①
カメラのストロボが瞬く。
それに合わせて私は格好を変えていく。
まるで光る物に反応する玩具の様に。
笑った表情は作るものの心の中は至って冷めている。
何の事は無い。これが私なのだから。今している事が別に楽しいなんて一度も思った事はない。
条件反射。そんな言葉が頭に浮かんだが何というか?ここまで来たらそれは脊髄反射の領域まで来ているような気がする。
つまり息をするとか、歩くとか、眠るとか、とにかく私の脳ミソを経由する事無く、瞬く光に合わせてセンサーに反応する機械の様に無機質に淡々と自分の表情や体躯を変化させる。
しかもそれが仕事になるってんだから、世の中解らない。
身長170センチ超の私の身体は何やら見栄えがするらしい。
まぁ、男なら身長が有るに越した事はないが私は生物の分類学上、女となっている。
この身長で得をしたのは精々、古本屋に有る高い棚の書物が取り易い事位だ。
それこそ、中学生の頃はとりわけどの生徒よりも頭一つ出ていて悪目立ちして仕方なかった。
しかも、目立ちたくなかったから自然と猫背に。オマケにネットやスマホのせいで近眼になってしまって眼鏡は必須になってしまった。
その甲斐あってか?遂に視力は0.1を切る大台を突破してしまった。あの視力検査のボードが全く役に立たない始末。
私の視力では白いぼんやりした板に黒い点が散りばめられてる程度だ。
なので0.1のカードを持った看護師の方が私に向かって近づいてくるという方法で視力を測定する。
そのせいで正直いい年こいて運転免許証どころか、原付バイクの免許も持ってやしない。私を証明してくれる公的な書類は国民健康保険の保険証だけだ。
まぁ、もっけの幸い、今の仕事のお陰で普通に務め人になるよりかはよい稼ぎを貰えているのでそういった事で苦労を感じた事は無い。
しかし、それが幸せかどうかは別にしてだが…。
それでも確定申告の時期が来ると一端に憂鬱な気分になるから私にも普通の感覚があるのだろうという気になる。
日本国民としての義務を果たさなければならないのは解るが、あの凄まじくボッたくられた感じは何とかならないのだろうか?
善からぬ言葉が頭をよぎるがまぁ、そこまで守銭奴に徹する気にはなれない。
はぁ、相変わらず中途半端な思考。
でも仕方ない。これが私なのだから…。税理士さんのボヤキが聞こえてきそう。
こんなに後ろ向きな私を見て一体なにが楽しいのだろうか?
本当に理解に苦しむ。もっと若くて綺麗でハツラツと人なんて世の中にごマンといるだろうに。
その人ではダメなのか?
世の中プロとアマの境界線が曖昧になりつつあるのに、それでも私でなければならない理由は何なのだろう?
ものいっそのこと…。
いやそれは流石に気が引ける。私個人では済まない事が多すぎる。
しかも残念な事にそれを否定する材料がない事も確かなのだ。
私が表紙になれば雑誌の部数が伸びただとか。
私が着たものの発注量が増えたとか。
果ては自分が食べて美味しいと言った物がコンビニの棚から消えたとか。
自分がやる事なす事が世間から注目を浴びるなんで思いもよらなかった。
自分を否定すればする程に世の中は私と言うモノの動向を伺う。
でもそれは私の意志で行っているモノじゃない。
色々な人や企業の思惑で行われているのが大多数だ。
私自身は何も生み出さない。只の人間であり、何も主張はしない。
淡々と人から言われた事を行っていたらこう成ってしまったのだ。
偶然にも今のこの状況は望んだものではなく、世間が作り出したものなのだ。
「はいオッケーでーす!」
カメラマンさんの声で思わずハッと我に帰る。
まただ…。仕事中に白昼夢みたいな感じ。私が半人前だからだろうか?それともただ単に仕事に集中できてないからだろうか?
あるいは…。いや、そんな事は考えたくはないが、この仕事が案外水に合っているからだろうか?そこからくる余裕なのか?
とにかくこの癖のような感覚は撮影の時によく起こる。
「ありがとうございまーす!」
そんな思いを一旦振り切る様に声を張り上げた。スタジオ内に私の声が響く。「お疲れ様でーす」という声があちらこちらからポツポツと湧いてきた。
この瞬間なんだかホッとする。訳は解らない。只自分の手から離れた己がこの時だけ戻って来たような気がするからだ。
その証拠に気張っていた背筋から力が抜けていく。骨盤と背骨の付け根に掛かっていた力が何か解き放たれる感じ。なんと言えばいいのか?任務から解かれた将兵もこんな感じなのだろうか?心が軽くなる感じ。
そのような軽やかな足取りで私はスタジオの扉をくぐるとメイクルームへと趣いた。
そこには私の帰りを待っていたメイクさんやスタイリストさんがおり、身の回り世話をしてくれる。
促されるままに鏡台に着き彼女たちのほどきを受ける。
ヘアスプレーでガチガチに固められた頭は洗い落とされ、撮影用のギトギトのメイクは瞬く間に落とされていく。
タオルドライが終わる頃には一皮剥けたように化けの皮が剥がれた私が鏡台の前に現れる。
「ふぅ~」という溜息と共に現れる私自身。
何の変哲もないこの顔に世間は一体何の魅力を感じているのだろうか?不思議でならない。
「お肌綺麗ですね」
メイクさんの声と共に彼女の顔が私の眼前に現れた。私は内心ギョッとしたが、そこは平静を装い。
「そう?」
と、正直そっけない返事をした。
「えーそうですよー。だって普通のモデルさんならスッピンの肌なんてボロボロですよ。撮影が終わってもフルメイクで帰るモデルさんもいるくらいですもん。この間も…」
彼女の愚痴の様な告口はこの後も続いたが、ブローの最中のドライヤーがそれを程よく掻き消してくれたので私の耳にはそれはさほど入っては来なかった。
てかナゼ私にそんな事を言う。
貴方と私の間にどれ程の信用があるか解らないのに…。
それとも私が人畜無害そうな面構えだからか?
「はい、お疲れ様です」
メイクさんはそう言うと私の肩に掛かっているタオルを取った。
私は鏡台の椅子から立ち上がると一旦背伸びをした。
「リタさんの私服のセンス、シンプルでいいですね」
その間隙を縫って現れたのがスタイリストの女性だ。
私より明らかに年上っぽい彼女はお姉さんのような雰囲気を醸し出しながら私の私服が掛かったハンガーをズイと出してきた。
「え、そ、そうですか?」
私はそれを受け取る前に、借り物の衣装のボタンに手をかけた。
これから着替える訳だ。肌は露になる。更衣室みたいな所もあるけど正直そこまでいくのが面倒くさいので私はその場大概着替えてしまう。まあ、女性しかいない訳だしノック無しでこの部屋に入ってくる無作法者はこの現場には皆無だ
それにファッション業界は女性が多い職場なのでこんな事は日常茶飯事。
「そのような事で戦ができるか!」
と、どこぞの時代錯誤な将官の怒号よろしく私はパッパッと服を脱いでいく。その時に何故か感じる熱い視線。
私はふとスタイリストさんの顔に視線を向けた。
彼女はそれに気付きハッとすると途端にうつむいた。
「あ、あのそのプロポーションを保つ秘訣はなんですか!?」
と、矢継ぎ早に質問を飛ばしてきた。
私の履きかけたパンツの手が一瞬止まり「へ!?」と気の抜けた返事をした。
「そ、そうですよね。モデルさんにそんな事聞くのって失礼ですよね!」
そう言うと彼女は顔を赤くしてメイクルームを飛び出した。
後に残されたのは間抜けな格好をした私が残るだけだった。