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ワタクシ。Ritaであります!  作者: リノキ ユキガヒ
第二章「ヤツらとワタシ」
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 それから私は放課後になると、レッスンを受け始めた。

 ウオーキング、ポージング、モデルとしての基礎を叩き込まれた。

 元々部活などしてなくレッスンの体育会系的なノリについていけるかどうか不安だった。

 もしも「フルメタルジャケット」ばりの鬼軍曹が出てきたら私は即リタイアだ。

 しかし、根がミリタリーマニアなので軍隊に入ってからまずやる「基本動作」いわゆる「気を付け」「休め」「回れ右」というものを自主的に練習した事が過去にあり、尚且つその所作(しょさ)を誰に見せる訳でもないのに鏡の前で一生懸命練習した経験がある。

 そのなかでも最も力を入れたのが各国軍隊の「敬礼」の仕方だ。

 これは正確には「挙手の敬礼」といい。何もつかない敬礼は軍隊や一般ではお辞儀の事をいう。

 もちろん軍隊の敬礼にはキチンとした規定があり、旧大日本帝国陸軍は

「昭和十五年一月二十五日軍令陸3号」

 として通達。命令として下令しているのだ。

 そして軍隊には敬礼の種類は他にも様々で、「捧げ(つつ)」も敬礼の様式として捉えられる。

 これはシュチュエーションによっても違い、銃剣を付けてる付けてないによっても変わる。

 その他にも隊旗を持っている場合、儀式などで帯刀する場合などにも礼式はある。

 まぁ、軍隊として統一感ある力強い美しさと、モデルとして容姿を綺麗に見せる艶やかな美しさは違うように見えるが、両方ともその動きを極めればそれは見るものを魅了する事は間違いない。

 私にはそういう下地があったのでモデルとしてのレッスンは苦にはならなかった。

 と、いうかそれも理屈の上に成り立っており、先人の知恵が含まれているので私はただ単にそれを踏襲すればいいだけなのだ。

 そこに自分は存在しなくていい。淡々に黙々と練習をこなす自分がそこにはいた。

 正直自分でも以外だった。人から指示される事に特にこれといった反発はしなかった。

 高校生ともなれば何かと大人の意見には反抗しがちになるのだが、私が接する大人達はその道のプロフェッショナルばかりでとても十代の小娘がつけ入る隙はこれっぱなしもないのだ。

 それと並行して自分を売り込む為の挨拶まわりが始まる。

 苛烈なオーディションを勝ち残った訳でもない私にまだ実績はない。

 地道な営業活動から始めなければならない。その時に私は久我山編集長と運命的な出会いを果たす。

 その頃のJ&J編集部は今みたいな人気雑誌ではなく、いつ廃刊になってもおかしくない状況だった。

 当然ギャランティの方も事務所が望むものは用意できず、私は実績作りの為に読者モデルとしてなかばボランティアの様にJ&Jの誌面に姿を現すようになった。

 しかし、その状況が幸いな事に私はファッションモデルのイロハを現場で学ぶ事ができた。

 そして私がモデルとして売れるのと同じようにJ&Jも業績を伸ばしていった。

 そして現在に至るのだ。


「ふぅ」


 席に戻った私はシートに思い切りその身を預けた。

「んぁ~腹減った~」

 既に席に戻っていたカネコさんが唐突に口を開く。

「ん。もうお昼近くなってるダヨ」

 小川さんが腕時計に目を落とす。私もスマホの時計で時刻を確認すると、時間は十一時半を回った位だった。

「ちょっと早いけどお昼ね」

 私はそう言うとメニューを取った。

「おっと、今日は何曜日ダ?」

「んぁ!?」

 小川さんの何の脈略の無い質問にカネコさんが、妙な声をあげる。

「そうだった!」

 彼の質問の意味を理解すると私は改めてスマホの画面を見直す。

 ディスプレイには○月×日(FRY)とあった。

「金曜カレーの日だ!」

 そう。今日は金曜日。軍艦では食事の時間にカレーが出てくる日なのだ。

「小川さん!」

「よしキタ」

 彼はそう勢いのいい返事をすると呼び鈴を自分の手元に置いた。

「呼び鈴ヨシ。ヨーソロー」

 彼はそう言うと私に目配せをした。小川さんの手元に呼び鈴があるのを私は確認すると店内を見渡した。そして厨房で雑務をこなしているウェイトレスさんを見つけた。

「目標厨房ッ!よォ~い…。テェッ!」

 私の合図で小川さんは呼び鈴のボタンを押した。

 店内に号砲…。とは程遠いホンワカとしたチャイムが鳴った。

「んぁ。相変わらず仰々しいな~」

 カネコさんはそうつぶやくと窓の外に視線を向けた。


 三人してカレーを食べ終え、マニアックな話もひとしきりすると世間話になるのは当たり前の流れだろう。

「隊長。仕事の方は順調ダカ?」

「お陰様で」

「んぁ。隊長がまさかモデルになるなんて思いもよらなかったもんな~」

「私だってそうよ」

「しかも超売れっ子ダヨ」

「高校生の頃の格好が変装レベルなる位」

「んぁ。俺たちからすると今の格好が隊長だもんな」

「褒められてるんだか、けなされてるんだか…」

 私は憮然と答えると机にほおをついた。

「褒めてるんダヨ」

 小川さんがニコニコ笑顔で答える。私も思わず笑みをこぼす。

「んぁ。にしても芸名がリタってすげぇ出来すぎた話だよな」

「私も耳を疑ったわよ」

「隊長が決めたんじゃないのカ?」

「私にそんな権限ないわ」

「んぁ。確かリタって旧軍の爆撃機のコードネームじゃないのか?」

「そうダヨ。旧軍にしては珍しい四発爆撃機『連山』の事ダナ」

「まぁ、四発にしてはスマートなのがせめてもの救いダワ」

「んぁ。そこは女ッポイんだな」

「失礼な。それくらいの感覚はあるわよ」

「普段のカッコがドテラにスエットだしナ」

「んぁ。もちっとマシな格好しろよ」

「カネコさんに言われたくはないわよ。万年つなぎ姿だし」

「んぁ?整備士はこれが正装なの。かの本田宗一郎はこれで紫綬褒章の授賞式に出席しようとしたからな」

「へーへー」

「あはは。仕事でアレコレ着ると普段は気を使いたくはなくなるのは解る気するダヨ」

「さっすが小川さん。違いの解る男」

「んぁ。だけど俺達が行く時くらいマシな格好しろよ?高校生じゃあるまいし…」

「でも、ウチらならともかく。取材とか来たらあの部屋はあのまま見せるのか?」

「そんな!あの部屋の事は事務所に内緒にしてあるのよ」

「んぁ。事務所イチオシのモデルが旧軍オタクって何んとなしに気まずいよな」

「アイドルなら好感度あがりそうな気はするケド…」

「女相手のモデルでバリバリの旧軍オタは下手したら嫌悪の目でしか見られ無いわ」

「んぁ。でもこのままダンマリもどーよ?」

「…」

「趣味が生き甲斐の人間にとって、それが否定される可能性が少しでも感じられるとおいそれとは言いにくいダヨ」

「んぁ。そうだけどよ」

 場の空気が少し落ち込む。

「そろそろお開きかしらね」

 私はそう言うと伝票の挟まれたバインダーを手にとった。

「んぁ。隊長俺たちの飯代これで足りる?」

 と言ってカネコさんは五千円札を一枚出してきた。

「いいわよ。私こう見えても稼いでるし、奢るわよ」

 と言って席を立った。

「んぁ。いい歳こいた男が女に飯おごってもらうなんてできねーよ」

 カネコさんが食い下がる。私はそんな彼に構う事なくレジへと向かった。

 清算を終え、表の歩道に出るが彼はまだしつこく言い寄る。

「隊長聞いてンのかよ!!」

 カネコさんが急に荒げた声をあげる。私は一瞬ギョッとした表情を示したが直ぐさま平静を装った。

「な、なによ。女にご飯を奢られるのがそんなに嫌なの?」

「ちげーよ!」

「じゃなによ!」

 この時小川さんのオロオロした表情が私の目に入る。

「俺は只、借りを作りたくねーんだよ」

「借り?」

 私はその答えに思い切り眉をひそめた。

「んぁ。俺達仲間だろ仲間は平等じゃないと成り立たないんだよ」

 仲間という意表をつく言葉に私はカネコさんの顔を直視できなくなった。

「私だってそう思ってるわよ。だから忙しい仕事の合間を縫って来てくれてる二人にせめてものお礼のつもりで…」

「仲間ならお礼はいらないダヨ」

「んぁ」

「でも…」

 何か言いたいが私は言葉が見つからなかった。

「んぁ隊長。帝海の潜水艦は艦長を含め士官と水兵の食事が一緒なの知ってるだろ?」

「旧軍オタならその位常識よ」

「只でさえ過酷な艦内勤務に対してわだかまりを無くす為の配慮ダナ」

「私だって…」

 その後に続く言葉「わだかまりを無くしたい」が出てこない。そのまま黙っていると。

「隊長。無理はしなくていいダヨ」

 小川さんがそう言って私の顔を覗き込む。潤んだ瞳が、まるで子犬が哀願を求めるようで私の胸を締め付ける。両肩が震える。私は遂に耐え切れなくなり。

  「うるさーい!!上官がいいと言ってるからいいのが判らんのかーッ!別れッ!!」

と、叫んでその場を走り去ってしまった。


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