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死神が天使になった瞬間(とき)

作者: 望月 優響

またまた書いてしまった短編小説です^^;

最後まで読んで頂けると嬉しいです!

それでは、小さな死神と少年の小さな物語をどうぞ!

 その日、死神は退屈をしていた。


 いや、その日に限ることではなかった。年中毎日のように、事があれば、死者の魂を天に導く、そんな仕事に幼い死神はうんざりしていた。


 夜中から朝まで、自分の領域(テリトリー)で死を迎える者がいれば、その間際にその者の前に現われ、魂を天へ運ぶ。しかし彼女にとって、それは単純作業に過ぎず、父上から言われた指示を、へぇ、へぇ、と空の返事をし、(こな)すだけのものであった。


 死神用語で、これを狩りと呼ぶ。

 断っておくが、生けるものの魂を見境なく狩ることは、知性を持った人間の勝手な想像だ。そんな残酷なことはしない。そんなことをしてしまえば、報酬目当てに死神たちはこの世の全ての生命を奪いつくしてしまうだろう。そうすれば、あの忌々しい天使たちの指導者に滅ぼされてしまうことは間違いない。だからこそ、規律をしっかり守らねば。これだけは心の奥に固くピンでとめていた。


 死を迎えるもののみ。しかも私の場合人間に限る。仕事を任された頃は、(あふ)れんばかりの元気を狩りに費やしたものだが、同じことが何度も続くと、飽きがくる。もうあの頃のようなやる気の入っていた瓶は既にからっぽだ。


「あー、暇」


 辺りを一望できる、この辺では一番の大樹の枝に乗っていた、死神は一つ大きなあくびをした。


 第一、木や草しかないこんな平原に人はそんなに来ない。


 旅人が野獣どもに襲われ、死す時ぐらいにしか仕事はない。



 森を抜け伸びる大平原の果てを、何も見えていない目で、ぼーっと見ていると、死神の少女は、その気配に気が付いた。


 ピンと頭の中を電気が走るこの感覚。


 すぐに終わるだろうが、体を動かすには持って来いの機会だ。


 思わず喜びの笑みを浮かべると、ヒョイっと、少女は太い枝を飛び降り、地にふわりと着地した。


 さっきまで気が付かなかった。


 まさかこんな近くにいたとは。


 死を感じとるアンテナは、もう一人前だが、それになれてしまったのか、生についてのアンテナは(すこぶ)る鈍い。


 まぁ、そんなことはどうでもいいか。


 少女は、大木の幹に寄りかかり、力無く(うつむ)いている少年を見下ろした。

 見た目だけで言えば、同じくらいの歳頃だろうか。しかし下等な人間と実際年齢を同じと思われることは(しゃく)にさわった。その少年の年齢はおそらく10歳前後だろう。しかし私は人間でいうところの120歳に相当する。


 奇妙な優越感に浸り、少女はニヤリと不気味な笑みを浮かべると、少年に口を開いた。


「おい、お前」


 少年は、(うつ)ろな目を開き、首をゆっくりと上げる。

 もう随分(ずいぶん)と長く歩いてきたのだろうか。衣服はボロボロで、体のあちこちが赤く(にじ)んでいる。体はやせ細って、まさに満身創痍(まんしんそうい)という状態だった。


 少年は、目の前に現われた、黒い衣装に赤い髪の少女を見ると、乾いた瞳に輝きが戻り、目を見開いた。


「君は……?」


 少年が尋ねると、少女はこの手の質問に対しもはや定型となっていた言葉を返した。


「私は死神。お前に死を与える者だ」


 少年は口をポカンと開けていたが、すぐにその口を閉じ、うつむいた。



 いつもであれば、このまま天へ魂を導き仕事は終わった事であろう。

 しかし、この時少女は、その少年の奇妙な行動に眉を上げた。


「お前、なぜ微笑(わら)う?」


 死神だと聞けば、ある者は命乞いをし、ある者は悲しみ、ある者は絶望した表情を浮かべていた。


 少なくともこれまでの経験に例外はなく、皆がそのうちのどれかに当てはまっていた。私は、人が一番恐怖する存在。恐れ、震え、拒絶さえする、招かれざる客そのものであるはずだった。


 しかし、その少年は、良かったと言わんばかりの安らかな微笑(ほほえみ)を浮かべていた。


「お前、私が恐くないのか? お前はもう(じき)に死を迎えるのだぞ?」


 死神の少女は、初めて胸に渦巻いたその疑問を少年にぶつけるように言うと、少年はその表情のまま、静かに(うなず)いた。


「恐くないよ。ようやく……解放、されるんだなって思ってさ」


 乾ききった声。

 しかし、この者が死を迎えるまで、もう少し時間がある。


「どういうことだ? お前が死すまでの間、私にその理由を聞かせろ」


 今まで出会ったことのない、その珍しい少年に、少女は興味を持ち、仕事を終えるまでの間、少年の話を聞くことにした。



   *   *   *



 大木に寄りかかる少年の横にちょこんと座り、まじまじと少年の顔を横から見つめた。

 死神の少女を恐れているのか、いつもは襲い掛かって来る野獣どもは、木やら茂みの影に隠れ、その様子を(うかが)う様に、静かに周りから二人を見つめていた。きっと少年が死んだときに残される入れ物が目当てなのだろう。


 しかし、そんなことは、今はどうでもいい。死神の少女は、その少年が何を語るのか、それだけに目を輝かせていた。


「僕は生まれたときから、ずっと苦しみと痛みの連鎖を繰り返してきた」


 少年は、深くゆっくりと切らしたように息をしながら、ゆっくりと話を始めた。

 

 僕は、シエナというここからずっと南になる小さな国で生まれた。生まれたといっても、僕を人として歓迎してくれる人は誰一人として、きっといなかったと思う。


「というと?」

 少女が尋ねると、少年はゆっくりと悲し気に頷いた。


 僕は奴隷として生まれたんだ。

 

 奴隷。そういえば、私の知り合いにも大国を領域としている者がいるが、彼は毎日のように休みなく魂を狩っていると言っていた。きっとそれも奴隷たちのものであろう。少女は、少年から発せられた単語で、知り合いの顔を思い浮かべた。


 毎日、休みなく働いた。誰の為かは未だによく分からない。ご主人さまと呼ばれる人の為だったかもしれないし、あるいは領主さま、もしかしたら王様だったかもしれない。けど、それ以外やる事はなかった。やるしかなかった。やらないと、鞭が飛んでくるからね。


「ふーん」と少女は鼻で相槌(あいづち)をうった。


 その(から)返事のような相槌の内心、少女は少年と自身を比べていた。私自身、やる事は少年と変わらず一つしかない。ただ魂を狩る事、これのみだ。しかし、なぜだろうか。やる事は同じくそれ以外はないはずなのに、こんなにも少年の言葉が重々しく感じるのは。


 少女はそれが不思議でならなかったが、きっとそれは死神と人間の違いからくるものなのだろうと勝手に納得をし、もやもやした胸の霧を晴らした。


 僕は何年働き続けたかはよく覚えていない。自分が何歳なのかも、実は分かっていないんだ。


 少年は苦笑を少女に向けそう言うと、鼻で息をつき、再び話を続けた。


 ある時、僕の耳にも、石運びのおじさんから戦争の話が耳に入った。王様と隣の国の王様が喧嘩をして、大きな戦いになるかもしれないとご主人様が話していたのを耳にしたって。働きながら、町を歩いていた時、僕もいつもと様子が違うのに気が付いた。どこかざわざわしてて、落ち着きのない感じで、恐ろしい悪魔が風に乗って町をまわっているような、そんな感じ。


 そして、その嫌な噂は、とうとう当たってしまったんだ。



「イーラとシエナの戦争だな」


 少女が言うと、きっと少年は敵国の名前を知らなかったのだろう。聞きなれない言葉を聞いた時、死神の友達が浮かべていた、あの間抜けな表情をしたが、自国と戦争という言葉で、自分の話題の戦争の事だと理解したのか、「うん」と頷いた。


 その戦争は、死神の中でも大きな仕事だった。


 父上や大人の死神たちが一斉に駆り出され、多くの魂を狩ったという、あの出来事。そんな遠い話ではない。つい三か月くらい前の話だ。


 まだ子どもであった私は、この領域に(テリトリー)留守番させられたが、あの戦禍の赤黒い煙が、暗い夜の空を遠くで不気味に染めていた事は今でもはっきりと覚えている。


 同情はしなかった。


 人間とは愚かなものだ。せっかく与えられた生という時間を、あのようにして無駄にするとは、なんということか。しかし、死神である、生命を狩るだけの私たちには関係のないことか、と私は黙ってこの大樹の上からそれを見つめていた。


 この少年もあの夜、あそこにいたのか。


 僕は、炎の中、町の中を逃げ回った。空からは火の矢が飛び、鎧をきた怖い顔をした人達が、皆を刺していた。自分の住んでいた国だけど、国がどのくらいの広さで、どこがどこなのか分からなかったから、けどそれでも生きたくて、生きたくて、運良く国を出る事ができたんだ。


 僕はその時、初めて心から喜んだのを覚えているよ。やっと解放されたんだ。やっと自由になったんだって。だけど、それは違った。



 少年は、ふと遠くの空を見つめた。青々とした空に、雲が散りばめられたように遠くでゆらゆらと浮かんでいる。

 

 僕はこの平原を歩き続けた。どこか町はないか。どこか人はいないか。


 獣にも襲われそうになった。転んで怪我もした。


 けど、僕を救うものはなかった。


 そう、この辺りに町や村はない。大樹の頂きから見ても、緑色の世界がどこまでも広がるだけだ。

 それを知ってか知らずか、旅人たちがどこからか来るが、相当な準備と運がない限り、次の町に行く事はできない。


 しかし、どうしても少年にそれを告げる気にはなれなかった。

 哀れと思ったのだろうか。きっと少年は、あの夜に希望を抱き、この地を歩き続けたのだろう。

 しかし、その先が見渡す限りの無であることを伝えることはできなかった。


「そうか……」

 少年にかける言葉を見つけることができなかった死神の少女は、仕方なくそう言い、少年と同じ遠くの空を見つめた。

 

 君が今日、僕の前に現われた時、だから僕は喜んだんだ。この終わる事がない苦しみが、ようやく終わるんだって。

 君は、死神だろう?


 死神の少女は、少年に首を縦に軽く振る。

「生きたいとは、思わないのか?」

 

 少女が尋ねると、少年は首を横に振った。

「もう十分だ」

 今までの人生を思い返し、その思いを全て乗せたような、そんな言葉だった。



 こんな人間も、いるのだな。


 今まで、こんなふうに死を喜び迎える者は出会ったことがなかった。

 少女は、自覚はしていなかったが少年を哀れんでいたことは確かだった。しかし、その一方で、胸のどこかで安心した気持ちを感じていた。


 まだ幼い時のことだ。父上に黙り、人間の子どもに交じって遊んでいたことがある。


 その時の私は、自分が死神であることを誇りに思っていた。父上や周りの大人から、崇高な使命を持った存在と言い聞かされていたからだ。

 ある時、子ども達の間で、将来の話をしていた時だ。漁師、鍛冶職人、商人と皆両親を褒め讃え、その憧れを話した。私も同じだった。


 だが、その話をしたのは、今では間違いだったと思う。


 死神を敬う人間など、どこにも在りはしない。


 子ども達からは明るい表情は消え、まるで私を蔓延する病原菌のように恐れ、近づかなくなった。

 その時の深海に錘をつけられ沈むような気持ちは今でも覚えている。


 天使どもを憎む理由もそこにある。

 あいつらだって、死者を天へ導く仕事をしているじゃないか。

 なんで私達だけがこんな扱いを受けるのか。不公平そのものだ。


 死は歓迎される存在ではなく、人間に忌み嫌われる存在と思っていたからこそ、少年の言葉は少女の胸に温かく触れ、喜びに近い気持ちを少女に与えた。


「お前、変わりもンだな」


 少女は、その何ともいえない喜びを含み、その言葉を少年へ送った。

 少年も、声を漏らし、笑った。

 


   *   *   *



 いつしか辺りは暗くなり始め、空は黒のまじった茜色に染まっていた。少年と少女は、色々なことを語った。お互いの経験や体験、不平不満。しかし一番困ったのは、少年から名前を聞かれた時だ。


 そもそも私には名前がない。


 父上からは娘と呼ばれ、他の死神からは「赤髪」と呼ばれる。きっと名前はあるのだろうが、余りにも聞いたことがないので、今度父上に聞いてみる事にしよう。


「あるんだろうけど、分からない」と少女が言うと、少年も「奇遇だね。僕もそうなんだ」と微笑み答えた。

 お互いに、本当の名前を忘れてしまったどうしか。

 あまりのおかしさに、二人は思わず声をあげて笑ってしまった。

 

 しかし、時間と共に、少年が弱っていくのは、少女には手に取るように分かった。


 もうそろそろその時間がやってくるだろう。


「死んだ後の世界は、どんな世界なんだい?」

 少年がふと尋ねると、少女は困った表情を浮かべた。


 実は、少女自身にもそれが分からなかったからだ。天へ導く門を開くが、その先のことについては何があるのかは分からない。父上もきっとそれは知らないだろう。お偉いさんなら知っているかもしれないが、戒律では、それを知る事は余計な事とされ、そこに興味を持つ者すら少ないくらいだ。


「まぁ、ご想像にお任せするよ」


 少年に少しでも明るい気持ちを与えようと、選んだ言葉だった。


 少年も「じゃあ、楽しみにしておくよ」と優しく微笑んだ。


 少年の腕はもう、力無く地面についている。

 赤く燃える火の玉が、地平線の彼方から最後の光を放っていた。



 ここまでか――。



 少女は、ゆっくりと立ち上がり、腰を払うと、少年のほうを見た。

「そろそろ時間だ。悔いはないか?」


 少女が、紫に渦巻く冥界への門を開き、尋ねると、少年は「あぁ」と頷いた。


 少年は入れ物から体を起こし、立ち上がる。


「ありがとう」


「……何がだ?」

 今まで言われたことのない言葉に、少女が首をかしげると、少年は少女に優しく告げた。


「僕はこの世界で幸せなんてないと思っていた。だけど、それは違った。最後の最後にそれは僕の所にも忘れることなく訪れた」


「死ねることか?」

 少女がため息気味に息をつき苦笑をすると、少年は首を横に振り、少女に言った。


「ううん。僕は、生まれた時も独りだった。だから、きっと死ぬ時も独りだと思っていた。だけど、最後は君が僕を見送ってくれた。最後まで僕の側にいて、お話をしてくれた」


 少年が向けた、偽りのない、初めて見せた微笑(えがお)に、少女は口を少し開いたまま、それを見つめる。思わぬ言葉に、呆気を取られてしまったからだ。


「君は、死神なんて人に嫌われる嫌な存在だ、って言っていたね。だけど――」


 少年は、言葉を止め、もう一度、しっかりとそれを(つむ)いだ。


「だけど、僕はそうは思わない。君がいれば、どんな時でも、どんな人でも、最後を独りで迎える事はないからだ。見送る人が誰かいてくれる。これほど素敵なことは、僕はないと思うんだ。だから、僕は君に、ありがとうって、言ったんだ」


 少女は、黙るしかなかった。

 胸の底から熱い何かがこみ上げて来て、喉につっかえる。


 この気持ちは、どこか遠くで忘れてしまってきた気持ちだった。


「それじゃあ、行くよ。ありがとう、僕の天使さん」


 そう言うと、少年は渦巻く闇の奥に輝く白い光に向かって、歩いて行った。

 少年の姿が見えなくなり、門が消える様に閉じると、少女は、ようやくその口を閉じ、熱くなった瞼から、久々に流れたそれをそのままにして、気持ちを少年に向かって言った。


「ありがとう」

 

 それから長い月日(とき)が経ち、広大なイウヴァハラの大平原には、死神が住み着いているという伝説が旅人たちの間で語り継がれるようになった。

 赤い髪のその死神は、こう名乗るという。


 私は死神。次の世界へお前たちを見送る、天の使いだ、と。


最後まで読んで下さって本当にありがとうございます!

結構重たいテーマでしたが、いかがでしたでしょうか。

もし何か感じたものがございましたら、感想・評価等ぜひお願い致しますm(_ _)m

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