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月の森と夜の魚

作者: 青川有子

 その刀が斬るものは、ただそれだけ。

 羽の生えた魚の形をしたそれは、刀に触れると光の粒になって、雪のようにはらはらと舞って消えた。斬っていると言うよりは払っているような、そんな手応えのなさ。

 真夜中の森は暗く静かで、宙を舞う魚の群れだけが、キラキラと光を放っていた。

 万里谷ヒョウは黙々と、魚たちを払っていた。魚の群れは決まった場所をくるくると泳ぐばかりで、仲間がヒョウの刀で消されようと、反応一つ示さない。

(意志がないのか)

 そう思ったけれど、そもそもこれは生き物ですらない。

(簡単なら、それに越したことはない……)

 だって、毎日のことなのだ。

 ヒョウが刀を魚の軌道にのせると、次々と魚たちが刃に飛び込んできた。光の粒があふれてまぶしいほどだった。


 やがて、全ての魚を払い、光の粒も消えた。息を吐いて、顔を上げる。木々の間から見える空に、夜明けの予兆がある。

(――いつまで)

 ふと、心の内で問うて、ヒョウは頭を振ってその問いを追い出した。

 いつまででも、だ。

(そうだ、セツが僕を信じてくれるまで、いつまでも――)


***


――ヒョウ君のバカ! ヒョウ君はなんにも分かってない……なんにも、なんにも!

 あぁ、なんてことをしてしまったんだろう、どうして気がつかなかったんだろう、こんな……こんな、簡単なこと。

――私を置いていかないで、ここにはまだ、私がいるの。置いていかないで。

 そうだ世界には、まだこの子がいる。自分なくしては生きていけない、この子が……。

 だから――。


 その日、二人の間に流れ星が落ちた。

 一人は自分の罪を償うことを望み、一人は二度と壊れることのない絆を願った。


***


 名を呼ばれた。

 自室のベッドの中。淡い夢の結末を急速に忘れていく。朝だ。

「――うくん、ヒョウ君」

 肩のあたりをトントンと叩かれている。すぼめた指先の、強くも弱くもないストローク。

「ヒョウ君起きて、朝だよー」

 聞き慣れた声。透き通るような響きのそれが、誰の声かよく知ってる。毎日のことだ。ヒョウはゆっくりと目を開け、ゆっくりと身体を起こした。

「やっと起きたね。ヒョウ君、おはよう」

 顔にかかる髪をどかして、声の主を目に入れた。

「おはよう、セツ」

 セツ――、幼なじみの少女。真っ白でふわふわの長い髪、それと同じくらい白い肌、かわいらしい目鼻だち。瞳の色は澄んだ菫色だった。

「今日も元気だな、セツは」

 確認のように、言ってみた。セツは微笑みを浮かべて、返す。

「そう言うヒョウ君はいつも眠そうだね。ホント、私が起こさないと起きないんだから」

 ツンと、指先でおでこに触れられた。ヒョウは額を押さえて、苦笑した。

 セツに起こされなければ、自分は起きられないだろうか。それは分からないことだ。だって、セツはどんな日も欠かさずヒョウを起こしに来て、ヒョウが一人で起きられるか試された日はないのだから。

「さあヒョウ君、お着替えは一人で出来るのかな?」

 冗談めかして、セツが言うので、ヒョウは眠気眼のまま微笑んで見せた。

「大丈夫、着替えられるよ、任せてくれ」

 それを聞いたセツは目を細めてフフと笑った。

「じゃあ下に行ってるね」

 セツが退室する。

 まだ寝ていたいと訴える身体をなだめすかして、着替え始める。制服の上着に袖を通すと、頭がハッキリする気がした。


「私、園芸部の仕事あるから、先に行くね。朝ご飯あるから食べてね」

 そう言い残して、セツは一足先に家を出た。

 セツは隣の家に両親と住んでいるけれど、家族のいないヒョウのために、毎日朝食を作ってくれるのだ。

 食卓では目玉焼きとベーコンが同じ皿に同居している。サラダがないのを気にしてなのか、野菜ジュースも添えられていた。

 チンと、トースターの音が響き、ヒョウは食パンをとりに台所へ行った。

 改めて席につく。毎日のこと。セツが毎日、ヒョウのためにしてくれること。

 いただきますと手を合わせ、箸をとり、目玉焼きの黄身に突き刺した。黄色いとろとろが湧き出すのを眺めて、ヒョウは口に出して言った。

「あぁ、生きていてよかった」


 口の中にいつまでも残るパンの耳を漫然と咀嚼しながら、ヒョウはあることに気づいた。それは時計の分針で、既にヒョウが家を出る時間を示していた。

(――遅刻だ)

 野菜ジュースでパンを飲み下し、ヒョウは席を立った。食器を流しへ放り込み、歯を磨き、髪を結って、鞄を持ち、家を出た。施錠も忘れていない。

 今日から新学期だ。始業式とホームルームのためだけに登校するのはいささかおっくうだった。しかしクラス替えの発表もあるし、つまらないとしても、連絡事項は聞いておくべきだろう。

 通学路を駆けていく。途中の公園にある時計を横目で確認する。このペースなら間に合うだろう。

 と――。

 ――ごす。不穏当な音がして。

「きゃあっ!」

 ぶつかった。悲鳴からして、女の子。時計を見るために前方は不注意だった。

「痛ったぁい……」

 見るとやはり少女だった。ちょうどヒョウが振った腕にあたったのだろう。こちらはなんともないが、少女は尻餅をついたようで、座り込んでいた。肩にかかる黒髪、もう四月なのに何故かマフラーをつけていて、ヒョウやセツと同じ月の森学園の制服、紺のプリーツスカート、その裾が――。

「ごめん」

 ヒョウはそう言って、少女が立ち上がるために手を出した。彼女はその手をとろうとして、ハッと、気づいたようだ。慌ててスカートを押さえる。

「見た?」

 ヒョウはなんとも答えなかった。そんな、転んだ拍子にスカートがめくれて、何か見てはいけない布地を見たなんて、答えようもない。

「見たんでしょ ちょっと、なんで目をそらすの?」

 少女は自力で立ち上がると、ヒョウに詰め寄った。

「なんとか言いなさいよ!」

 そう言われても……なんと言ったものか。とりあえず謝っておこうか。

「ごめん」

「や、やっぱり見たのね! うぐぐ……!」

 少女は耐え難い何かに耐える様子で、両手で頭を押さえて苦しんでいる。

「なんで、こんな……男の子にパンツ見られるとか……そんな屈辱、私が味わわなきゃならないの……過酷……運命は過酷……」

 少女は苦悶の表情で、目を閉じ、自分の世界に入り込んでしまったようだ。仕方ないのでヒョウは学校へ向かうことにした。再び走り出す。さて、間に合うだろうか――。


 ヒョウの通う月の森学園は幼小中高一貫校で、生徒の大半がエスカレーター式に上がっていくため、入学式というのは始業式と一緒くたの簡易的なものだ。他の生徒たちに混じって、並んで突っ立ってぼんやりしている内に終わってしまう。校長が何か話していたようだったが、ヒョウにとってはどうでもいいことだった。

 講堂の入り口で配られた紙に目を落とす。クラス替えの発表の用紙だ。自分の名前を探して、視線を滑らせる。

(C組か)

 クラスを表す記号に思い入れはない。これから行くべき教室の位置を把握するのに必要だっただけだ。

 それだけのこと。だってヒョウには、同じクラスになりたい相手も、担任になって欲しい教師もいなかった。


 ヒョウはそう思っていたのに。

「万里谷ヒョウ!」

 高等部一年C組の廊下の前で、ヒョウを呼び止める者があった。仁王立ちで、ヒョウを睨めつける、少女。

「さっきはよくも置いてきぼりにしてくれたわね!」

 通学路でぶつかったあの少女だった。

「おかげで私、入学式兼始業式に出そびれたじゃない!」

「……ああ、えーと、ごめんなさい」

 ヒョウは頭を下げた。頭を下げると結ってある髪がパサリと落ちる。少女は何か怒っている様子だし、謝るべきかと思ったのだ。

 生徒の何人かが、こちらに注目しながらも、そのまま教室へ入っていく。頭を上げて、髪を戻し、少女の肩越しにそれを見ながら、ヒョウは自分も教室に入らなくてはと思った。

 で、そのまま向きを変えて、立ち去ろうとすると。

「ちょっと! え、ちょっと」

 少女に肩を掴まれた。

「あのさ、もう少し会話しようよ? せめて名前を聞くとかさあ、ねえ私、外部生なんだよ? 見かけない顔だねとか、なんとか、色々言ってもいいじゃない?」

 少女の方を振り向くと、彼女は眉根を寄せて、こちらを見上げている。

 ヒョウはしばし黙って、うーんとうなってみた。見かけない顔だとは思ったけれど、外部生だったのか。まあヒョウは去年クラスメイトだった生徒でも顔が分からないくらいだし、知らない生徒が外部生かそうでないかに、あまり違いが見いだせなかった。

「あっ、ほら、私、君の名前一方的に知ってるし、どう考えても怪しいじゃん! まさかストーカー とか! ここはそういうシーンじゃないの?」

 確かに一方的に名前を知られていたことは、驚くべきことなのかも知れない。でもヒョウはあまり気にならなかった。それとも気にすべきことだったのだろうか。

 少女はまだ何かヒョウに向かってまくし立てていたが、廊下の向こうからやってきた教師に教室に入るようにと言われて、ヒョウを解放した。ガッカリしたように背中を丸めて席に着く少女を見ながら、ヒョウは自分も席に着いた。


 ホームルームではクラス全員の自己紹介があった。そのほとんどをヒョウは聞き流したが、奇跡的に外部生の少女の名だけは、聞き取ることが出来た。

「北見ヘキラ」

 彼女はそう言った。ヒョウの心に残ったのは、それだけだった。


 ホームルームの終わった教室には、まだ大半の生徒が残っていた。近くの生徒に声を掛け合ったり、食堂に行こうなどと誘い合っている。

 北見ヘキラのところにも女子の二人組がやってきて、何事か話しているようだった。それを横目に見て、ヒョウはあくびを一つ漏らすと、ホームルームで配られたプリント類を鞄に押し込み、教室を出た。

 家に帰って、昼寝をしよう。ヒョウのやるべきことはそれだけだ。睡眠時間を稼げば、夜の勤めもスムーズになる。他の誰もやっていない、ヒョウだけの勤めだ。ヒョウがしなくてはならないこと……。

(セツのためだ)

 思い出す、今朝起こしてくれた時の顔を。元気そうだった。それが嬉しくて、ヒョウは微笑みを浮かべ――。

「ちょっとー! 万里谷ヒョウ!」

 突然後ろから呼ばれて、足を止める。

「むぎゃっ」

 追いかけてきた人物は、いきなりヒョウが止まった所為で、ヒョウの背中に激突したらしい。

 振り向く。当然のように北見ヘキラだった。鼻の頭を押さえて顔をしかめている。

「何か用?」

 ヒョウが言うと、北見ヘキラは待ってましたというような笑顔を見せた。

「私、君とお話したいの! 時間もらえるかしら」

「今から?」

「うん、今から。お昼を一緒に食べる?」

 ヒョウはポカンとしてしまった。ヒョウが答えないので、ヘキラはまた眉根を寄せた。

「都合悪い? 他の誰かと約束してるの?」

「いや――」

 それは否定する。お昼ご飯の約束は、今日はない。家に帰って眠る予定だったから、お昼を食べるつもりもなかった。

 ヒョウが答えられなかったのは、別の理由だ。そうだつまり、ヒョウはこんな風に誘われたことがなかった。だから、なんと答えるべきか分からなかったのだ。

「話が出来ればそれでいいから、お昼ご飯じゃなくてもいいんだけど。どうかな、時間もらえない?」

 ヒョウは沈黙する。答えるべき言葉を知らない。するとヘキラはしばし考えて、言い直した。

「つまり、私との会話に魅力を見いだせないのね? 分かった。こう言いましょう」

 今までと、違う表情。秘密を知る者の微笑み。

「流れ星の話と言えば、少しは興味を持ってもらえるんじゃないかな?」


 流れ星には、人の願いを叶える力がある。それは迷信ではなく、気休めでもなく、事実だった。それはヒョウも知っている。だって叶えたのだ。あの日、あの時、流れ星はセツの願いを叶えた。

 だからヒョウは毎日、セツのために、羽の生えた魚を退治している。セツが無意識に生み出している、あの魚の魔物を――。


 高等部の屋上は人気がなく、弱い風が吹いている。フェンスに背中を預け、北見ヘキラは話し始めた。

「この学園には、七不思議がたくさんあるんですってね」

 七不思議が七よりたくさんあるのなら、それはもう七不思議と数えるのもおかしな話だが、他に呼びようもなく、七不思議と言われていた。

「私はね、トイレの花子さんや独りでに動く人体模型はどうでもいいの。もちろん、音の出ないオルガンとか、伝説のフクロウだって知ったこっちゃないわ。私が興味があるのは、夜な夜な学園裏の森で魔物と戦う男子生徒の七不思議――」

 ヒョウは髪をかきながら、うめいた。

 誰にも話したことのないはずの夜の勤めが、いつの間にか学園の七不思議になっていることは、ヒョウも知っていた。いつか教室でオカルト好きな生徒が話しているのを聞いたことがある。

「それと、流れ星」

 ヘキラは制服の胸ポケットを探って、パスケースのようなものを取り出した。そこから一枚カード状のものを取り出し、ヒョウへ差しだす。

 それは学生証によく似ていた。ヘキラの顔写真が印刷してあり、学生証なら学校の名前が書いてあるはずのところには、このように書かれていた。

「流れ星マテリアル公社?」

 声に出して、言う。

「そう。私はここの社員なの」

 ヘキラはカードを引っ込めて、パスケースにしまい、それをまたポケットに収めた。

「流れ星には人の願いを叶える力がある。これは迷信ではなく、事実。二十年前の論文で、このことが証明された。一般にはあまり知られていないけれど、政府は流れ星の力を公的に利用するために、我が国の領土に落ちた流れ星を回収してるわ。まあその回収を任されているのがウチの会社ってわけ。それで、流れ星は一度にまとまって落ちるから、効率的に回収するシステムがある。だけど時々、回収しきれない流れ星があって、それが一般の人の願いを叶えている場合があるの」

 北見ヘキラはそこまで言うと、手を胸に当てて誇るようなポーズをして見せた。

「私はね、そういう野良流れ星を地道に回収するエージェント、流れ星ハンターなの。どう? ちょっとかっこよくない?」

 そう言われても、ピンと来ない。ヒョウがあいまいな顔をしてると、ヘキラは唇を尖らせた。

「ちぇっ、反応薄くてつまんないなあ」

 ため息をつく。

「まあいいや。とにかく私は流れ星を探しに来たの」

 そこまで聞いて、ヒョウは口を開いた。言うことは決まっている。

「君の仕事は分かったよ。この学園の七不思議の一つに興味があることも。でもそれと僕に何の関係があるの?」

「あーもー、しらばっくれなくたっていいのに。全部調べてあるのよ。君が流れ星の力を使って願いを叶えた結果、七不思議に相当するような出来事が起きてるってこと、ウチの会社は全部把握してるの」

 一体何をどう調べれば、それが分かるのか、ヒョウには見当もつかなかったが、ヘキラはそう言う。

 ヒョウが毎夜、森で魚の魔物を退治しているのは事実だ。それに流れ星の力が関係していることも事実。

 だけどこれはヒョウだけの秘密なのだ。七不思議となって、学園の生徒の間で囁かれていたとしても、その七不思議の男子生徒が万里谷ヒョウだと知る者はいない。

 秘密は秘密のままで保ちたい。だって、ヒョウがそれを認めてしまえば――いつか。

(セツの耳に入ったら、僕はどうすればいいんだ)

 そうだ。セツに知られるわけにはいかない。セツは自分が魚の魔物を生み出しているなんて知らないのだ。そしてきっと、知らない方がいい。

 ヒョウは再び口を開いた。

「北見ヘキラさん、人違いじゃないかな。僕は流れ星なんて知らないし、七不思議とも関係ない」

 きっぱりと告げる。ヘキラは口をへの字にして、目を見開き、やがて半眼になっていった。

「まあそうだよね、普通はそうだよね。いやー、初めてマトモな反応を返してくれて、なんかちょっと嬉しいくらいだよ」

 ヘキラはハハハと変な笑い声を出して、そしてため息をついた。

「君にも事情があるんだもんね。すぐにそうだとは言えないの、分かってる」

 うんうんと、一人で頷く。

「私はこの話を他言しないし、出来れば君もそうして欲しい。いいかな?」

「構わないよ」

 それには同意する。

 ヘキラは両手を組んで伸びをした。

「んーっ! よし! じゃあご飯食べに行こうか」

 ヒョウはまたポカンとしてしまう。話は終わったじゃないか。なんでまだ昼食に誘われるのだろう。

「君のおかげでクラスで友達作るスタートダッシュに乗り遅れちゃったもん。お昼くらいつきあって欲しいよ」

「はぁ……」

 よく分からない。でもそうか、教室でヘキラに声をかけていた女子二人を振り切って、ヒョウのことを追いかけてきたことを言っているのか。

「ダメかな?」

 ヒョウを見上げるヘキラの視線。

 ヒョウはやっぱり、答えるべき言葉を知らなかった。


 昇降口の、新しくヒョウのものとなった下駄箱の前に、セツがいた。

 セツはこちらの姿を見つけると、笑顔を見せて寄ってきた。

「ヒョウ君、よかった会えて。靴がまだあったから待ってたの」

 セツはかわいらしい菫色の瞳で、ヒョウを見上げる。ただセツがいるだけで、ヒョウは嬉しかった。セツの頭に触れて、よしよしとなでる。セツは目を細めて嬉しそうにした。

 ひとしきりなでられると、セツはヒョウの背後にいるヘキラに視線を伸ばした。

「そちらの方は?」

「えーと、今日からクラスメイトの北見さん」

「どうも」

 ヘキラは軽く頭を下げた。つられてセツも頭を下げる。

「北見ヘキラよ。あなたは?」

「私、万里谷セツです。ヒョウ君とは家がお隣なの」

「万里谷? 彼と同じ名字ね、親戚?」

「うん。はとこのいとことかそんな感じ」

「そうなんだ。中等生?」

「うん。今日から三年生になりました」

 女同士で、しゃべっている。ヒョウはそれらを聞き流して、ぼんやりとしていた。

 セツはヒョウと違って社交的だ。クラスにも園芸部にも友達は多い。セツなら昼食に誘われてもちゃんと答えられるのだろうと、そんなことを思った。思っていたら。

「ヒョウ君、ヒョウ君聞いてる?」

「え、何?」

「三人でお昼食べようって。食堂で。いいよね?」

 いつの間にかそういうことになっていたらしい。セツがそう言うなら、ヒョウはそれに従うまでだ。セツはきっと、ヒョウと昼食をとりたくて、昇降口で待っていたのだろうし。

 ヒョウが頷くと、セツはまた嬉しそうに微笑んだ。


 円卓を囲み昼食をとりながら、セツとヘキラが楽しげに会話している。ヒョウはそれを聞くともなく聞いていた。

「えっ、じゃあ、みんなスカートの下には短パンをはいてるの?」

「そうだよ」

「し、知らなかった……!」

「ヘキラちゃんはいてないの?」

「う、うん……。そうか、短パンをはいていればあんな屈辱を味わうこともなかったのね……」

「屈辱?」

「あっ、いや、今のは聞き逃して。ホントに」

「うん……。でも今までどうしてたの? お腹寒くない?」

「いやー、えっと、スカートって、私ほら、普段はかないから」

「スカートはかないの? 制服でも?」

「あーえーと、そう、そうだ、そうだよ、あのね、前の学校はね、私服だったの!」

「へー」

「よっし、そうだよ、私服だよ。全然ヘンじゃないよ」

「誰もヘンなんて言ってないけど……?」

 ヒョウは自分の頼んだオムライスがもう残り少ないのを見ていた。後二口で、この食事も終わる。スプーンで掬って、口へ運ぶ。

「ねえ、そういえば、ヘキラちゃんってどうしてヒョウ君と一緒にいたの?」

「いやー、それはその。……クラスメイトだし?」

 ヒョウがふと目を上げると、ヘキラの困ったような笑顔が見えた。

 ヘキラはさっきの話をお互い他言しないようにと言った。である以上、ヒョウに近づいた理由も言えず、セツに問われてこんな不自然な顔をしなくてはならないのだ。

「……」

 セツはヘキラの言葉に何か思うところがあったのか、俯いた。

「あ、あれ、私ヘンなこと言ったかな?」

 ヘキラは焦ったようで、セツの顔を覗き込んでいる。

「ううん」

 セツは首を振った。

「あのね、ヘキラちゃんがヒョウ君とお友達になりたいって思ってくれてるなら、私は嬉しいんだ」

 セツは微笑んだ。

「ヒョウ君は一人でいることが多いから、クラスにヘキラちゃんがいてくれたら私は安心だな」

 そう言って、セツはヒョウの方へ向いた「ね?」と同意を求める顔。

 セツは知らないのだ。ヘキラが流れ星を探しに来たなんとか公社の社員だなんて。だからヒョウに友人が出来るかも知れないと喜んでいる。

 ヘキラの方もなんとなく居心地の悪そうな顔をしている。けれど。

「そうね、セツちゃん。私はヒョウ君と友達になった方がいいのかも知れない……」

 そうつぶやいた。

 ヒョウは何を言うこともなく、オムライスの最後のひとすくいを口に入れた。


 昼食が終わるとそのまま帰ることになった。ヘキラと別れ、セツと一緒に通学路を歩いて行く。セツは学校指定の鞄を、背中に回した両手で持っていた。歩く度に鞄がセツの太ももにあたってパタパタと音がする。

「ヒョウ君、新しいクラスはどう?」

「……」

「まだ一日目だもんね。分からないよね」

 ヒョウが答えないでいたら、セツは自分で言葉を付け足して、問いを引っ込めた。ヒョウは今までセツにクラスのことを聞かれても、答えられたためしがない。

「でも、よかったね、ヘキラちゃんと同じクラスになれて。おもしろい人だったね」

 セツはヒョウの方を向いて、ニコッと笑った。

「……そうだな」

 同意しておいた。

 北見ヘキラは、きっといい人なのだろう。多少騒がしいところがあるようだが、決して悪い印象はなかった。

 彼女は自分の仕事のためにヒョウに近づいてきた。同じクラスに転入してきたのも、もしかしたら偶然ではないのかも知れない。ターゲットと同じクラスになるのに、どんな手段があるのか、ヒョウには思い浮かばなかったが。

 ヘキラが流れ星なんとかのエージェントだとしても、彼女自身の善良さが疑わしいわけではない。彼女はただ職務に忠実なだけだ。

(でもその職務の遂行が、僕にとっては不都合かも知れない――)

 そうであったとき、どう振る舞うべきだろうか。ヒョウはまだ、決めかねていた。

「ヘキラちゃんと、仲良く出来るといいね」

 セツはヒョウの考えなど、つゆ知らず、そう言う。

 ヒョウは同意の言葉を吐かないまま、セツと並んで歩き、やがて家に着いた。


 昼寝をし、夕方頃に起きて、セツの家で夕飯をごちそうになった。家族のいないヒョウは、夕食をいつもセツの家の世話になっていた。親戚だとしても、家族ではないヒョウをいつも食卓に迎えてくれるセツとセツの両親には、いくら感謝してもしたりないだろうと、そう思っていた。

 自宅に戻り、明日の学校の準備をし、風呂に入って、床につく。時間まで、また少し眠れる。


 そして丑三つ時。

 ヒョウは目覚めた。手の中にある、重いものの感触。起き上がり、布団を除ける。それは刀だった。夜中に目覚めると、いつもヒョウの手の中にあり、朝起きると家の中のどこにも見当たらない。不思議な刀だった。

 ヒョウは寝間着を着替え、その刀を携えると、家を出た。


 その刀が斬るものは、ただそれだけ。

 学園の裏手にある森の中、少しだけ木がまばらで、広場のようになった場所。魚の魔物はいつもそこに現れる。

 ヒョウがやってくると、しばらくして、どこからともなく光る魚が飛んできた。羽をふるわせて飛ぶ魚は、蝶のようでもあり、美しかった。けれどこれは魔物なのだ。これ自体が何か悪さをするわけではない。しかし斬らなくてはならないもの――。

 ヒョウは抜刀して、鞘を地面に置いた。刀を構え、魚たちを迎え撃つ。まぶしいほどに光の粒があふれ、そして消え、やがてまた暗くなった。

 ――と。

「ずいぶんとまあ、キラキラきれいだったわね」

 声の方を振り向く。暗闇の中にいるのは、北見ヘキラだった。

「一部始終見せてもらったわ。これでもうしらばっくれなくてもいいよね?」

「つけてたのか?」

「ううん、最初からこの近くで待ってたのよ。思ったより寒くなかったけど、退屈だったわー」

 ヘキラの表情はよく見えないが、ヒョウはなんとなくどんな顔か分かる気がした。

「ねえ、ヒョウ君、よかったら話してくれない? 悪いようにはしないわ。ウチの会社だって何が何でも流れ星をとってこいってわけじゃないのよ。事情によっては見逃すこともある」

 ヒョウは地面の鞘を拾うと刀をしまった。静かに息を吐く。

 ヘキラは刀を持っているヒョウに話しかけたのだ。魔物しか斬れない刀だとしても、見た目には刀だし、刀というのは扱いによっては危険なものだ。つまりヘキラは、ヒョウがヘキラを害さないと信じ切っている。そしてそれはヘキラの職務がヒョウにとっても悪い話ではないと思ってるからこそだ。

 どちらにせよ、魔物を斬っている現場を押さえられてしまったのだ。ヘキラの提案を拒否して心証を悪くするより、事情を話して口止めする方がマシだろう。

「――分かったよ、北見さん。話すよ」

 ヒョウが言うと、ヘキラはやったと小さく叫んだ。


 こんな夜中にいつまでも森の中にいるわけにはいかないだろうと、会話は歩きながらだった。ヘキラは持っていた懐中電灯で足下を照らしながら歩いている。

「あの羽の生えた魚みたいなのは何なの?」

「あれは魔物。セツの心が生み出した魔物。あれを退治しないと、セツは具合が悪くなるんだ」

「なるほど?」

「だから毎日、森に来て、僕が魔物を退治している。……それだけだよ」

「質問してもいい?」

「どうぞ」

「流れ星はね、人の願いを叶えるものよ。あの不思議な魚が流れ星の力で生み出されてるなら、それは誰かがそれを願ったってこと。ウチの会社の調べでは、君が流れ星の力で願いを叶えたことになっているけれど、あれはヒョウ君が願ったことなの?」

「違うよ――」

 否定して。

 確かに、分かりにくい話だ。ヘキラの疑問ももっともだろう。そしてこの分かりにくい話を説明するのは、ただそれが分かりにくい話だからという以上に――、困難だった。それは傷を晒すこと、そして罪を認めることだった。

 思い出す。思い出すことは、痛みを伴う。

「あの日、僕はセツを捨てようとした」

「ん……、え? うんと……ごめん、続けて」

「僕がセツを捨てて置いてきぼりにしようとしたから、セツは怒ったんだ。セツが怒るのは当然だった。でも僕は分からなかった。だからこれは罰なんだ。セツが僕を赦してくれるまで、セツが僕を信じてくれるまで、僕は魔物退治を続けなきゃならない」

「うーん……」

 順当に、ヘキラの頭はこんがらがってるらしい。ヒョウだって、もう少しマトモに話せればと、自分でも思う。けれどどうしようもなかった。言葉を継いでいく。

「セツは流れ星に願ったんだ。もう二度と、僕がセツを置いてきぼりに出来ないように。セツは自分の命を守ることを僕に課した。僕が魔物退治をやめれば、セツは生きていけない。セツは自分の命を質にして、僕をつなぎ止めてるんだ」

「……ああ」

 ヘキラは納得したような声を出した。分かってくれたのだろうか。

「……そうか、なるほどね。じゃあ魔物を退治できるのって、ヒョウ君だけなんだね?」

 頷く。魔物を斬れるのは、ヒョウの持っている刀だけで、その刀は夜の間だけ、ヒョウの手元に現れる。

「ヒョウ君はどうしてセツちゃんを置いていこうとしたの?」

 ヘキラが問う。ヒョウは唇を結んだ。どうして。答えられるだろうか。口を開く。

「浅はか、だったと思う」

「え?」

「セツがいるのを、忘れてた。この世界にセツがいて、セツが僕を想ってくれているのを忘れてた。セツにとって、僕が大切だって、忘れてたんだ。だから置いていこうとした」

「……うん、と……」

 ヘキラは整理がつかないようだった。

 確かに、ヒョウがセツを置いていこうとした、その動機を語ってない。でも。

「ごめん、どうしてかは、これ以上言いたくない」

「……分かった」

「でも……」

「うん?」

「言っておきたいことはある」

 そうだ、それを言おう。それを言うことが出来たら、それもきっと償いになるから。

「僕はセツが好きだ。セツを大切にしようと思ってる。だからもう、魔物なんかいなくたって、セツを一人ぼっちにしない」

 口に出して、言う。そうだ、魔物は必要ない。

「僕はまだ、セツに信じてもらえてないんだ。魔物なんかいなくても、僕はセツを置いていかないって、セツが信じられたら、きっと魔物はいなくなると思う。その日まで、僕はずっと魔物退治を続けるよ。それが、セツを置いてきぼりにしようとした僕への罰なんだと思ってる」

 やがて木々はまばらになり、森の出口が見えた。自然と、立ち止まる。

「北見さん、僕が話せるのはこのくらいだ」

「分かった。充分よ」

「この話は、セツにはしないで。セツは自分が魔物を生み出してるなんて知らない。全部無意識なんだ。自分の無意識のせいで、僕が毎日苦労してるって知ったら、セツは自分を責めると思う。だから言わないで欲しい」

「ええ。その通りにするわ」

 月明かりに照らされて、北見ヘキラの顔が見えた。昼間見たどの時より、真面目な表情――。

「ねえ、ヒョウ君、君は魔物は要らないって思ってるのよね。つまり流れ星の力は必要ない、と」

「……そうなるね」

「だったら、場合によっては、私たちは共同できるはずよ」

「……」

「君にとってセツちゃんが大切な人だっていうのはよく分かったよ。どうすることが、君とセツちゃんにとっていいことか、考えてみる。その上で、流れ星を回収できそうなら、回収するわ。それでいいかな?」

 ヘキラはこちらの事情を汲んでくれると言う。それならば。

「……構わないよ」

 ヒョウはそう答えた。


 自宅に帰り着き、刀は玄関に置いておいた。どうせ朝になれば消えるのだ。どこへ置いても同じこと。それよりも重要なことがあって、それは着替えだった。朝、セツがヒョウを起こしに来るとき、ヒョウは寝間着を着ていなくてはならない。

 眠気と疲れを訴える身体にむち打って、ヒョウは着替えた。そしてそのままベッドに潜り込み――眠った。


***


 夢を見た。あの日の夢。

 自宅で天井を見上げていた。いや、天井ではない。天井よりも少しだけ手前にあるもの。それは梁だった。

 やり方は分かる。必要なものも。だからそれをすればいい。頭の中で何度も思い浮かべたように、そのまま手足を動かしてそれをすればいい。

 たったそれだけの作業で、自分はこの世界を終わりに出来る。そうだ、そうしよう――。

 準備はそろった。食卓の上に椅子をのせて、その上に立っている。手の中にある紐を遊ばせながら、涙の一粒も落ちなかった。

 自分は要らないのだ。要らない子になってしまった。父に捨てられた母は、ヒョウを捨てた。母はヒョウを置いていってしまった。ヒョウがいても、この世界は生きるに値しないと、母はそう言ったんだ。

 だったら自分はなんなのだろう。要らないじゃないか。

 ならば同じように終わりにすればいい。母が最期に身をもって教えてくれたのは、世界を終わりにする方法だった。

 そして――。


***


「ヒョウ君! ヒョウ君!」

 名を呼ばれている。肩を揺すられている。目を開いて、濡れる視界に、セツの顔が映った。セツの長い髪が、たれて、頬に触れた。

「ヒョウ君……うなされてたよ。大丈夫?」

 顔に手をやって、涙を流していたことを知った。息を吐く、なるべく深く、そしてまた吸って――。

「おちついた?」

 セツはヒョウの手をとって握っていてくれた。

「悪い夢を見たんだね。でも大丈夫だよ。もう朝だし、ね?」

 セツはもう一方の手でヒョウの頬をなでた。その感触が心地よくて、しばし目を閉じる。

 セツがいる。起きたとき、いつも側に。セツを守るんだ。自分にはその勤めがあるから。もう二度と、天井を――梁を見上げたりしない……。

「もう大丈夫だね。お着替えしよう」

 セツはそう言って、ヒョウの手を引いて起こし、壁にかけてあった制服とワイシャツをとってきてくれた。

「セツ――大丈夫、一人で着替えられる」

 寝間着のボタンに手をかけようとしたセツを止める。

「そう? 分かったよ。じゃあ下で待ってるね」

「今日は園芸部は?」

「ん、お休み」

 そう言うけれど、きっと休みではないのだろう。ヒョウがうなされていたから、休むことを決めたのだろう……。ありがたいと思うけれど、悪いとも思う。寝起きの頭はぼんやりしていて、結局、口に出た言葉はこうだった。

「――セツが好きだ」

 部屋を出て行こうとしていたセツは振り向いて、優しく微笑んだ。

「うん。知ってるよ、ヒョウ君。私もヒョウ君が好きだよ――」

 その響きと、微笑みと、ただそれだけあれば。ヒョウは。

(あぁ、生きていてよかった――)


 朝ご飯を食べて、セツと並んで登校した。セツが話す色んなこと――園芸部で世話をしている植物の話や、クラスのこと、授業のこと、両親のこと……そんな話に耳を傾けて、ヒョウはやがて夢のことは忘れていった。

 セツと別れ、教室に入ると、北見ヘキラが声をかけてきた。

「おはよー、ヒョウ君」

「おはよう」

「高校生って過酷ね……もう私眠くて仕方ないわ」

 眠いのは当たり前だろう、昨夜ヘキラはヒョウの魔物退治に同行したのだ。

 それにしても、ヘキラはまるで自分が高校生ではないかのような口ぶりだ。まあ流れ星ハンターとしてこの学園に潜入しているというなら、ヘキラは本来高校生ではないのかも知れない。

 思い出して。

「今日は短パンをはいてきたのか」

 そんなことを口にする。するとヘキラは顔を歪ませて、うめいて、肩を落とした。

「もうそのことは忘れてよ……」

「ああ。忘れるよ。もうオレンジのストライプだったなんて覚えてない」

「君ねえ……」

 はあと、ため息をつく。

「まあいいわ、あのね、しばらくは君たちの様子を見させてもらうわ。調べることもあるし。また時期が来たらこちらから話をするよ、いいかな」

 流れ星のことか。ヒョウは頷いた。

「それまでは普通に仲良くしてくれたら、私は嬉しいな」

 ヘキラははにかんだような笑顔を見せた。

 普通に、仲良く。ヒョウはそれがどういう関係か分からなかったけれど、でもきっと拒否するものでもないのだろう。

 ヒョウはもう一度頷いた。


***


 それから数日は何事もなく過ぎた。

 ヒョウは夜の勤めを欠かさなかった。セツは毎日ヒョウを起こしに来てくれた。

 学校に行けば教室にはヘキラがいて、昼休みにはヘキラと昼食をとった。セツ以外に一緒にお昼を食べる相手のいなかったヒョウには、なんだか不思議な時間だった。


***


 チャイムが鳴り、授業が終わった。教師が教室を出て行き、クラスメイトはそれぞれ帰り支度を始める。

 ヒョウは自席を立って、ヘキラのところへ行った。授業のノートに何やら書き足しては難しい顔をしていたヘキラは、ヒョウを見て筆を止めた。

「北見さん。今日は暇かな」

「はい?」

 ヘキラは面食らったようだ。ペンケースにシャープペンシルをしまおうとしたそのままに固まっている。

「もし暇だったら、買い物につきあって欲しい」

「えっ、何、お誘い?」

 お誘いだろうか。考えてみて、そうだろうと思って、首肯した。

「すごいね……!」

 ヘキラはどうしてか感動したそぶりだ。わけが分からないとは思うが、でも思い当たる節もある。

 つまりヒョウは自分から人を誘うことなどほとんどなくて、そのことをこの短い期間にヘキラもよく思い知っているのだ。だからヒョウがヘキラを誘ったことに驚喜しているのだろう。

「まあそれなりに暇だから、おつきあいしますよ。何買うの?」

 パタパタと、教科書やノートを鞄にしまい、ヘキラは席を立った。

「今度セツの誕生日だから、プレゼント」

「おーっ! マトモだ! すごい! よし、アドバイスはお姉さんに任せなさい!」

 ヘキラは笑顔で、ヒョウの背中をばしばしと叩いた。


 二人で電車に乗ってショッピングモールに向かった。雑貨やぬいぐるみを見て回り、最後は小さなサボテンの鉢植えを買った。ヘキラはヘキラで、セツに何かプレゼントを買ったようだ。

 喉が渇いたとヘキラが言うので、ファーストフード店に入った。

「楽しかった、なんだかとっても楽しかった」

 ヘキラはニコニコとそんなことを言う。

「私ね、普通の学生生活って送ったことなかったから、仮初めでもこういうのが味わえて嬉しいわ」

 やっぱりヘキラは本来は高校生ではないのだろうか。

 ヒョウはふと、聞いてみた。

「北見さんはなんで流れ星ハンターになったの?」

 ヘキラは驚いた様子で、ヒョウの方を見ている。やがて目を見開いていたのを緩めて、少しだけ悲しげな表情をした。

「――取り戻したいものがあるの。流れ星を十一個集めたら、一個もらえる約束をしたから、それで」

 目を伏せて、それ以上話す言葉が見つからなかったのか、紙コップに刺さったストローに口をつけた。残り少ない炭酸をずるずると吸って、ヘキラはもう語らなかった。


 セツの誕生日には、ヘキラも呼んで、ヒョウの家でケーキを食べた。

 ヘキラが持ってきた紙でできた三角錐の帽子をそれぞれかぶり、よく分からない流れでクラッカーを何個も鳴らした。

 サボテンの鉢植えを、セツは喜んでくれた。大切に育てると言ってヒョウを抱きしめた。ヘキラがセツに渡したのは、飾りのついた髪ゴムだった。セツはそれで髪を結ってヘキラに見せていた。

 セツは始終笑顔で、ヘキラも楽しそうに笑っていた。そんな二人を見ていたら、ヒョウは幸せだった。


 すっかり暗くなってしまったので、ヒョウはヘキラを送っていくことになった。

「セツちゃん、喜んでくれたみたいでよかったね」

「うん」

「セツちゃんは本当にいい子ね。あんな子が幼なじみでヒョウ君がうらやましいわ」

 ヘキラはクスリと笑った。

 しばし夜道を歩く。二人分の足音が静かに響く。

「ねえ、ヒョウ君――」

 突然、声色に真剣味が混じり、ヒョウはヘキラの方を見た。街灯に照らされるヘキラの顔は青白く、眼差しは鋭かった。

「あんなに幸せそうで、満たされた子が、それでもヒョウ君を引き留めるために魔物を生まなくてはならないのかしら――?」

 足が止まる。ヘキラも同じように、足を止めた。

 そう問われても。だってヒョウは毎日魔物を退治しているのだ。魔物が現れる以上は、それはセツが生んでいるとしか――。

 ヒョウの困惑を読み取ったのか、ヘキラは眉を寄せて、なんと言うべきか思案しているようだった。

「あのね、その、会社の人にね、もう一度調べてもらったけど、やっぱり流れ星の反応はヒョウ君から出てるって。そう言われた」

「……」

 ヒョウは沈黙するしかない。ヘキラが嘘をつくとも思えないが、ヘキラの言っていることが事実なのかどうか、ヒョウには判断できない。それにもし本当に流れ星がヒョウの願いを叶えているとしても、ヒョウにはどうしようもない。

(――そうだ、僕はどうしようもない)

 心の内の自分の声は、まるで言い聞かせるような響きだった。

 やがて、長引いた沈黙に耐えかねたのか、ヘキラは小さく息を吐いて、言った。

「ヒョウ君、私は自分の仕事をするわ。何がいいことで、何が悪いことか、本当は私にも分からないの。でもこれだけは約束させて。私は君たちを蔑ろにしない」

 ヘキラの瞳を見た。黒く澄んだ、まっすぐな瞳。

「見送りは、もうここでいいわ。また明日、学校で。お休みなさい、万里谷ヒョウ君」

 ヘキラが去っても、ヒョウはしばらくそこを動けなかった。


***


 夜更け頃。

 万里谷セツは自室の窓にかかったカーテンをほんの少しだけ寄せた。小さな隙間から外を覗くと、隣の家の玄関から、ヒョウが出てくるのが見えた。学園の制服に身を包み、手には昼間あの家のどこにも存在しない刀を持っている。

 ヒョウは施錠を済ませると、走り出した。その姿を見送って、セツはカーテンを閉じた。

(ヒョウ君、自分で気づかなきゃ、何も変わらないんだよ――)

 ほんの少し、悲しみに目を伏せて、セツは胸中でつぶやいた。


***


 次の日、教室で会ったヘキラは、昨日の話などなかったような様子だった。


***


 放課後。

 園芸部の活動が終わり、後片付けも済んだ。万里谷セツが昇降口で靴を履き替えていると、声をかけられた。

「や、セツちゃん」

 見ると北見ヘキラだった。今年から、ヒョウのクラスメイトになった外部生の少女。肩にかかるくらいの黒髪で、初めて会ったときから変わらず首にはマフラーを巻いている。どことなく言動に不思議な点があるけれど、それでも彼女の善良さは疑えないと思っていた。

「今日は、ヒョウ君と一緒じゃないんだね」

「そうね。セツちゃん、今日はあなたと話したかったから。時間もらえるかな?」

 ヘキラの表情は、なんとも言えない顔だ。話しにくいことを話すとき、人はこういう顔になるだろうと、そう思った。

 セツは了解して、ヘキラと連れだった。


 人気のない場所を探して、校舎裏にたどり着いた。花壇の置き石に並んで腰掛けると、ヘキラは口を開いた。

「あのね、私、こういう者で……」

 差しだされたのは、社員証だった。まずヘキラの顔写真が目に入り、そして社名を見ると「流れ星マテリアル公社」とあった。

「私、知ってるよ。そこって流れ星を集めてる会社だよね」

 セツがそう言うと、ヘキラは驚いたようだ。

「知ってるの そんなに有名じゃないっていうか、どマイナーだと思ってたんだけど……どうして?」

「だって調べたことあるもん。流れ星のこと」

 ツンと、唇を尖らす。普通に生活していれば知ることはないだろう。けれど流れ星について調べたら、その社名に行き当たるのは簡単だった。

「……え? じゃあ……」

「うん、知ってるよ、私。ヒョウ君が毎夜毎夜森に出かけてることも、そこで何をしてるかも。それが流れ星の力でそうなってるってことも。ヒョウ君は、私はそれを知らないと思ってるみたいだから、知らないふりをしてるの」

 セツがそう言うと、ヘキラは息を吐いて、どっと疲れた様子だった。

「なんだあ……そうなんだ。話が早くて助かるけど、なんか拍子抜けした。どう話したものかって散々悩んだのよ」

「そうだったの。ごめんね」

「いや、いいんだけど」

 ヘキラは苦笑いした。

「ねえ、ヘキラちゃん。ヘキラちゃんはヒョウ君に魔物のこと聞いたんだよね? ヒョウ君はなんて言ってた?」

「セツちゃんが、ヒョウ君をつなぎ止めるために無意識に生み出してるものだって言ってたわ。私はそうは思えないんだけど……」

「そっか。まあ無意識って言うなら、無意識なんだから、私も自分では分かんないよ」

「うーん、それもそうか……」

 ヘキラは頭に手をやって、うめいた。

「あのね、ウチの会社の調べだと、流れ星の反応はヒョウ君から出てるの。そのことはヒョウ君にも話したんだけどね」

「なんて言ってた?」

「……なんにも言わなかったよ」

 ヘキラはため息をつく。

「流れ星の力が必要な人ってね、特徴があるの。なんて言ったらいいか……まあ、不安定な人よ。ヒョウ君とセツちゃんなら、私はヒョウ君の方が怪しいと思う」

 ヘキラの見立てでは、流れ星の力を使って願いを叶えているのはヒョウだというのか。

「ヒョウ君は、私が言っても認めないわ。だからね、まずはセツちゃんからヒョウ君に、もう魔物退治は必要ないって伝えてもらうのが一番かな、と」

 セツは俯いた。それは確かに、一番なのかも知れないが。果たして自分はそれを言えるだろうか。

 ヒョウはセツのためだと心から信じて、魔物退治をしているのだ。ヒョウはその使命をこなすことでなんとか生きている。それが必要のない茶番だと、セツの口から告げることは、残酷じゃないのか。

 そうだ……、自分は知っていた。ヘキラに告げられるまでもなく、ヒョウが毎夜何をしているか知っていた。けれど言わないで来たのだ。自分がそれを言ってしまえば、傷ついたヒョウはどうなるか分からなかったから。

「あのね、ヘキラちゃん。私も何も、このままでいいと思ってるわけじゃないよ」

 俯く。膝の上で組んだ指に力が入る。

「魔物退治をしているせいで、ヒョウ君は大切な時間を無駄にしてる。部活をしたり本を読んだり勉強したり友達と遊んだり出来るはずの時間を、ヒョウ君は眠って過ごしてる。それはヒョウ君の世界を閉じてしまう。ヒョウ君には、私しかいないの……」

 胸に手を当てる。毎朝、寝床からセツを見上げるヒョウの顔が浮かんだ。

「女の子として、好きな男の子が他の何にも目をくれず、ただ自分だけを求めてくれるのは、甘い快感だったよ。だけどやっぱり悲しかった。私はお人形じゃないし、ヒョウ君もそう。ヒョウ君だって、大人になって、外へ出て行かなきゃいけないよ」

 セツは顔を上げて、ヘキラを見た。

「だから期待したんだ、ヘキラちゃんに初めて会ったとき。ヘキラちゃんが、ヒョウ君の世界に新しい風を吹き込んでくれるような人だったらって、そう願った。もしヒョウ君の世界が開けたとしたら、そうしたら自然と、魔物退治もしなくて済むようになるんじゃないかって思った……」

 ヘキラはヒョウの友人になってくれた。けれど、魔物は消えない。今もまだヒョウは毎日のように夜中出かけている。

「今のままじゃダメだって分かってるよ。ヒョウ君だって本当は分かってると思う。でも私、怖いよ。ヘキラちゃんに流れ星を持って行かれちゃったら、ヒョウ君はどうなるの……」

 思い出す。食卓にのせた椅子の上で、梁につながるロープの先を持った彼の姿を。その時の表情を。ヒョウの世界はとっくに壊れていた……。

「もし流れ星がなくなって、ヒョウ君があの時みたいになっちゃうなら、私は今のままがいい……その方がまだマシだよ……」

 セツは俯いた。ぽたりと、涙が落ちる。顔を手で覆って、小さく嗚咽した。

「……ねえセツちゃん、ヒョウ君って『あの時』何をしたの? ヒョウ君がセツちゃんを『置いていく』ってどういうこと? いや、私も半分くらいは予想ついてるけど」

 問われて、セツは告げた。あの時、ヒョウが何をしようとしたのか。

「そうか……」

 ヘキラは、セツの背に手を置いて、そっとなでてくれた。

「そうだね……私がただ、君たちから流れ星を奪いにきた人間だというなら、私の言葉は君に届かないと思う。だけどね、セツちゃん。聞いて。ヒョウ君の友人として言うわ。今のままでいいわけない。ヒョウ君は流れ星の力から卒業しなきゃいけないよ」

 ヘキラの言葉に、セツは小さく頷いた。そうだ、もう、セツは一人じゃない。ヘキラが一緒に立ち向かってくれる。

「……ヘキラちゃん、私、怖いよ。ヒョウ君は耐えられるかしら?」

 濡れた視界で、ヘキラを見つめる。

「分からない、でも……」

 ヘキラは胸の内を全て出すように、言った。

「……それでも。つまずいたら起き上がればいいんだし、傷ついたら癒えるまで待てばいい。もし、同じ間違いをしても、その時はまた叱ればいい。人は強くなれるし、変わっていくよ」


***


 その日、夕食の後、セツの家から引き上げるとき、何故かセツがついてきた。

 セツはヒョウの家に上がると、居間でテレビをつけ、チャンネルを回し、そしてまた消した。

 ヒョウが風呂の準備をして、居間に戻ってくると、セツはソファに座って足をパタパタさせていた。

「テレビ見ないの?」

 そう言うと、セツは何か不安げな顔で、ヒョウを見上げた。

「ヒョウ君……」

「何?」

 ソファの隣にかけると、セツはヒョウの腕を掴んで、額を肩にくっつけた。甘えているのだろうか。ヒョウは分からなくて、セツの頭をなでた。


 結局セツは何も言わないまま、自宅へ戻った。

 ヒョウはいつものように、学校の準備をし、風呂に入り、眠った。

 そしていつものように目覚め、刀を携えて、森へ向かった。


 学園の裏に広がる森の中。

 ヒョウは魔物が現れるいつもの場所へと歩いていった。夜の森を歩くのは注意が必要だったが、ヒョウは慣れたものだった。

 たどり着いて、しばらくすると、光る魚の魔物が現れた。ヒョウは抜刀し、それらを払う。刃に触れた魔物たちは光の粒となり、そして消えた。

 ヒョウは魔物を払うのに集中していたが、ハッと気づいた。足音がしたのだ。

 振り向くとそこには――セツと、ヘキラがいた。

「セツ……どうして?」

 ヒョウは言う。するとセツではなく、ヘキラが答えた。

「私が呼んだの」

「じゃあ北見さんが話したの? 魔物のことも?」

 混乱して、二人の顔を見比べる。今度はセツが答えた。

「ううん、ヒョウ君、違うよ。今日ここに来たのはヘキラちゃんが呼んでくれたからだけど、ヒョウ君がこうやって毎日戦ってたことはずっと前から知ってたよ」

「……なんで?」

「なんでって。ヒョウ君のことはだいたい分かるよ。毎日見てるもの」

 セツがそっと宙に手を伸ばす。セツの手の周りを、羽の生えた魚がひらひらと飛んだ。

「ねえヒョウ君、ヒョウ君はこの魔物は私が無意識に生み出してるって思ってるんでしょ。私がヒョウ君を引き留めるために」

「……」

「それはね、私ももしかしたらそうかも知れないって思ったんだ。だけどやっぱりそれだけじゃないって思った」

 セツは手を引っ込めて、強い瞳でヒョウを見つめた。

「私ね、私がヒョウ君を縛りつけて、それでヒョウ君が私のそばにいるなら、そんなのいやだよ」

(ああ……)

 何か崩れていく音が聞こえる。握っていたはずの刀が手から落ちた。力が入らない。

「私は魔物なんか必要ない。なのに魔物が出るのだとしたら、それはヒョウ君が魔物を必要としてるからだよ」

 ヒョウは膝をつき、頭を抱えた。ギリギリと、痛む。

「分かってたよ……」

 小さく、うめいた。見ないふりをしていたこと。ヘキラに指摘されても、知らないと思い込んだ。でも本当は分かっていた。あの日、流れ星が叶えたのは、ヒョウの願いだったということ。

 赦されたかった。セツを置いてきぼりにしようとした罪を償いたかった。

 でも、でもそれ以上に。

「セツに必要とされたかったんだ……」

 目を閉じると、その拍子に涙がこぼれた。

「僕は母さんに捨てられた。僕がいても、この世界は生きるに値しないって、母さんは僕を置いて死んだんだ。僕は必要なくなってしまった。要らない子になってしまった。だから……だからせめて、セツには必要とされたかった」

 次々と涙が落ちた。

 膝をついて俯くヒョウに、セツは言葉を降らせた。

「侮らないで。私はヒョウ君がいなくても生きていけるよ」

 ああ、分かってるさ、最初から、知っていたよ。だけどそれを認めたら、自分は立っていられなかったから。

 だって自分は、何も出来ない。昼食に誘われても、答える言葉も知らないような、そんな人間なんだ。誰が自分を必要としてくれる? 愛想もなければ、他人と親しくすることに興味もない、そんな人間を、誰が。

 セツを守るのだと、セツのためだと言い聞かせなければ、自分は立っていられなかった。母親に捨てられて、自分には何もなくて、誰からも必要とされてなくて……。

(――)

 ……それを認めて、そのあとは? それでもまだ、自分は死んでいなくて、立っていられなくても倒れてはいなくて、だったら何が残っている?

 セツの姿を見た。立ち上がる。

「僕は――、僕はそれでもセツが好きだよ」

 セツ、幼なじみの少女。世話好きで、優しくて、いつもヒョウの側にいてくれる。大好きだった。大切だった。

 あの日あの時、セツがヒョウを引き留められたのは、セツが哀れだったからじゃない。ただ、セツのことが好きだった。

「僕は、君が大切だ。それは君が僕を取り戻してくれたからかも知れないし、君が僕に生きるに値するだけの作業を与えてくれてたからかも知れない。だけど、だけど、きっとそうでなくても。僕の家が壊れないで僕が普通に得られたはずの普通の生活の中にいたとしても。それでも君は僕にとって大切だったろうと思う……」

 そうだ、セツが自分を必要としてくれなくても。セツが自分を世界に引き留める楔じゃなくても。

 手を伸ばして、ふわふわの、白い髪に触れた。菫色の瞳に自分の姿が映り込むほど、そばに寄った。

「知ってるよ、ヒョウ君。私はヒョウ君の気持ちを知ってる。それでもヒョウ君の口から聞きたかった。やっと言ってくれたね」

 セツはヒョウの手をとって、両手で包みこんだ。目を伏せて、そして見上げて、言った。

「私もヒョウ君が好き。一緒にいたい。私を置いていかないで。ヒョウ君と一緒に歩きたいよ、この先も、ずっと――」

 かつて、二人の間に流れ星が落ちた。

 一人は自分の罪を償うことを望み、一人は二度と壊れることのない絆を願った。

 罪は赦された。

 そして、壊れることのない絆は――。

「流れ星は、もう要らないよ。願いなら、自分で叶えるもの」

 ヒョウの手の中に現れたその輝きを、セツはそっとすくい取った。

「だからこれは、ヘキラちゃんにあげるね」

 セツはそれをヘキラに差しだし、ヘキラはそれを受け取った。


***


 魔物がいなくなっても、世界は変わらなかった。ヒョウの眠る時間は変わったけれど、セツが毎朝起こしてくれて、学校へ行くのは変わらなかった。

 しばらくヘキラは学校に来ていなかった。流れ星を回収したのだから、ヘキラがこの学園にいる理由ももうないのかも知れない。ヒョウは教室で話す相手がいなくなり、それはただ、前に戻っただけのはずなのに、なんだか寂しかった。


「ヘキラちゃんいなくて寂しいね」

 朝、並んで学校へ向かいながら、セツはそんなことを言った。

「せっかく仲良くなったのにね」

「……そうだな」

 ――と。

「いやあすごいね、自分の噂をしているところにちょうど行き会うっていうのも。噂をすれば影ってヤツだね!」

 声がして、公園の前の横道から現れたのは北見ヘキラだった。

「――ヘキラちゃん!」

 セツは駆けていってヘキラに飛びついた。ヘキラはバランスを崩しそうになりながら、セツを受け止める。

「北見さん、戻って来たんだ」

「うん、せっかく入学したんだから、卒業するまで高校生やってもいいかなって」

「ホントに?」

 セツが問うと、ヘキラは大きく頷いた。

「私ね、部活入るわ! 演劇部がいいな、憧れだったの。ヒョウ君も一緒にどう?」

「いいねそれ。ヒョウ君は背が高いし、舞台映えするよ。演劇部に入ってみたら? ヒョウ君」

 ヘキラとセツが、二人でヒョウを見上げる。

「……そうだね、北見さんと一緒なら、部活もしてみたい」

 答えると、二人はそれぞれに嬉しそうな表情をした。

 魔物がいなくなっても、世界は変わらない。そうだとしても、自分の生活は変わっていく。変えていける。

 セツと、そしてヘキラと、一緒に歩くヒョウの道は、この先へと続いていく。



END

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