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私達三人の読む雑誌は勿論軍事関係の物でその中でも老舗と呼ばれている物だ。
この雑誌が縁で我々は出会い、交流を深めてきた。
そして今に至るという訳だが、細かい事は後述するとして今はこの会合について少し説明させてもらおう。
内容は至ってシンプルだ。発売された軍事雑誌の今月号を集まって読む。ただそれだけの内容だ。
「え?」っと思われた方もいるかと思うが、我々マニアの間で趣向が似た者同士、同じ時間を共有するというのは何事にも代えがたい至福の時なのだ。
「そんなものネットとかでもできるんじゃないの?」
と、いう声も聞こえてきそうなのだが、直に会うのとモニター越しとではその空気のようなものまでは共有する事できない。
あくまで空気を共有するという事に重きを置き、研究会とか勉強会とかゆう堅苦しいものとして行われてはいない。
そうでなければそれなりの回数を重ねる事も難しい。
学生が昼休みや放課後に集まって好きなことするような延長線上にある感覚とでもいうのか?
気軽に参加でき、肩肘張らずに、余計なプレッシャーを感じることなく集まれる事が重要なのだ。
そうで無ければ結局、一人がいい。という事になり会合の意義が失われてしまう。
みんな、それなりに社会人として働いているのだから会合が足枷の様になってはならない。やはり気軽さは重要な要因になるのだ。
「ん。あぁ~」
私の向かいにいる小川さんの背伸びで、何か呼び戻される様な感覚で私は誌面から目を離す。
と、言ってもほぼ目ぼしい記事は読み終わり、次号の予告や広告に目を通していた。
小川さんの隣にいるカネコさん。彼の手から既に雑誌は離れており、いつの間にか来たコーヒーを啜っていた。
私もそれにならってコーヒーに口を付けた。
「ん」っと思わず声を出しそうになる位にコーヒーは冷めていた。
しかし、文字と写真を見まくった目と脳ミソに何かシャッキリとした感じが欲しかったので、半分くらい一気に飲み干した。
「フゥッ」
と思わず息が抜ける。
「んぁ。隊長読み終わった?」
「まぁ、粗方」
カネコさんの問いかけに私は答えると、パラパラと手持ちぶさそうに雑誌のページをめくった。
「さて、どうだカ?」
小川さんがこちらに視線を送る。
「ま、私的には今月号はまぁまぁね」
「今月は戦艦に関する記事が連載以外には無いからダナ」
「そう」
「んぁ。俺もそんなところかな」
「航空機関係は比較的よく載るけど、お目当ての機種がないと関心を持てないダナ」
「んぁ」
「小川さんはどう?」
「似たような感じかな?どうも最近の世界情勢に関する事が目に付く気がするダナ」
「んぁ、しゃーねーべ」
「そうね」
三人揃って今月号の感想は特になしといったところだ。
とりあえず全員がファミレスの天井を仰ぐ。
「んぁ。オレちょっと一服してくるわ」
カネコさんはそう言って喫煙スペースへと向かった。
「私もちょっとトイレ」
「あいよ」
小川さんの返事を背に私は席を立った。
丁度いいタイミングなので三人が出会ったきっかけと、私がモデルという職業に就いた経緯について説明しよう。
先ずは小川さんから、高校生からの同級生で、彼は元々軍事マニアとして男子の間では有名だった。
私もその頃から既に「ゼロ戦」とか「戦艦大和」などの旧日本軍について調べ始めていた頃だ。彼の存在については知ってはいたが、別段気になる存在ではなかった。
だがある事がきっかけで彼との腐れ縁が始まる事になった。
当時の私はまだモデルの仕事は始めておらず、教室の端で休み時間になると一人で本を読む地味な女子高生だった。おまけに背が高く威圧的な雰囲気が付きまとい、あまり社交的な性格でもなかった為友達は居なかった。
そんな訳で女子からはどうも近付き辛い存在であったようだ。
要約すると、得体の知れない女子なのだ。
そんな私はいつも通り休み時間になると文庫本を開き一人読みふけっていた。
ある日、俗に言う「ぼっち」の私に声をかける男子が現れた。
それが小川さんだ。
彼は私の読む文庫本を背中越しから見てその写真がいつも、戦闘機や戦艦だったので「物騒なもの読んでるな」と内心思ってていたらしい。
自分の趣味を棚にあげてだ。
しかし私も私で、さすがに軍事関係の書物を大っぴらに読む度胸は無く、ブックカバーをかけて読んでいた。
ここで皆さんには想像して欲しい。文庫本サイズで掲載される写真のサイズだ。正直大きいものではない。それをちょっと見ただけでそれが「戦艦」か「戦闘機」か判別するのだ。
わずかな情報からそれが何か判ってしまうのだ。
マニアとはかくも恐ろしい。
そんな事に気付かず私はいつも通り休み時間になると軍事関係の文庫本を読みふけっていた。
「君は旧軍の事が好きなのカ?」
といきなり背後から話しかけられた。私は思わずその声のする方を振り向いた。
ただ単に話しかけられたのなら私もゆるゆると振り返っただろう。
しかし、彼は「旧軍」というワードを使ってきたのだ。
その時の私の狼狽振りが想像できるだろう。
しかし、常に一人で行動していた私が彼の問いかけにサラリと答えられるはずもなかった。
私と彼の交流が本格的に始まるには少々時間が掛かった。
そこにはカネコさんの存在が必要になる。
カネコさんは同級生ではあるが高校は別である。しかし、小川さんとは中学校からの友人で彼は機械好きと、飛行機好きが講じて工業高校へと進学を決めた。
と、いうかカネコさんの偏差値だと小川さんと同じの進学校への進学は難しく、工業高校への進学を決めたらしい。
彼から感じられる少々アウトローっぽい雰囲気はそこからだ。
と、ゆうか実際高校生の頃はよからぬ連中のバイクを修理したりして国家権力の御世話になりかけた事もあるらしい。
彼にとって高校時代の思い出は社会的信用の観点から抹殺したいもののようだ。
因みに今の職業は自動車関係であり、私はそれ以上の事は知らない。
そして、三人は駅前の本屋でよく会うようになっていった。
それもそのはず、お目当ての軍事雑誌の販売日に必ず本屋へと赴くからだ。
カネコさんの提案でどうせなら三人でどこかに集まって話さないか?という事になり私たちはつるみ始めた。
そしてその集まりは後に私をモデル業界へと導く事になる。
月日は流れ高校生活も後一年となった頃。例によって、駅前のファーストフードで雑談に興じているとふと進路の話になった。
小川さんは大学進学で、カネコさんは地元の自動車修理工場の就職が決まりかけていた。
私はというとこの頃になっても何一つ決められずにいた。
確かに自分の中では進学を希望する旨はあったもののその後のビジョンが想像できず、漠然とした不安と焦りを抱えていた。
そんな時だった。私は都内某所で有名プロダクションの関係者に声をかけられてしまったのだ。
もらった名刺を両親にも見せたがこれといった反応は示さず、だれでも知ってる有名プロダクションだった為か?別段引き止める素振りも見せなかった。
「やりたければやれば?」
といった感じ。
自分でも煮え切らない気がしたので私は小川さんとカネコさんに相談した。
「私、モデル事務所からスカウトされたー」
と、ちょっと冗談交じりに言うと二人は、
「おーう。ヤレヤレー」
と、冗談っぽく返してきた。私はその返答に内心ホッとしたのと「私みたいなのがモデルになれる訳ない」とどこか絵空事のようにその事を捉え始めた。
これが何やら煮え切らない思いの原因と思いながら、ちょっとした好奇心と冷やかし半分でその芸能事務所に連絡をいれた。その時の私はアルバイトの面接を受けるような感じだ。やり始めたとしても、内向的な私には務まりそうに無いので、大学進学を志すように心情は傾き始めていた。
しかし、その思惑は見事に外れた。
まず第一に驚いたのが、その事務所の社長さん自身が私の実家に来て挨拶をしたのだ。
これには両親もかなり驚き、父は舞い上がってお寿司を注文するように母に促す始末。
大手プロダクションなので社長の顔はたまにテレビなどメディアにも露出もある。
その人が担当と一緒に今、自分達の目の前にいるのだ。
この状態、事務所に所属する申し出を断れる訳がない。
私は晴れというか、自分の意志に反するようにしてモデルとして人生を歩み始める事となった。