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ワタクシ。Ritaであります!  作者: リノキ ユキガヒ
第三章「仕事人リタ」
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「リタさん半身浴される時どうやって時間つぶしてます?」

 何気ないメイクさんの一言だった。

「ん~。本読んだりかな~」

 鏡台に座る私は深く考えずそう答えた。

「私も半身浴始めたんですけど、時間を中々潰せなくて直ぐ上がっちゃうんですよ~」

「アハハ。そうね初めのうちはどうやって時間潰すか悩むね」

「そーなんですよー。私読書とか苦手で~」

「漫画とかは?」

「アレって案外時間潰れないんですよ~」

「あー。確かに、漫画なんて単行本だと三十分位で読み終わっちゃうから、半身浴するたびに一冊用意しないといけなくなっちゃうね~。

「そうなんですよ~。そうなるとお金かかちゃうし」

「小説とかは?」

「難しい漢字出てきそうで、ちょっと手が出しづらいです」

「成程ね~」

 ここまでは他愛ない雑談だった。

「リタさんどんな本を読まれてます?」

「え?」

 この質問に私は半身浴の時間潰しに「読書」と答えた事に猛烈に後悔した。

 そう、読書と答えずに適当にネット閲覧とでも言っておけば答えのバリエーションは幾らでもあったのだが、読書ともなればその本の内容いかんによっては私の隠さなければいけない趣味が露呈してしまう恐れがある。

 適当にベストセラーのタイトルを言って逃げる手もあるが、もし本人が読んでいたり、あとで購入して私と言ってる事に相違があれば彼女は私に対して不信感を抱きかねない。

 職場においてのコミュニケーションの失敗は今後の仕事において支障をきたす場合があるので、答えは慎重にしなければならない。

 私の頭は猛烈な勢いで回転を始める。それはまるで戦艦が敵艦を狙い撃つ際にする弾道計算のように複雑で難解な計算だ。

 自艦、敵艦の速度は言うに及ばず、艦の動揺、気象条件、砲齢、地球の自転までもその計算には含まれる。

 私の頭の中に諸元が入力される。昨晩、半身浴の際に時間潰しで読んだ本は


「戦争の経済学」


  だ。

 誉れ高い戦艦大和の九八式方位盤照準装置の巨大なアナログコンピューターの歯車が噛み合うかの如く答えを求めていくが、入力されたデーターがあまりにも不利すぎる。正直に答えてしまえば趣味全開になりかねない。

 これがせめて読書と言わず、雑誌とかにしておけば適当にファッション雑誌の名前でも上げてお茶を濁せたはずなのに。自分の戦略眼の無さを恨んだ。


「えっ…と…。経済関連の本かな?」


 正直苦し紛れだが、第一射ともいうべく一言を放った。

「えー!そんな難しい本読んでいるんですかー!」

 彼女は私の答えに感嘆の声をあげる。なぜかその瞳は輝いていて私に羨望の眼差しを向ける。

 しまった。逆に好奇心を煽る結果になった。

 内心「何をしとるか!」と自分に叱咤を飛ばす。

 探的弾は夾差どころか随分手前か、もはや明後日の方向に飛んでいった。

 私の頭は再び回転する。次に命中弾ともいえる解答を導き出さなければ私の心のバイタルパートが撃ち抜かれてしまう。

 六十糎以上ある大和の主砲防盾と違い、私のバイタルパートは缶ジュースの容器のようにペラペラでヘコヘコだ。

「最近流行りの仮想通貨とかですか?」

 私が答えるより先に彼女は更に質問を重ねた。

 この装填速度の差は如何ともしがたい。

 しかも私が全く持って興味のない現代の経済事情だ。

 これが昭和十五年から二十年の間なら幾らでも答えてあげられるのだが「ブロックなんたら」や「ビットうんたら」についての知識は一ミリも持ち合わせてはいない。

 ましてやここで「軍票」なんて言葉を出そうものならわが艦隊は全滅の憂いに合うも当然だ。

 この状況はまるで戦艦大和が現代にタイムスリップして、最新の空母打撃群に補足されているようなものだ。

 いかに戦艦大和が史上最強の主砲を持っていようが、分厚い装甲で艦体が覆われていようが、現代兵器の超音速で飛翔してくる対艦ミサイルや戦闘機などに太刀打ちなどできようものか!

 いや、待て。

 確かに大和の対空兵装は現代において通用する代物ではない。

 だがしかしだ!

 主砲防盾650粍。主砲天蓋270粍、舷側上部410粍もある。一見ひ弱そうに見える艦橋もその装甲は所によっては500粍の装甲が施されているのだ!

 現代のミサイルでそれらは貫通できるのか?少々疑問である。

 が、しかし今はそのような事に思考を割いてる場合じゃない!

 今現在、即答できる私の経済的な知識は


「戦艦大和は当時の国家予算の三パーセントを投じて作られた。それはGDP換算で約一パーセントという巨大な国家プロジェクトだった」


 位だ。

 しかし、ここでアワくって適当な相槌を打つとあとでどう響くか解らない。やはり答えは慎重にしなければ。

「あー」

 私は重い口を開いた。四十六糎の主砲弾で針の穴を通そうという無茶な試み。

 頼みの綱は主砲の引き金を握る村井特務大尉の腕にかかっている。

 艦橋に立つ私の首筋に一筋の汗が流れる。両手に握られた双眼鏡グラスに思わず力が入る。

「そんな専門的な本じゃないよ。どーすれば貯金が増えるか?ってーの」

 引きつる私の口角より放たれた主砲。飛翔する言葉という弾丸。それは果たして彼女にどのような反応をもたらすのか?

「弾チャー…ク」私の頭の中で観測員がその行く末を追う。

 少しキョトンとした彼女の表情。

 いかん!明らかに何か考えてる感じだ。私は更なる追撃に備えて次弾の装填を急いだ。

「イマッ!!」

 その決断と同時に観測員が弾着イマの声を張り上げる。


  「そんなー!リタさん貯金気にするほど安月給じゃないですよね~」


  「え?」

 言葉はアレだが彼女の表情から霞掛かっていた疑念の表情が消えた。

 しめた!思いもかけず命中弾を得た感触だ。

 濃霧の中。奇跡的に電探のスコープに浮かび上がる敵艦の波形の如くそこに活路を見出した。

 この話題なら乗り切れるか!?

 なるか「奇跡のキスカ」

 まぁキスカはアメリカ軍のレーダーが原因不明の不調から成功した撤退戦だが…。

 そうだ!

 なんたる事。今現在強いられている状況は敵と打ち合うことではない!

 私とした事が状況を見誤る所だった。ようはこの場から立ち去る事ができればよいのだ!

 なにも相手の間合いで撃ち合う事はないのだ。

 ジャングル戦においてわざわざ敵の基地にノコノコと出向くような事。

 機関銃で固められた陣地に槓桿式の小銃で突撃しているのと変わらないじゃないか。

 ここは陽が暮れるのを持って…。

 

 ってアホか!


  メイクアップの最中に「陽が暮れるまで待つ」って発想はないだろう。

 状況!

 相手は塹壕ないしはトーチカにてM2重機関銃を構えてわが軍の行く手を遮っている。

 これを突破せよ!

 いやいやいや。突破ではないし相手は別に立て籠もってはいない。どちらかと言えば不意の遭遇戦。

 しかし相手には火器的アドバンテージがあると見たほうがいい。恐らくはトンプソン機関単銃かM1ガーランド半自動小銃。手榴弾も何発かあるだろうとみるのが妥当だ。

 しかしわが方は三八式歩兵銃(サンパチ)のみ。弾丸も今、弾倉に装填されている六発。予備は無し。遊底を引いて薬室に弾丸を入れる事自体躊躇しかねない。


 圧倒的不利


 敵に背を向ければ蜂の巣は間違いない。

 かくなるうえは。着剣…

 おいおい、不意の遭遇戦にそんな暇はないだろう。

 ではどうしろと!!

 えーいままよ!

「何だかんだ使っちゃうのよ~」

 なんだそりゃ!?こんな解答はガク引きじゃないか!?私の肩に思い切り銃床がブチ当たる。

 誉れ高き三八式歩兵銃。またの名を「アリサカ」。その命中精度は未だに衰えを知らず海外の射撃大会で優勝を勝ち取る程だ。

 しかしそんな名銃も扱う人間がポンコツなら只の鉄の棒と木の塊だ。

 相手の放つ言葉如何によっては私は成す術を無くしてしまう。


  「リタさんそんなにお金使うって何ですか?趣味とかですか?」


  ついに来たーッ!!私が最も恐れる質問!潜水艦で言う所の駆逐艦!!一番相手にしたくない敵だ。

 頭の中で

「アッラーーーーーム!!」

 の叫び声が上がる。艦内に響き渡る急速潜行のベル。タンクから放たれる圧縮空気の排気音。艦体は艦首に向けて大きく傾く。ダウントリム一杯の潜行角度。恐怖で歪む乗員の表情。海中に放たれるアスデックの探信音波。

 逃げれるものなら逃げたいがそれは許されない。

 ザブン、ザブンと水測手のレシーバーに響く爆雷の不気味な音。

 シャラシャラと近づく駆逐艦のスクリュー音が艦内の空気を濁す。

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