。今度は本当に当った。」

 神坂は、当たったことが信じられないかのように目を丸くする。清水は少し驚いた風だ。

「ああ、当たったな。神坂は案外才能あるんじゃないか? 普通、言われてもすぐには直らないぞ。」

「え? わたし褒められてる?」

「ああ、褒めてるよ。」

 ここでやっと、緊張でひきつり気味だった神坂の表情に笑みが浮かぶ。しかしこれで満足するのは気が早い。

「じゃあ、今の感覚を忘れないうちに、もう一発。」

「うん。」

 神坂は拳銃を構え直すと、狙いを付けてもう一発射撃する。今度は標的の大きく右寄りに当たる。さすがに黒点に命中するというわけにはいかないが、全弾外したさっきの惨状に比べれば大幅な進歩だ。


「じゃあ、残弾全部続けて撃って。」

「うん。」

 神坂は指示に従って次々射撃する。標的の中央にこそ当たらないが、標的の外へ外れることなく、次々命中する。なるほど、清水が褒めるだけのことはある。全弾撃ち終ると、清水が標的を指差す。

「当たった所を見てみな。おおよそ右上の方に寄っているだろう。」

 相当ばらけているが、確かに右上寄りに外れている。神坂が肯くと、清水は続ける。

「右に寄るという事は、引き鉄に浅く指を掛けているか、引き鉄の外側に指を掛けているかもしれないね。第一関節の中央、指先の一番盛り上がっている部分を、引き鉄の中央に当てて引くように注意してみな。」

「うん。」


 神坂は弾薬を込め直すと、もう一度拳銃を構える。

「指先の中央……、引き鉄の中央……。」

 指先を意識しながら引き金に指を掛ける。指先に冷やりとした引き鉄の触感が伝わる。ここだと感じると、静かに引き金を引く。発砲、発砲、発砲……、たちまち全弾撃ち尽くす。

「おお。大分良くなったなぁ。」

 清水の声に、薄く立ち込める硝煙を透かして標的を見れば、まだまだ相当にばらけているものの、何発かは標的の中央付近に命中している。

「清水さん、ちゃんと的に当たってるよ。」

「ああ、当たってる。よし、この感覚を忘れないようにもう一度撃つんだ。」

 しかし、連発した衝撃を受けて、神坂は手が痺れたような感覚になってしまっている。

「清水さぁん。手がじんじんして力が入らないよぉ。」

「お、そうか、慣れてないから仕方ないか。じゃあ少し休憩してから再開だな。」

「うん。」


 拳銃を置いて椅子に座りこむと、思ったよりひどく疲れを感じる。力を抜くようにはしていたけれど、それでも全身にずいぶん力が入っていたのだろう。夢中だったから気付かなかったけれど、相当緊張もしていたのだろう。奈落の底に引きずり込まれて行くような倦怠感を覚える。だが、清水の指導のおかげで、どうにか射撃はものになりそうな気がする。もちろんまだまだ訓練は必要だけれど、全くできなかったことができるようになるのは嬉しいものだ。なにより、これでどうにか執行課の仕事をやっていけそうだという実感が湧いてきたことに、神坂は深い喜びを感じていた。

 

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