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ワタクシ。Ritaであります!  作者: リノキ ユキガヒ
第七章「ついに」①
38/47

「失敗の本質」


 なんと、シンプルでストレートなタイトル。

 それが本著における続いて出た印象だ。

 文庫本で千円で御釣りのくる手頃な値段に惹かれて思わず購入した。

 が、その内容は中学生女子には何かの魔術書にしか見えなかった。

 序章ですら読むのに四苦八苦した記憶がある。

 簡単にいえば旧日本軍という組織ははなぜ負けたのか?という事を分析した書物である。

 あくまで簡単に説明するとだが。それを理解するにはまず、戦史をうすらぼんやりとでもいいので知っておく必要があった。


 1941年12月8日、太平洋戦争勃発。

 1945年8月15日、終戦。


 この程度では本著を理解するには正直、解らない言葉の羅列が続くのみで文字をなぞるだけの読み方に終止してしまうのは免れないだろう。

「大空のサムライ」であればヒューマンドラマの側面が強いので軍事に関する知識は正直、そんなになくても読み進める事ができた。

 都度都度、武器兵器に関しては何故、そのような行動をしなければならないか?という理由が述べられている場合もある。例えば、20ミリ弾における弾道特性とかだ。

 しかし、「失敗の本質」は物語を追うというよりかは何かしらのレポートを読んでるようなものだ。

 淡々と時系列にそって出来事や考察が述べられているだけだ。

 今の私であれば、ノモンハン、ガタルカナル、ミッドウェー、インパール、レイテ、と聞くだけでそれらの言葉の持つ意味がある程度わかるが、当時の自分には無理な注文だった。

 大体、義務教育で近代史など僅かな時間しか割かれていない。

 つまり私がこの著作を読破するにはまず、歴史から勉強しなければならないと、いう事だ。

 勿論、本著には戦史と言える、作戦の概要と顛末は記載されている。

 しかし、当時の私にとってそれはを理解する難しい事だった。

 大体、師団や連隊の区別も解らない輩が読んだところで、ちんぷんかんぷんなのだ。イメージなんか一ミリも湧かない。

 機動部隊、正規空母、などという言葉は知っていて当然といったていだ。

 当然、専門用語の羅列が続くと読もうという意欲は下がる。

 またしても名著も本棚の肥やしになる事になる。

 しかし、根がネガティブな性格な事もありどうしてもそのようなものに興味をひかれる節があるようだ。

 普通なら軍隊に関して興味を持ち始めたらなら、それこそゼロ戦だ、戦艦大和だ、となりそうだが、私はそういったメインストリームからは少々はずれた、サイドストーリー的なものに興味を惹かれる素養があるような気がする。

 性格そのものがネガティブなので、そのような「負」のワードをすんなりと受け入れてしまう節があるのだろう。

 そして、「日本軍の小失敗の研究」という著作に出合う。


 これを運命的な出合いと言っていいものか悩むところだが、少なくとも運命めいたものは感じる。

「大空のサムライ」でミリタリーに興味を持ち始めのはいいが、その後の取っ掛かりが中々掴めずにいたのが現状だった。その中でこの題名。興味というか何か気になる雰囲気がそれから私に向かって放たれる様な気がした。

 私には、


 日本は戦争に負けた。


 と、いう漠然とした事実だけがあるだけで「事」は一向に進まなかった。

 兵器にしたってその範囲は数多星のごとくだ。

 石器時代では石が武器になり、現代に置いては医療品や、日用品におけるまで安全保障の範囲となりつつある。

「宇宙軍」なんて言葉もチラホラ聞く。

 興味を持ったものから調べれはいいと良く言うが、その範囲がどこまでか?それすら解らないのが現状だ。



 日本は戦争に負けたという事実。普通に「ナゼ?」という感情が湧いてくる。

 この感情はそのまま興味に代わり、私は「日本軍の小失敗の研究」の冊子を手に取り表紙を開いた。

 立ち読みではあるが…。

 さぞかし難しい言葉の羅列が続くかと思ったが、目次のタイトルだけとはいえは私にも解りそうな内容もチラホラあった。

 値段を調べたら千円札一枚で余裕に買える金額だったので思わず購入した。

 解らない用語も多々あったが、案外すんなりと読み進める事ができた。

 それでも読破するのにそれなりの時間は要したが。

 だがしかし、どうしても各種兵器に関する知識が乏しいが為、イメージが掴みづらい。

 第二次世界大戦が、戦艦から航空機の時代に変わった戦術的な分岐点である事は解るのだが、その当時の私の頭の中には船と軍艦の違いすら解らなかった。

 時折出てくる写真で、空母というものは平べったい形をしていて、その平べったい所から飛行機が飛び立つというのは概ね解るが、戦艦に至っては、なんか大砲を一杯積んだ大きい船というイメージしか浮かない。

 そんな折りに私は1つ作品に出合う。タイトルは


「トラ・トラ・トラ」


 だ。

 なんの拍子にその作品と出合ったのか忘れてしまったが、ともかくそれが私に与えたインパクトは凄まじいものだった。

 戦争映画というものに縁がなかった事もあるが、オープニングの戦艦長門のシーンで頭をハンマーか何かで殴られたような衝撃を受けた。


「こんな大きな軍艦が日本にあったのか」


 当時の私は旧帝国海軍のイメージというものを持ち合わせてはいなかった。

 本や何かである程度、絵的なイメージはあるにしても、それが映像となり自分の目の前に現れた。

 例えるなら、白いキャンバスの上に絵の具をぶちまけられた位、乱暴に記憶が書き替えられた。

 私の帝海に対する印象は、それこそ天地がひっくり返る位に変わった。

 そして、ある日私の脳裏にある事がふとよぎる。


「戦艦大和」ってなんだ?と。


 それが世界最強だという事はおぼろ気に知っていた。しかし、何がどう最強なのかは解らない。

 そして私の脳裏にはまだ、WGIPの刷り込みが僅からながらとはいえこびりついていた。

 当時の日本だ。そんなに大層なものではなかったのだろう。という先入観がまだ勝っていた。

 しかし、その先入観はものの見事に打ち破られる。

 それこそ46センチ砲で心のバイタルパートをぶち抜かれる位に。

 GHQの行った忌まわしき政策。ウォーギルドインフォメーションプログラムはいく十年に渡って、日本人からその牙を抜き続けたが、DNAまでは変えられなかった。

 2000年に渡りその国土を守り、列強各国に植民地支配を諦めさせる程の軍事力を中世に持つその国の秘めたる力。それは日本人なら誰でも持ち得ていたのだ。それこそ私でもだ。

 戦艦大和を象徴する10万馬力の大パワーは眠れる私の遺伝子を叩き起こす。それは己が日の本の国の民としての魂を揺さぶる。


 それから私が、戦艦大和について色々調べ始めたのは想像に難しくないだろう。


 以上。


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