②
「んぁ、隊長?」
「なんかうなされながらグラマンがどーとか言ってるダヨ」
「んぁ~。ちっとやり過ぎたかぁ~」
「カネコさん。赤色灯見ると無条件で振り切るからな~」
「んぁ。何か昔の癖が抜けないんヨ~」
何かブツブツ言う声が私の耳に入る。
「ハッ!」
思わず何かに弾かれるように私は身体を起こした。
「んぁっ。どーよ隊長」
シートから私は辺りを見渡し、既に車を降りているカネコさんと小川さんを発見した。
彼らはドア越しに私の顔を覗き込む。
「あやうく、マリアナ沖でグラマンに撃墜されそうになったわよ」
頭を抱えながら私はフラフラと車を降りた。
「それは災難だったナ」
「んぁ」
「ったく?あんた達…」
私が降り立ったのはどこかのコインパーキングだった。
「んで、カネコさん。この車に追いすがる敵機はどうなったの?」
「んぁ?」
彼はニタリと笑うだけで何も言わなかった。
「そ。」
私はこれ以上は聞くまいと思いその場でとりあえず背伸びをした。
「さーて行きますカ」
小川さんが何か持ってましたとばかりに口を開いた。
「その前に」
「んぁ」
「おっとそうダッタ」
私達三人は顔を見合わせると何か申し合わせた様に同じ方向に行き足を向けた。
コインパーキングのある裏路地を抜け出るとそこには如何にも東京といった景色が広がる。
右手に総武線の高架。その向こうに東京ドーム。そして更に奥にはラクーアの観覧車とジェットコースター。住所的には飯田橋なのだが後楽園と言ったほうが通りのよい場所。
それに背を向けると一転して立ち並ぶ雑居ビルと数々の飲食店やら店舗が目に入る。その雑居ビルがる雑多な雰囲気を出している所が神保町で、その雑居ビル群の向こうには霞掛かっているが、高層ビルが建ち並ぶのが目に入る。
私達のいる神保町に大手町は隣接している。高層ビルは大手町のものだ。
「腹が減っては戦はできぬ」
私はそう言うと水道橋の巨大な交差点に背を向け神保町の交差点へと歩き始めた。
私達のいる町、神保町は本屋街としても有名だがもう一つとある食べ物でも有名なのだ。それは
「カレー」
実は神保町はカレーの町としても有名であり様々な店が軒を連ねる。
書店の路地に時折漂うスパイシーなカレーの香りが、食欲と購買欲を煽る。
私達はしばらく大通りを歩くと再び裏路地に入った。
ただでさえ雑多なイメージのある神保町の裏路地は、何か見てはいけないものを見ている気がしてならない。
まぁ、小さい店舗が寄り合っている為、裏路地なんてそれらの店舗の巨大なバックヤードみたいなものだ。小休止をしたり、ご近所のお店と雑談に興じたり。表とは違った一面を垣間見ることができる。
それに、私はこの雰囲気は嫌いではない。
緊張と緩和。
職場という戦場で束の間の休息を味わう兵士のようにも見えなくはないからだ。
我々はまるで第一次世界大戦の頃のような塹壕を掻き分けるように神保町の裏通りを進む。
そしてその塹壕という名の裏通りに補給所の如く佇む店舗に向かった。
一見すると店というよりかは問屋っぽい雰囲気を醸し出しているが、その店前から漂うスパイシーな香りと、申し訳程度に出されている蛍光灯の灯していない看板がここが何の店だかを示している。屋号は
「カレーハウス・まんけん」
店名のセンスはさておき、我々一個小隊にも及ばない三人は引き戸になっているドアを開けた。
カランコロ~ンとチャイム代わりになる柔らかいカウベルの音色が少し騒がしい店内に響く。
「らっしゃーい」
と威勢のないというか、覇気のないというか、緩い主人の声がその音色の余韻に重なる。