あたしだって怒りますよ?
遼太郎さんが眠るまで、あたしはいつも傍で見守っている。いつもお仕事でくたくたになっているからか、帰ってきてシャワーを浴びた後は、あたしの身体をちょいちょいと触るだけで眠ってしまう。
――もっと構って欲しいのに。
でも、あたしは黙って見ているだけ。用事のあるときにしか声は掛けちゃいけない決まりになっているから。
前に一度、どうしても我慢できなくて話し掛けたらすっごく怒られて。あたしを捨てるだなんて言うから必死に言うことをきいて、そばにいることを許してもらったの。あれはこの家で一緒に暮らすようになって間もない頃の話だから、もう五年も前のことなのね。
――五年もお勤めしていると、お仕事も大変になるのかしら?
入社当時は早起きして余裕を持って出社していた。あたしが起こすとすぐに目を開けて、ありがとうって微笑んでくれた。新しい一日に希望を持っているみたいに輝いていた。
だけど今は、なかなか起きてくれない。何度も何度も声を掛けて、やっと起きたと思ったら飛び出すように出掛けてしまう。
――いつからそうなっちゃったのかなぁ。
寂しいよ。休まず働くあたしのことをちっともかえりみてくれない。寂しいよ。
そんなあたしの姿を、閉め忘れたカーテンの隙間から部屋を覗く月だけが見てた。
仕事中につき、黙って彼を見守ること数時間。約束の時間になったので声を掛ける。
起きない。
――さすがに昨夜は終電だったみたいだし、もう少し寝ていたいのかな?
時間を開けて、もう一度声を掛ける。
反応がない。
――めげたらだめよ。あたしの一番の仕事は遼太郎さんを起こすことなんだから!
再び遼太郎さんに声を掛ける。
うーん、と唸っただけ。
――頑張って、遼太郎さん。ここで起きなきゃ遅刻になっちゃうでしょ!?
あたしは一生懸命、それこそ全身の力を振り絞って彼を起こそうとしたのだけど、全然駄目。それでついに力尽きてしまった。
ぐったりしたまま彼の隣で待つこと数十分。ようやくあたしと目を合わせた遼太郎さんは、真っ青な顔をして、ベッドからあたしを乱暴に追い出した。
「お前、なんでちゃんと起こしてくれなかったんだよっ!」
慌ててベッドから飛び降りて、身支度を開始する遼太郎さん。
――あたしは起こしましたけど?
文句を返せば怒られるから黙っている。
「あぁ、もうっ! 今朝は大事な会議があるってのにっ!」
――起きなかったのは遼太郎さんの方じゃない。
何度も何度も声を掛けた。うんともすんとも言わずに眠っていたのは遼太郎さんだ。遅刻は当然の結果だろう。あたしは悪くない。
だから、理不尽だ。
部屋を行ったり来たりしながら彼はあたしに罵詈雑言の雨を降らす。すました顔をして聞き流していたけれど、許せない一言は最後のこれ。
「この不良品がっ!」
納得できない。あたしはちゃんと言われた時間に声を掛けて起こそうって努力したのに。今だって、邪魔にならないように言いたいことがあっても我慢してるのにっ!
玄関から鍵のかかる音が響く。仕事に行ってしまったようだ。
――ふんっだ! 不良品ですって? 上等だわ。あたしがいないと起きられないくせに、よく言うわよっ。
あたしは床に転がったまま玄関を睨む。
――ふふ、みてなさい。目覚まし時計の反逆が如何に恐ろしいか、思い知れば良いんだわ。
あんなに文句をつけられるくらいなら、もう捨てられたって構わない。あたしが彼に捨てられるんじゃなくて、あたしが彼を見捨てたの。
太陽があたしを照らして、四角い影を落としている。使い込まれて傷だらけになった表面への陽射しはつらい。
そう、あたしは目覚まし時計。遼太郎さんのことが大好きな、目覚まし時計。
あたしの反逆がどんな結末を迎えるのかは、また別のお話。
《了》