006 この世界の魔族
理修は銀次に待機指示を出すと、この世界の魔族が住む大陸を見にやってきた。
杖に乗り、飛行をする事暫し。
人族の住む大陸と、彼らが魔族と呼ぶ亜人種の住む大陸とは、完全に海で隔てられていた。港の様子を見るに、殆ど交流もないのだろうと分かる。
そして、上空から見れば今回の諍いの種は一目瞭然だった。
圧倒的に亜人種の大陸が豊かなのだ。それは、単に土地の恩恵の問題ではない。
建築技術。農水産業。治水対策まで、はっきり言って、人族の数世代先の発展を遂げていた。
「これは、完全に人族の言い掛かりかな……こっちは戦の気配もしない……」
人族の大陸では、そこかしこに戦場の痕があった。廃れた村や街も数知れない。しかし、こちらの大陸には、争いの気配が全くと言って良い程感じられない。
忙しなく歩き回る者達。活気のある商店街。子ども達の笑う声。よく統治されている。
この大陸の王は、どこいにいるのだろうと気配を探った。これだけの亜人種。統括する者は、それなり以上の実力者のはずだ。暫く気配を探る。
「……っ見つけた。これは……ドラゴン……?」
独特の波長を感知し、それが、神殿の様な造りの中にあると気付く。ゆっくりと、神殿前に降下すると兵士が二人、向かってきた。
大きな蜥蜴の姿。リザードマンだ。
《何者だっ!》
「失礼いたします。私はリズリール。世界を渡る魔術師です」
丁寧に挨拶をすると、兵士達は、何を言っているんだと不信顔だ。その時、神殿の方から声が響いた。
「お前たち、お下がりなさい」
それは、獣人族の少女だった。
「『渡架の魔女』様。王がお会いになります。
こちらへどうぞ」
理修は、その呼び名に苦笑しながら、固まる兵士達の間をすり抜け、神殿の階段を登った。
『王の間』だと言われ、通された先には巨大な赤いドラゴンが鎮座していた。
《よぅ来られた、魔女殿。わたしは、ハルバール》
見た目を裏切る落ち着いた声音で挨拶をされ『おや?』と思った。
「リズリールと申します。突然押しかけて申し訳ありません」
頭を下げて謝罪すると、ハルバールは、優しく目を細めた。
《いいえ。噂に聞くあなた様に会えるとは、嬉しい限り》
「……どんな噂か気になりますが……」
理修以外にも、当然、次元を渡れる者はいる。理修も数人顔を合わせた事があるのだ。それらが、この次元に立ち寄った時に話したのだろう。それが、理修が人であるのにも関わらず警戒しなかった理由であり、魔女としての呼び名を知っていた理由だ。
《はっはっはっ。して、どの様な御用件でしょうか?》
理修は、人族の動きについて『勇者召喚』も交え話した。
《成る程。そのご友人には、ご迷惑をお掛けした》
「構いません。あれはもう、一種の病気の様なものだと割り切っておりますから」
何気に酷い事を言う理修は、次に表情を曇らせる。
「ただ、あれを連れ帰ったとしても、また新たな『勇者』が来るかもしれません……十分に対策はするつもりですが、人の欲は際限がありませんからね」
《そうですか……我らとしては、人と共存出来ればと思っていたのですが……仕方がありません……結界を張り、国を閉ざしましょう。幸い、この大陸で自給自足はできます。要らぬ争いよりは良い》
すでに考えていた事だったのだろう。ハルバールの決断は早かった。それに笑みを浮かべ、理修は提案する。
「賢明なご判断です。ならば、結界は私が張りましょう」
《なんとっ。そのようなお手間をっ……》
驚きに目を見張るハルバールに、イタズラを思い付いた様な無邪気な笑みを見せ、決意した。
「人として、責任をとらせてください。それに、貴方から空を奪いたくはありません。私に任せてください。明日、またこの時間に参ります」
そう言って、一時、銀次の待つ城へ戻るのだった。
◆ ◇ ◆
「早く帰ろうぜ」
「うん? 私は、時間切れだから帰るけど、銀次はもう一日残ってね」
「ええっ?!」
何でだ、と目を見開く銀次に追い打ちをかけるように仕事を与える。
「この国に魔族側への認識を確認したい。事によっては、酌量の余地を考える」
「まてまてっ、お前はこの国をどうするつもりなんだ!?」
不穏な空気を感じた銀次は、まさか国ごと吹っ飛ばすのではないかと戦慄する。それに対して、理修は微笑む。だか、瞳の奥に宿る冷徹な光を、銀次は見逃さなかった。
「ふふっ、いつも通りよ? 『勇者召喚』の術に関する資料を全て消し、今回関わった術者にはきっちり脅しつけておく。それから、この大陸を覆う結界を張る」
「結界?魔族から守る為か」
「違う。守るんじゃなく、閉じ込める」
「は?」
そう、あのドラゴンや亜人種から、空を奪う気はない。何より、この次元の人族の技術では、空を飛ぶ事などできないはずだ。魔術師達のレベルも、たかが知れていた。理修の様に飛ぶ事など出来ない様だ。ならばいっその事、下手に手出しができないように、人族の方を閉じ込めてしまえば良いと言うのだ。
「……それは、まるで終身刑だな……」
「まぁ、事実そうなるかな。奪う事しか出来ないなら、いっそ滅びてしまえば良い」
「……理修……ダダ漏れだぞ……お前って、前から思ってたが、魔族を一方的に敵視してる奴らとかに容赦ないよな……」
銀次は、過去のあれやこれやを思い出して気付いた。
「……そう?多少は、私情が入ってるかもね。でも、私が人である事も忘れてないから、大丈夫よ」
その言葉に銀次が首を傾げ、口を開こうとしたのを見て、理修はすかさず背を向けた。これ以上の詮索をさせる気はない。
「さて、それじゃぁ、明日ね。課題を忘れずに」
「っ……お待ちしてます……」
前書きなくします。
次回は、弟が登場。