①
空は青い。しかし、それを仰ぎ見る事は許されない。
私の目の前にあるのは黒い土と深く生い茂る草むら。
むせかえるような青臭い臭いと、泥臭さが全身を包み込む。
そんな所に私は今、腹這いの姿勢でいた。常識では考えられない格好。
しかし、これが交戦中であれば常識の尺度は一気に狂い始める。
弾丸、弾雨、砲弾の破片から身を守るにはその身はとことん低くするのがベターである。勿論、敵の目に付きにくくする意味もある。
擬装の施された我が身をくねらせるようにして僅かながらに前進を試みる。手にはロクヨン。顔にはドーランだ。
自分の前方にチカチカと光る物がある。私はそれにむけて小銃を構えた。
「はい、オッケーでーす!」
光源から叫び声。
私もそれに答えるように立ち上がる。
ザッと廻りの草が擦れる音がする。
森の精といえば聞こえはいいが、どちらかといえば、草木に手足を着けたような私の格好。
アンブッシュ。いわゆる待ち伏せ。その為の擬装。
しかし、これは撮影だ。私が照準を付けたのは少し離れた所にいるカメラマンさんで、キラキラ光るのは太陽光を反射したレンズなのだ。
昼下がりに始まった撮影は佳境を向かえ、擬装をした格好でアンブッシュを仕掛けるという、シュチュエーションで幕を閉じるという流れだった。
「あの~リタさん?」
加藤二尉が私の顔を覗きこむ。
「はい」
と、返事は返したが直立のまま。ロクヨンの銃口は勿論、地面に向けての待機の姿勢である。
このロクヨン。実はプロップガンと呼ばれる実銃に似せて作られた撮影用の模造銃で、実弾を発射できる程の強度は無いのだ。
なので実銃のように銃口管理をする必要は正直、余りないのだが撮影とはいえそれなりの緊張感を持って望まねば、自衛官を志す若人に響くものは無いと思いそうしている。
勿論プロップガンとはいえ、火薬を仕込んでいれば、銃口管理が必要なのは言うまでもないだろう。
例え少量の火薬でも銃口から吹き出るブラストは雑草を震わせ、ボルトを後退させるだけのパワーがあるのだ。
「なんか、身長が私よりあるので装備品を身に付けるとそれなりに威圧感が出て、話しにくいな…」
「お気になさらずなんなりと」
「そ、そうですね。では」
加藤二尉は一旦咳払いをすると再び口を開いた。
「撮影が終わってから、言うのもなんですけど顔にドーラン塗っちゃうと誰だか解らなくなりません?」
「それは一理あります。しかし、擬装をしているのに顔だけなにもしない方がかえって不自然な気もするのですが…」
私は眉ひとつ動かさずに答えた。
明らかに加藤二尉の困惑した表情が伺える。
たまらなくなった彼女は傍らにいた、マネージャーさんに視線を飛ばした。
「あ~。大丈夫ですよ、本人自らメイクしたんで」
「そういったものなのですか?」
このモデルにあってこのマネージャーだ。彼女は依然、困惑した表情のまま声をあげる。
その響きを巻き込みつつ、富士に陽が落ちていく。
自衛隊には色々な部隊がある事は座学の時に述べた。
撮影はアンブッシュの場面だけではない。
戦場の女神である特科、昔でいうところの砲科。
陸の王者である特車、昔でいうところの戦車。
流石にこの辺りの兵科はハードルは高い。私ごときの為に貴重な時間をさいてもらう訳にはいかない。
幸い、渡辺二尉が私が普段から飯盒炊飯をしている事を、J&Jのコラムから知っていたので主計科に御厄介になり、撮影をさせて頂いた。
野外炊具二号の点検風景。夕飯の準備などの場面だ。
あとはお約束というか正装姿のスナップ。
宿舎廻りでこれらの撮影を何とか済ませた。
出来上がったポスターは今どきと、いうかなんというか、一枚を除いては実にほんわかとした仕上がりになっていた。
近年の勧誘の傾向としては、昔ながらの武骨かつ力強さを強調するスタイルは入隊志願者に敬遠される傾向があるので、最近は親しみやすさや、心強さを強調し、幅広い層から支持を期待するイメージがある。
それを踏まえて、パターンとしては3つ用意された。
ひとつはこのところ軍隊の食事というのがかなり脚光を浴びている、横須賀の海軍カレーや戦闘糧食などとよばれる、いわゆるミリ飯だ。
究極のアウトドアともいえる軍隊の食事は、屋内、野外、いついかなる状況においても、それ相応のものが用意される。
その為か、昔は日陰者扱いされていた主計科も今では、脚光を浴びている。
これを公報戦略に利用しない手は無い。
余談だが、昔から強い軍隊には必ず良い腕のコックがいると言われている。
兵士達の士気を維持するにも食事というものは疎かには出来ないのだ。
この辺を暗にアピールしつつ、食事という身近にあるもので親しみを演出した訳だ。
二つめは、正装のもので街で見掛ける自衛隊のポスターといえば、こういったイメージ。という極めてベタなものだ。
直立、笑顔で敬礼。自衛官募集のデカイ文字。
正直、今どきここまで清々しい募集のポスターは見たことが無い位に潔いポスターだ。
時代に逆行してると言うと言い過ぎかもしれないが、モデルRitaとしてのアドバンテージをいかすのであればそれは最適解かもしれない。
自分で言うのもなんだが、それなりに行き足は止まるだろう。
いわゆるギャップを狙ったインパクト勝負のポスターだ。
最期。3つはアンブッシュの私だ。
完全武装、眼光鋭く草むらから敵を狙い打つというシュチュエーションのスナップだ。
仕上がりを見て自分でも、私よりも現役の自衛官でよかったのでは?と思う位に誰だか解らない。
顔面をドーランで塗りつぶした様相をみた渡辺二尉と加藤二尉の「ギョッ」とした顔が思い出される。いまにしてみればやり過ぎた感は拭えないが、それくらいで丁度よいと自負している。
そして、満を持してこれらのポスターは張り出された。
正式な時期は私も知らなかったがSNSなどでじわじわと話題に昇るようになり、その事を察した。そしてそれは遂にトレンド入りを果たす。
ポスターとしてこれ程の反応はないだろう。実に作戦としては成功したと言ってよいだろう。
特に主計科をモチーフにしたものは自衛隊にこんな部隊があったのか。というある種のイメージを覆す副産物も産んだ。
そう。何も鉄砲を担ぐだけが自衛隊ではないのだ。
後方の支援があってこそあの圧倒的な戦力は投入できるのだ。
で、例のアンブッシュとなるのだが、このポスターが様々な憶測を呼んだことは想像に難しくないだろう。
何せ本人ですら別の方でよかったのではないか?と思う程だ。
何も知らない人からするとこの泥にまみれた輩がまさかファッションモデルとはとても思えないだろう。
自分で言うのもなんだが、この気迫、この殺気、この執念。
現役の方でも中々でないのでは?と、大空のサムライにあるグラビアの一節を用いたくなる位に、自画自賛したくなる。
と、それが自己満足の域であればよかったのだが、このアンブッシュのポスターはまず、誰だ?という所から話題になった。
当然、この流れでいけば同一人物が担っていると考えるのが普通だろう。
しかしだ。世間一般の考えとしてモデル風情にこのような、殺気にも似た雰囲気を放てる輩がいるのか?
と、疑問に思われてもやむ無しだ。




