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007 可愛い弟

銀次についての報告を終えると、屋上から杖に乗り、家に急ぐ。勿論、認識阻害の術をかけているので、同じ魔術師であっても姿を見る事は難しいだろう。


家の近くの路地に降り立ち、杖を影に収納してから術を解いた。何とか八時に間に合ったようだ。


家に駆け込み、すぐに着替えて夕食の支度を始める。


八時三十分。


システムキッチンをフル活用し、無駄のない時間術調理によって、脅威の最短調理を実現させた。


朝と同じく、家族の分をテーブルに並べていく。そこに、理修の分はない。調理具の片付けも素早く終わらせると、逃げるように部屋へ戻った。


「ふぅ……間に合った……」


今日も無事終わった。


知らず強張っていた肩の力を抜いていれば、珍しくドアがノックされた。驚いてドアを開けると、そこには弟の明良が、気まずそうに立っていた。


「どうしたの?」

「……理修、お前……銀次さんに連絡取れないか?」

「『銀次さん』……? それって、各務銀次の事?」


そう尋ねれば、そうだと返ってきた。それは間違いなく今日、異世界に取り残してきた勇者の名前。


「できるけど、どうして明良が知ってるの?」


明良は更に眉間にシワを寄せ、そっぽを向いて言った。


「お前が、銀次さんと一緒にいる所を見た事があったから……」

「そう……それで……連絡? 今、出張中だから明日の夜以降じゃないと連絡取れないんだけど、急ぎ?」

「いや、仲間の人達が急に連絡が取れなくなったの気にしてたから……」

「そっか。じゃぁ、そうやって教えてあげて。用は、それだけ?」


そう言うと、明良は、何故か視線を彷徨わせた。


明良は中学に入ってから、両親や兄の拓海に反抗的だが、理修に対しては出会った頃から変わらない。


恥ずかしそうに目を反らす事が多いが、一緒に勉強をしたり、ゲームをしたりする。理修にとっては可愛い弟だ。本人にそう言って年下扱いをすると『一年も離れてない』と怒られるのがお約束だが。


「……メシ……」

「うん?ご飯なら出来てるよ?」

「っそうじゃねぇよっ。一緒に食べろよ。お袋なんて気にしなくていいっ」

「……なんで……」


珍しく真っ直ぐに見つめてきた明良に、少し動揺する。父から聞いたのだろう。なぜ、理修が食事や旅行さえも一緒にしないのか。


「だって、変だろっ」

「っ明良っ……っ」


このままでは、声が響く。母に聞こえては、元も子もない。理修は、そう判断するのが早いか、咄嗟に明良を部屋に引き摺り込んだ。


「っりっ……っ」

「しっ……大声を出さないで」

「っっっわ、分かったから、離れろっ」


慌ててドアを閉め、明良を抱き寄せる様な形になってしまった理修は、明良をドアとの間に挟んでいた。至近距離が気まずかったらしい明良は、体を硬直させていた。


「ごめん……っ」


大きく一歩分、素早く距離を取る。


「っ……いや……悪い……」


明良は、ドアに張り付いたまま顔を背けて呟く。そんないつもの様子にほっとし、説得にかかった。


「母さんはね、結局一度も分かり合えないまま、じぃ様が亡くなったから、どうやって自分の中の感情を整理すれば良いのかが分からないんだよ。私の事を、じぃ様側の人間だって意識があるから、感情が不安定になって、八つ当たりする。けど、自分が最終的には悪いって分かってるから、余計に追い詰められるの……私と顔を合わせると、母さんは嫌な思いをする事になる」


これは母と理修の適切な距離なのだ。


「意地は張り続けていられるものじゃないし、時間を掛ければ、母さんだって自分の感情に折り合いをつけることができると思う。だから、それまで見守ってて」

「……けど、理修が一人だ……」

「? そんな事ないでしょ? こうやって明良も心配して来てくれるし、父さんや兄さんも、口には出さなくても気にしてくれてるのがわかるもの」

「……」


納得出来ない、と不満顔の明良に苦笑していれば、突然抱きすくめられた。


「っあ、明良っ?!」


その行動に驚く。


(何事っ?!)


「っ……っ明良……?」


無言で抱きしめる明良は、理修の動揺に気付かない。

しっかりと背中に回された腕。背の高さは、明良が理修の頭一つ分上。理修の顔は、明良の肩口に埋れてしまっている。


「明良……っ苦しいんだけど……っ?」


そう訴えても、離してくれない。一体どうしたのかと訊ねようにも、何の反応もない。だが、しばらくすると吐息の様な小さな声が聞こえた。


「……っ……だろ……」

「?……何?」


理修は、頭の上で呟かれた言葉を聞き返す。


「家族だろっ……」

「っ……」


はっとした。そして、気付いた。それは、ずっと前から感じていた違和感の正体。


母の為と思い、とっていた距離が何の意味も持たないのではないかと言う事。これが逆に、関係のない家族達に心配をかける結果になっているのではないかと言う事。


『家族』と言うものの在り方。それを、勘違いしていたのではないかと気付いた。


理修は、ゆっくりと明良の背中に腕を回した。


(あったかい……)


そう、だって、こんなにも温かい。


その熱で、無意識の内に出来ていた心の檻が消えていくように感じた。

素直になれない男の子って可愛いですよね。


次は、少し過去へ。

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