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第六話

 運動会やら生徒会役員選挙やらも終わり、そろそろ文化祭の準備が始まるという九月中旬。珍しく部活がなかった土曜日を利用して、祥李と和叉は東京を訪れていた。

 五時起きで始発の高速バスに揺られること三十分強。まだ半分も行っていないが、朝に弱い和叉は早くも寝息を立てている。


「おっ……と」


 祥李は和叉の手から落ちそうになるスマホを救出し、スリープにして彼のカバンに突っ込んでおいた。

 手持ち無沙汰を言い訳に、その愛くるしい寝顔を眺める。睫毛長いなあ、と祥李が一人で感心していると、和叉がおもむろに身じろぎした。


「ん……」


 彼は掠れたうめき声を上げ、やや顔をしかめるようなそぶりを見せたが、結局起きることなくまた寝入ってしまった。微妙に眉をひそめたまま眠るその顔がなんだか寂しげで、祥李は知らず知らずのうちにその前髪に触れる。

 しばらくは祥李もその感触を楽しんでいたが睡魔には勝てず、やがて和叉と頰を寄せ合うようにして眠りに落ちた。


§


 そんなこんなで、二人は東京駅に到着した。

 空調の効いたバスを降りてすぐ、都会特有のまとわりつくような残暑に包まれる。


「うわあ……あっつ」


 冷房対策だと羽織っていたパーカーを脱ぎながら、和叉がぼそりと呟いた。


「な。うう、なんかくらくらするわ」


 少し相談して、ひとまず朝食をとることに決める。喫茶店の類はどこも似たり寄ったりの混みようだったので、サンドイッチかなにかを購入して電車で食べることになった。


 某喫茶店チェーンのレジ前にできた行列に加わったときのこと。


「……あれ? 和叉?」


 耳慣れない声に、祥李は振り返る。ほぼ同時に同じ動作をした和叉は、少しびっくりしながらも嬉しそうだった。


「わあ、久しぶり」

「え、本当に和叉だ……」


 呆然とこちらを見ているのは、祥李たちと同い年くらいに見えるお下げ髪の少女だった。土曜日だというのに制服姿である。


「友達?」

「うん。前の学校の子。いや、こんなとこで会えると思わなかったよ」


 相手に軽く会釈しながら小声で問うと、和叉はこくりと頷いた。そんな間に、彼女は人混みを抜けてこちらにたどり着く。


「いや、びっくりしたよ。いきなり転校決まりました、はい転校しました、って。お別れ会もなしだったじゃん」

「え、そうだったの」


 衝撃の言葉に思わず和叉を見ると、彼はちょっと不服そうな顔をした。


「しょうがないじゃん、俺が決めたんじゃないもん」


 それを聞いた少女はそりゃねと笑って、祥李に向き直る。


「えー、こんなやつですが、うちの和叉をどうぞよろしくお願いします」


 おちゃらけたように頭を下げられ途方にくれていると、和叉が堪え切れないといったふうに笑いだした。


「やめてよ。ヨシコは俺のなんなのさ」


 どうやら彼女はヨシコという名前らしい。なんだか古風で日本的な名前だが、彼女にはよく似合っている気がした。実際ヨシコはかなりの美人で、切れ長な瞳やすっと通った鼻筋はいかにも大和撫子といった感じを与えるのだ。ついでに言うと、胸が大きい。


「保護者」


 当然でしょ、とでも言わんばかりのヨシコ。

 二人の仲睦まじげな様子にいらぬ想像を働かせそうになっていた祥李だが、一言でその線を完全に断ち切られる。


「えー、なにそれ」


 けらけらと笑う和叉とそれを見るヨシコの様子は、たしかに母と息子、もしくは姉と弟といった風だ。


「あ、私そろそろ行かなきゃ」


 ひとしきり三人で話したあと、ヨシコは腕時計を見てそう言った。


「どこ行くの?」

「模試」

「へえ、頑張ってね」

「うん。じゃあね、和叉」

「ばいばーい」


 手を振って去っていくヨシコを見送ったあと、ようやく祥李は気づいた。


「あれか。モシってあの、テストの模試か」


 あまりにも聞きなれない単語すぎて、すぐには出てこなかったのだ。そういえばこの世界にはそんなものが存在していたな、と思った。


「ヨシコ頭いいからさあ。将来東大とか行くのかな」


 なにやら楽しそうに言う和叉を見て、祥李は思わず呟く。


「お前、愛されてんだなあ」


 和叉は例のごとくきょとんとして祥李の顔を見るのだった。


§


 話し合ったのは東京へ行こうということだけ。そのあとについては全くのノープランもいいところだった。帰りのバスのチケットだけ買って、なんとなく来た電車に乗る。どうやら渋谷方面に行けそうだったので、そのままそっちに向かうことにしてしまった。


「いいね、行き当たりばったり。楽しい」


 弱冷房車で人混みに揉まれながら、和叉が笑う。一方の祥李は香水やら化粧やらの匂いのきつさに肝を冷やしていたのだが、当の和叉は全く気にしていないようだった。


「いや、意外といけるもんなんだな。慣れてるやつがいると安心だわ」

「あはは、そうでもないけどね。俺の家、下町の方だから」


 和叉の認識の中では、田舎の家が「おじさんち」東京の家が「俺の家」となっているようだった。いずれ帰るからと暗に言われているような気がして、祥李は少し不満を感じるのだ。


「和叉の家には行かないの?」


 祥李が尋ねると、和叉は一瞬驚いたような顔をして、すぐに少し残念そうに微笑んだ。


「俺んち、共働きだからさ。いきなり帰っても誰もいないと思う。鍵も持ってきてないし」

「ああ、ね」


 祥李は曖昧に頷いた。共働きという感覚が、祥李にはあまり馴染みのないものなのだ。母は一応スーパーでレジ打ちをしているが、父が海に出る時間とは全くかぶっていない。たまに父が数日家を空ける時もあるが、どのみち祖母はずっと家にいる。家に帰ってみたら誰もいなかった、というのは、七年前祖父が倒れて病院に運ばれた時くらいだった。


「色々大変なんだね、和叉んちも」

「けっこう普通だよ」


 和叉が苦笑したその時、電車が大きく揺れた。つんのめる和叉を、祥李がとっさに支える。十数人がおりて数人が乗ってきたが、車内の混み具合は大して変わらない。


「あと何駅?」


 祥李の言葉に、和叉がドア上のモニターを見る。


「ふた駅」

「じゃあもうすぐだ」


 ドアが閉まります、ご注意ください。

 にこやかな女声のアナウンスと共に、車両のドアが全て閉まった。


「俺、浩美にお土産買わないと」

「おお。ぴったりじゃん、渋谷」


 和叉と浩美は仲がいい。浩美は優しい和叉によく懐いていて、和叉もそれを悪くは思っていないようだ。元はといえば浩美の面食いが発動したのがきっかけだが、そんなことは口が裂けても言えないなと祥李は思った。

 一度、浩美と和叉に面白半分で結婚すればと言ったことがある。和叉は祥李お兄ちゃんとか言って笑っていたが、浩美は真っ赤になって部屋に引っ込んでしまったのだ。あながち、無い話ではない。


「そういやさ」


 祥李は繰り返し流されているお天気情報を見ながら口を開いた。今日は午後から曇るらしい。


「和叉って誕生日いつ?」

「九月の十二日」

「は⁉︎」


 祥李は勢いよく振り返った。その拍子に隣のお姉さんに肘鉄してしまい、あわててすみませんと謝る。お姉さんは一瞬迷惑そうに顔を歪めたが、すぐに興味を失ったように目をそらした。


「過ぎてんじゃん」

「過ぎてるよ」

「言えよ、そういうのは」


 えへへ、と笑う和叉に頭を抱えたくなる祥李。和叉はよくわからない。うわべは普通なように見えて、変なところで自分たちと違う。きっと表面を覆う皮は一緒でもその根底を作るものが違うんだと、祥李はどこか諦めていた。


「で、何が欲しい?」


 気を取り直して尋ねる。祥李のこの質問を予測していたのか、和叉は特別驚いた様子もなく考えるそぶりを見せた。


「うーん……言われてみればないかなあ。俺的には、今回出かけるこれが誕生日プレゼント、ってして欲しかった」

「なんだそれ」


 似たような話を、ツイッターか何かで見かけた気がする。一緒に過ごす時間がプレゼント、なんていうやつだ。

 文房具かなにかでいいかな、と祥李は考える。そして、思い出したことがあった。


「確かお前、ゴジラ好きだったよな」


 一ヶ月ほど前の記憶を頼りに祥李が言うと、和叉はこくりと頷く。


「なんか、ショップみたいなのがあるんだよな。東京に」


 和叉はまたもや、頷く。


「よし、渋谷の次はそこ行こう!」

「おー。やった」


 決心するような祥李のひと言に、和叉は嬉しそうに歓声をあげるのであった。

 この話から後になって書き足した部分になります。

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