062 聖女の最期
2015. 8. 30
ミリアは、目尻を割かんばかりに目を見開く。両手は、ハッと息を吐いたきり、開かれている口を塞いでいた。
声にならない息が、かすれて震えた音を鳴らす。
「……っ……み……ぃな……さま……っ」
天井をすり抜け、ミーナに吸い寄せられるように突き刺さったのは、光を纏った一本の剣。
それから感じるのは、ミリアが聖女となってからずっと傍にあった気配だった。
止まっていた息をようやく吸い込む。そして、慎重に吐いた息は、信じ続け、祈り続けてきた存在の名を呼んだ。
「リュス神様……っ」
剣は、ミリアの声に応えたように、強い光を放ちだした。
「っ……⁉︎」
眩しさに耐えかねて、ミリアは咄嗟に腕で目を覆う。
光が治まった時、そこには、床に切っ先を向けたまま、宙に留まる剣しか存在しなかった。
「キレイなものだな」
「え……」
ミリアが、ミーナはどこへ消えてしまったのかと、辺りをゆっくりと見回す中、ジェスラートの単調な声が響いた。
ジェスラートは、未だその場から動けずにいるミリアに歩み寄る。
コツコツと高い足音を響かせながら、ジェスラートはミリアの前まで来ると、腰を折り曲げ、その顔を覗き込ませた。
「平気か?……ふむ……精神干渉だけで済んだようだな。特に異常はない」
「……あ、あの……?」
今更ながらに、ミリアはジェスラートの存在に疑問を持った。
今まで、ミーナに全てを乗っ取られた状態だったミリアは、ミーナの存在だけをすぐ傍に感じていた。
ただし、それだけだったのだ。よって、なぜ自分がこの場所にいるのか、目の前の女性は何者なのか、分からない事ばかりだった。
それらの事は、ジェスラートも理解している。
「あぁ、お前はリズを知っていたな。私はあれの上司……私の部下だ。魔女様とでも呼んでもらおうか」
「は、はい……魔女様……」
ジェスラートの装いは、リズのように魔術師らしくもなく、更には、あり得ない程、長く美しい足を、太ももの辺りまで見せている。魔女との呼び名が、ミリアにはとても良く似合う妖艶さを持った女性に映っていた。
「ミリアと言ったか?立てるか?」
「あ、はい」
ジェスラートが、その手を差し出す。その手を恐る恐る取り、ミリアは少し震える足で、立ち上がった。
「あの……ミーナ様は何処へ行ってしまったのでしょうか」
胎動するように、淡い光を点滅させる剣に目を向けていたミリアは、思わずそう訊ねていた。
それにジェスラートは、鼻を鳴らしながら、剣を振り返って言った。
「あの肉体は、既に限界だったからな。神が消滅を望めば、チリすらも残さん。あれでは、魂や精神も砕かれて消えただろう」
「っ……そんなっ……」
ミリアはミーナの存在を、つい先ほどまで、とても近くに感じていたのだ。それがこの世界から消滅したと聞き、再び足の力が抜けそうになる。
「おっと。大丈夫か?」
倒れそうになるミリアを、ジェスラートが咄嗟に支える。
「も、申し訳ありません……」
「ふっ、よく気を失わなかったものだ」
ジェスラートは、小柄なミリアを見下ろしながらそう言った。
「その様子ならば、問題ないな。お前の役目だそうだ」
そっと手を離したジェスラートは、剣を指さした。
「役目……?」
剣に目を向けたミリアは、その剣に吸い寄せられるような感覚を味わっていた。
「……持っていく……?」
聞こえたのではない。感じたのだ。剣は、地上へ連れて行けと伝えてくる。
「神としての矜恃だ。捧げ持ち、地上の愚かな民衆共に見せてやるといい。それでどうなるかは……まぁ、見ものだがな」
「それはどういう……」
その時、剣が自らスッと床を滑るようにミリアへと近付いてきた。
「ふん。見せてもらおう。この国の終わりと始まりを」
剣を反射的に手に取ったミリアの横で、ジェスラートは面白い見ものが出来るとニヤリと笑う。そうして、こう付け足した。
「ある意味、神よりも慈悲を持たない最強の魔術師が待ち構えているだろうがな」
「え……?」
それが誰を指すのかは、ミリアにも分かる。その為、握っていた剣をさらにキツく握り締め、気合いを入れるミリアだった。
読んでくださりありがとうございます◎
ミリアは、か弱く見えて、強い何かを持っています。
聖女としての力は本物。
その役目は、最後の役目かもしれません。
ジェス姐は完全に、見ものに回るつもりです。
地上に出て、待ち受けるものとは。
では次回、また来週(日曜日0時頃)です。
よろしくお願いします◎




