⑨
「んぁ。ようはそいつが天狗になってる。って、こったろ?」
カネコさんはそう言うと缶コーヒーを煽った。
「そういう事なんだけど…」
「隊長はその子が不憫に思えるんダナ」
「まぁ不憫というかなんというか」
小川さんの問いかけに歯切れの悪い解答をする私。
「んぁ。そんなヤツは一発喰らわせるか、痛い目みて改心するのを待つしかねーな」
「痛い目ねぇ~」
三人は神保町を雑談しながらそぞろ歩く。
「しかし、辻とはいいえて冥ダナ。一発でその人となりがわかるダヨ」
「全く。事あることに絡まれるし」
「んぁ、正に女の戦場だな」
「でも、やらかしてガダルカナルになるのは嫌よ」
「んぁ。だな」
「じゃぁ、その娘はいま関東軍にいる状態なんダナ」
「そうね」
「んぁ、寝首を掻かれるなよ」
「あ~あ、私にも戦艦長門と連合艦隊の護衛がつかないかしら?」
「嘘つけ。本当は長門のうまい飯が目当てなんダロ?」
「ムハハハハハハ」
「んぁ、昭和の映画かよ」
カネコさんの突っ込みに三人は路上にも関わらず大声で笑った。
「ふぅ」
「その感じだとまだ何かあるダカ?」
「まぁ」
「んぁ、言っちまえよ」
「ん~…」
私は空を見上げた。
「あーッ!センパ~イ」
青山にある撮影スタジオのラウンジに素っ頓狂な声が響く。
私は撮影終わりに一休みしている所で、これから帰路に付く所だった。
そんな所に誰かに呼止められた。その声の主は目標を定めると一直線に魚雷の如く私に向かってきた。
シフォンピンクでフワフワの髪が私の視界に入ったと思ったら、みぞおち辺りに軽い衝撃と、腰に何かが絡まり着く感触を感じた。
「チョッ!リリィちゃん」
私は慌ててそれを解こうとしたがそれは案外ガッチリしていた。
「センパイ今日は離しませんよ」
そう言うとリリィちゃんは私の身体に思い切り頬擦りをした。
くすぐったいやらこそばゆいやら、不思議な感覚が私を襲う。
「やぁ、こんにちはリリィちゃん」
そんな事を知ってか知らずか?私のマネージャーさんはリリィちゃんに挨拶をする。
彼女は彼の存在に気付くと私に抱き着いたまま挨拶を返す。
「マネージャーさんこんにちは!」
照明弾の如く明るい返事の後に、男性の声がした。
「やぁ、どうもどうも」
その男性はリリィちゃんのマネージャーさんで私のマネージャーさんと似たような雰囲気を持つ。
彼は近づいてくると、彼女と私の状態を見て微笑ましい表情を作った。
「うちのリリィがどーも懐いてしまって」
「いいえ。同業に好かれるのも仕事の内ですから」
その後マネージャーさん達、二人は談笑を始めた。
その間にもリリィちゃんは私に取りついて離れる気配を見せない。しかし力づくという訳にもいかない。相手の肌にアザの一つでも付けようものならそれは大事だ。
なぜなら、リリィちゃんはいま絶賛売り込み中の人気モデルなのだから。
私流に言わせてもらえば、その存在は世界で一番コンパクトな二千馬力級エンジン。四式戦「疾風」に搭載されている「誉」のようなものだ。
なぜなら。私に比べて、というか彼女の身長は一般女性からしても低い部類に入る。これは見栄えを重要視するモデルにとってかなりの痛手だ。身長が高ければそれに比例して手足も長くなる。それが結果として何かを着たときに格好良く見える。というわけだが、彼女にはそれが無い。
だがその無い物を逆手に取り、尚且つ見栄えのする着こなしは通常のモデルとしての着こなしとは一線を画し、読者に近い目線という事でそのセンスは世を席巻した。
彼女は新進気鋭のファッションモデルでもあるのだ。
そんなモデル業界の最先端を突っ走る彼女に、私みたいな人嫌いのデクノボーが懐かれた理由がサッパリ解らない。




