③
さて、我々三人が腹を満たす間に少し時計の針を戻そう。
場所は「J&J」の編集部が入るビルの会議室。
私とマネージャーさんはそこにいた。
会議室と言っても何がある訳ではない。長い机がコの字型に組まれて、ホワイトボードがあり、それなりの数のパイプ椅子。広さはそのコの字型に組まれた机の後ろを人が一人通れる位だ。
「今日はフッティングの予定ですよね」
ガランとした室内を見ると私は呟いた。
「そのはずですが…」
と、マネージャーさんは改めてスケジュール帳を見直す。
「確認とりますね」
と彼が言った瞬間に廊下の方からガヤガヤとした声が聞こえてきた。
私とマネージャーさんはそちらの方に視線を向けると私達のいる部屋のドアが勢いよく開いた。
「お待たせ~」
久我山編集長の飛びぬけて明るい声に人懐っこい笑顔が私の目に入った。
彼女は肩にかけた重たそうなバックを机の上にズドンと置くと「ふうっ」と言いながら額に薄っすら滲んだ汗を手の甲で拭った。
少々呆気にとられる私とマネージャーさん。
「さぁドンドン運んで」
そんな私達を尻目に似たようなバックがズドン、ズドンと机の上に置かれていく。
それが一段落つくと、次に運ばれて来たのはハンガーラックの軍団だ。ガラガラと車輪の音を響かせながら部屋に入ってくる。
会議室はあっという間にクリーニング屋さんのように服で埋め尽くされた。
「はぁ~」
四方八方を服で埋め尽くされた圧倒的なその光景に私は気の抜けた声を出してしまった。
普通、ここまでの量は中々ない。大概一つ二つにブランドに絞ってそれを中心にコーディネートを煮詰めていく。
そう、フッティングという作業は実際に目で見てその見栄えと着こなしを確認する作業だ。
実際に撮影の段階であれやこれやとやっていては時間がいくらあっても足りないので、撮影の前段階としてこういった摺合せのような作業をする。
「リタちゃん」
久我山編集長の呼び声に私は
「はい?」
と、つい間の抜けた声で返事をしてしまった。
「今月号のテーマはワイルドよ!」
「ぶっ!」
私は思わず吹いてしまった。いや別に久我山編集長が言っていることが可笑しいとかでは無い。
なんと言うか、久我山編集長とその「ワイルド」という単語が結びつかないのだ。
なんとゆーか、そう言った野趣溢れる言葉はもうちょっと尖がったファッション雑誌が使うような気がしてならないからだ。
「J&J」の読者層は何となくだが、当たり障りの無い、こう万人受けしそうなコーディネートが多いような…。
精々、ビターだとか、クールだとかちょっと落ち着いた中にも遊び心を匂わせる感じ。
俗に言う普段着の着回しとか、職場でも大丈夫そうな装い。学生ほどはっちゃけてもなく、社会人程落ち着いてもない。そんな層に向けて発信してるのでは…。
なかったのか!?
しかし、私のどうでもいい推測に構うことなく、久我山編集長は頭陀袋と見紛うばかりの黒いバックのジッパーを勢いよく開けた。
この黒いバック。よく見ると折り畳みの自転車くらいなら入りそうに巨大だ。
そして彼女が取り出した服の模様を見て私はその目を疑った。
それはなんと森林迷彩のカーゴパンツだったからだ!
ワイルド=迷彩
なんと安直な…。
いや、てーかその迷彩柄は一体いつの時代のものだろうか…。そもそも、緑、茶、黒の三色でどれだけの迷彩効果が得られるのだろうか?
いや、いまの時期にその柄でいいのか?そして主戦場は?いやいやいや、それより…。
どこの軍隊で採用される代物だ!!
「貴様ッ!官姓名を名乗れ!」
と、怒鳴りたくなる位にミリタリーマニアのいけない勘繰りが始ってしまった。
大体、私は街中で見るミリタリーファッションというものがどうも納得がいかない。
第一に、なんで森林迷彩を都市部で着なければけないのだろう。
都市なら都市迷彩というものがあるし、対テロリスト部隊が着用しているウェアだってあろう。
中には洋上迷彩を都市部で着用しているトンチンカンな者もいる始末。
そもそも「迷彩」というものは第一次世界大戦の頃に意識され始めた。
それまでの軍服は敵味方の区別や自分の功績をアピールする為に派手なものが多かった。
時代は違うが日本の戦国武将の兜に派手な飾りがあるのはその為だ。
しかし、射程距離の伸びた火器類からしてみれば派手な軍服は狙い撃つには格好の標的となり、尚且つ士官をやられてしまえばその部隊は指揮命令系統を一気に失ってしまい部隊は統制を失ってしまう。
そういことから軍服は戦場に合わせた色合いへと変化してゆく。
そう、軍事というものはそれなりの訳があってそういう事になっている事が多い。