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第六章

続きです。よろしければ評価お願いします。

 おじいさんの家の近くでは、フクロウが鳴いている。あの後僕は、眠くなってきてすぐにソファで横になってしまった。ふと、目を覚ました僕は、真っ暗闇の中でもう一度眠りに落ちようと努力したが、中々それは難しかった。その内、ヘンリクに借りたお化けの本を思い出した。東洋の小さな国で書かれたそれは、首が異様に長いお化けや、天井に現れては汚れをなめ取るお化けなど、色々な怪奇を紹介していた。僕は身震いをして、窓に青白い顔が現れないか、天井は綺麗だろうかなどと心配し始めた。そうなるともう止まらない。僕は周りを怖がりながら見渡した。ヘンリクはいるだろうか。彼は、床で寝袋にくるまって、寝ていた。でも彼を起こす事は、はばかられた。寝ている所を起こされたら怒るだろうし、もし、もしもこちらを見た彼の顔が、綺麗さっぱりなくなっていたら!そう思うと、僕は何もできず、ただ目をつぶって耐えるしかなかった。

「オットー、起きているか」

ヘンリクの声が聞こえたので、僕はびくりと体を反応させた。

「君に一つ、聞きたい事があるんだ」

「なあに」

「君はどうして、僕を置いて行ってしまったんだ?」

僕は困惑した。僕を置いて行ったのは、ヘンリクの方じゃないか? そんなばかげた冗談を、彼はするはずがなかったから僕は少し不機嫌になった。

「何を馬鹿な事を言っているんだ? 置いて行ったのは君の方だろう。僕はずっとうずくまっていたんだから」

「それは本当かい」

ヘンリクの声もなんだか混乱しているようだった。ヘンリクは、

「いや、僕も何だかおかしいと思っていたんだ。急に君が後ろの方から僕を抜かして行って、声をかけても何も答えてくれなくてさ。どんどん先に行くもんだから僕も焦って、追いかけて行ったんだけど、君にしては歩くスピードが早いなぁと思ったんだ」

「? 僕はずっとうずくまっていたって言ったじゃないか……」

「うん、考えてみればおかしいよな。途中で急に姿が見えなくなってさ。ひょっとしてあれは、君じゃなかったのではないかと思っていた所さ」

僕は訳が分からず、「ふーん」と言って寝返りをうった。そしてやっと眠くなってきたので、そのまま眠気に任せる事にした。


 夢の中で僕は、家の近くの時計屋に来ていた。今日は、ヨハン兄さんの誕生日だった。そのプレゼントに、お母さんは兄さんが前から欲しがっていた懐中時計を買ってくれるという事だった。

 僕は兄さんの後ろについて、時計を眺めていた。色々なギミックがついている時計や、時間がずれないのが売りの時計など、様々な時計が所狭しと並べられていて、そのどれもが輝いていた。ヨハン兄さんは注意深く、時計を一つずつ品定めしていたが、やがて一つの時計の前で止まった。

「これがいいよ」

兄さんはまるで、たくさんの石ころの中から宝石を見つけたように、その時計を一発で気に入ったようだった。一度それが好きになると、兄さんはもう他のものは目に入らないらしかった。

「うん、これが一番、気に入った。これが欲しい」

僕は一生懸命踵を浮かせて、台の上にあるそれを見ようとした。それは、鈍い光を放った、ずっしりと重そうなやや古いタイプの懐中時計だった。他にも新しくてかっこいい時計は色々あるのに、なぜそんな古そうなものを選んだのだろうと僕は思った。

「お客様、お目が高い。この時計は、価格こそ劣るものの、一級品ですよ」

「何故?」

「この時計は歴史を持っているのです。かのドレーク伯爵の一家の兄弟が、かつてオーダーメイドしたものでね。当時としては革新的な、機構を持った時計だったのです。作られたのはもう100年以上前になりますが、未だに現役で時を刻んでいます」

「へえ、それは面白い」

「当時のフランスは戦時中で、ドレーク一家もそれにより離散したのですが、この時計を持った兄が後に実業家として成功した弟に会いに行く時、この時計を印に本人だと証明した逸話があります。二人の時計を見合わせた際、時計は二つとも全く同じ時を刻んでいたとか」

「尚更、気に入ったよ。お母さん、これが良い」

僕は、その話を聞いていて、いけない感情が芽生えてきた。すなわち、その時計をいつか僕のものにできないだろうかというものだ。僕は直ちにその思いを振り払った。そして兄さんにその思いがばれていやしないだろうかと、心配になった。

 まさか、本当に僕のものになるとは、その時の自分には分からなかったんだ。


 再び目を開けると、もう昨日の夜の不気味さはどこへやら、鳥たちがさえずり、柔らかな日差しが窓から斜めに床に落ちていた。

 僕は起き上がると、体中がぎとぎとな事に気づき、体を洗いたくなった。この家にシャワーがあったら、貸してもらおうと思った。思えば家を出てから今日まで、シャワーを浴びていない。

「お早う、オットー」

ヘンリクは例のごとく、日記帳を書いているようだった。僕が今度は勇気を出して、

「ごめん、それ、見せてもらって良いかな」

と言うと、ヘンリクは下を向いて、

「そりゃ駄目だよ」

と言った。僕は残念な気持ちを抑えて、ヘンリクに話しかけた。

「僕たち、一昨日から体を洗ってないよね。シャワーが欲しいなぁ」

「うん、貸してもらえるかな」

そこにおじいさんが入ってきた。

「お早う、君たち。よく眠れたかね」

「おじいさん。僕たち、シャワーを浴びたいのです。申し訳ないのですがここにシャワーはありますか」

「そんなものはないよ」

おじいさんがそう言ったので、僕は内心、心底がっかりした。

「そうですか……」

「そのかわり、水ならいくらでも出る、井戸があるがな。お湯は出ないが、贅沢もいってられんだろう?」

「ありがとうございます」

ヘンリクがそう言うので僕も仕方なしに頭を下げた。


 家の裏手に回ると、四方を垣根に囲まれた庭があり、家の手前には、石畳と花壇が備え付けられ、そこから飛び石を渡って庭を横切った所に、水をくみ上げる装置があった。そこにはバケツと、じょうろが置かれていた。僕たちは服を脱いで、装置のレバーを一生懸命動かした。しばらくするとレバーが重くなり、ごぼごぼと言う音がすると水が一気に大量に吹き出した。それは僕たちの膝から下にかかった。

「冷たい!」

当然、まだ雪が残る気候で汲み上げる自然水は、氷のように冷たい。痛みすら感じるほどだ。僕は全身が震えだした。風が僕の体温を容赦なく奪っていく。

「さっさと済ませようぜ」

ヘンリクはバケツに水をため始め、水がいっぱいになるとそれを頭からかぶった。

「うひゃあ」

ヘンリクは体を振って水気を飛ばした。それからタオルで、体をこすり始めた。

「何をやってるんだ? さっさとしないと凍死するぞ」

ヘンリクに促され、僕も思いきってバケツの水を肩からかけた。

「ひえー」

水は針が刺すような痛みをお腹に伝え、僕は思わず大きなくしゃみをした。するとヘンリクは、余計に僕の頭に冷水をかけてきた。

「何をするんだ!」

「頭が濡れてないだろ」

「おや、君だって」

そう言って今度は僕がヘンリクの体に水をぶっかけた。

僕たちはふざけあいながら体を拭くと、急いで服を着て部屋の中へ戻った。


「へーくしょい」

ヘンリクの唇は紫色になっており、僕は部屋の暖かさに思わず笑みを零した。おじいさんは僕たちのために暖炉に火をつけてくれていた。

それから、僕たちはおじいさんの作った朝食を食べた。今日の食卓にはコーヒーは出なかったので、僕は幾分ほっとした。ヘンリクとおじいさんは、この辺の地域について話し合っていたけれど、僕はあまりその事を知らないので、黙っていた。

「それじゃあ」

そう言って、ヘンリクは口の周りをナプキンで拭いた後、

「僕たちは、そろそろ出発しようと思います。いいよな、オットー」

「あ、うん。おじいさん、本当にこの一日、僕たちの面倒を見てくれてありがとうございました」

「うん、こちらも久しぶりに会話が出来て楽しかったよ。もう、あとしばらくの間は人に会わなくても良いかな」

おじいさんはそう言って笑った。

「それじゃあ、ヘンリク君、そして、オットー君……」

おじいさんは僕たち一人ずつに視線を配って、それから、大げさに咳をした。

「元気でな」


「おじいさん、僕は昨日、あなたの息子さんに会いました」

ヘンリクが出し抜けにそういうもんだから、僕は口に含んでいた水を吹き出しそうになった。

「何だって?」

「いえ、正しくは、あなたの息子さんの亡霊、と言った方が正しいのかもしれません」

そう言うヘンリクの顔を急いで僕は覗いたけれど、彼は冗談を言っている風には見えなかった。

「それは、どういう事だね?私の息子の姿を、見たというのか」

「いえ、正しくはオットーの姿です。でもそれはオットー君ではありませんでした」

ヘンリクは大きく息を吸い込んで続けた。

「僕はその姿をオットーだと思い込んで、追いかけました。でも、いつの間にか、消えてしまった。そしてその時、本物のオットー君は座り込んでいたのです。そしてオットーと再会した後、あなたの息子さんがオットーにそっくりだったという話を聞きました。それから僕は考えたのです。もしかしたらあなたの息子さんが、僕を迷い込ませようと森の奥へ誘い込んだのでは、と」

「……ヘンリク君、失礼だが、私の息子は人をそのように惑わすような子ではなかったよ。確かに、君は幻を見たのかもしれない。しかし、それは私の息子ではない」

「人との別れは、痛みを伴う」

ヘンリクは、そう一言一言、確かめるように言った。おじいさんの顔は、怒りをはらんでいるようにも、悲しんでいるようにも見えたけれど、毛に包まれているので良く分からなかった。

「あなたは、昨日そう言いましたね。そしてその痛みを生むだけの心を持ち合わせなくなったと。独りぼっちになったけれど、人と関わる怖さよりはいいと、言いましたね」

「……」

「あなたの息子さんは、そうではないと思います。同じ年の友達が、死んでしまってからは一人もいない。寂しかったのではないでしょうか。だから、僕を森の奥に誘って、友達になろうとしたのではないでしょうか」

「……ヘンリク君」

おじいさんは、鼻をすすってそう言った。

「君の言いたい事は、十分分かった。でも、やはり私はその話を信じる事ができないよ。私の息子は、天国に行ったはずだから、森の中を今もさまよっているとは信じたくないからね。でも、本当にそうだとしたら、君たちの事がうらやましかったのかもしれないね。君たちは本当に仲が良い。それだけは確かだ。どうかこれからも、仲良くやってくれ。息子もそう望んでいると良いが」

「……」

「おじいさん」

僕は、思い切って口を開いた。

「きっと息子さんも、おじいさんに独りぼっちでいて欲しくはないと思います。おじいさんはもしかしたら、息子さんが死んだ事について自分を責めているのではないですか。だから、おじいさんは人と関わる事を止めた。何故なら、人と一緒に話すのは本当に楽しいからです。おじいさんだって、僕たちと話して本当に楽しそうでした。どうか、おじいさんも街に行って、これから色んな人と仲良くしてください」

「……」

おじいさんはしばらくの後、静かに言った。

「ありがとう。さぁ、そろそろ出発しなければ、また今日も街に着かないよ。どうか二人とも、元気でやってくれ。またいつか、会えると良いね」

僕たちは、頷くと荷物をまとめて、背負った。それからもう一度、おじいさんにお礼を言うと、玄関の方へ向かった。

「さようなら」

僕たちがそう言うと、おじいさんはにこりと笑って、手を振ってくれた。


(続く)

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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